【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 物陰に隠れて近づき、こっそり様子をうかがう。

 
「二人きりで話がしたい。少し時間をもらえないだろうか」

 そう懇願するシリウスは、驚くほど必死な顔をしていた。
 
 先程とは違い、目には熱がこもり、言葉を尽くして言い寄っている。シリウスがアデルに想いを寄せているのは一目瞭然だった。

 負けた、と思った。

(負けた? このあたしが、あんな平民女に負けたの? ありえない)

 強烈な劣等感と悔しさが込み上げる。激情に駆られるまま、あたしはメイナードの私室に押し入った。

「あぁ、ミーティア。どうしたんだい?」

 部屋中に充満するツンとした酒の匂い。

 真っ昼間にもかかわらず、メイナードは寝台に転がり酒をあおっていた。

 シリウスを落とせない以上、あたしが王妃になるには、この男を上手く利用しなきゃいけない。けれど、正攻法でこのボンクラ王子が王位継承するのは不可能に近い。

「メイナード殿下、公務はどうされたんですの?」

「ああ、もう諦めたよ。シリウスには勝てない。どんなに頑張ったって、僕が王になるのは無理だ」

 能力もなければやる気もないメイナードは、へらへら笑いながら再び酒を食らう。
 
 むせたのか、それとも再発した持病のせいか、ゴホゴホと苦しげに咳き込んだ。

 見放したい気持ちをぐっと堪えて、あたしは彼の体に手をかざす。
 
 こんな飲んだくれへの愛情はとうにないけれど、今死なれたら困る。

「殿下、お体を大事になさってください」

「ミーティア……君だけは、僕のそばに居てくれるんだね。王にもなれない、こんな僕のそばに」

 みっともなく泣き始める男の頭を撫でながら、あたしは「諦めるのはまだ早いですわ」と告げた。メイナードが顔を上げる。


「わたくしに良い考えがありますの。あなたを絶対に、王にしてさしあげますわ」

 メイナードが再びゴホゴホと咳き込む。

 以前は数回手をかざすだけで病を治せたのに、今じゃ毎日治療しても回復しない。

 メイナードの体が弱っているのか、あたしの力が衰えてきたのか、その両方か。
 
 時間がない、一刻も早くこの国の頂点に登り詰めなきゃ。

「僕を王にするって、いったい……?」

「あなた以外の王位継承者、つまりシリウス殿下がいなくなれば良いのですわ」

 メイナードは一瞬、戸惑う素振りを見せたものの、すぐさまニヤリとした。

「さすがは僕の聖女。素晴しい」

「そうでしょう。ではさっそく準備に、取りかかりますわ」

 あたしは聖女離宮へ戻り、父とダニエルを呼ぶよう侍従に命じた。
 

 先に到着したのはダニエルだった。

 見れば随分と、くたびれた様子だ。それもそのはず。彼の父親は逮捕され、カルミア侯爵家は円卓会議から除名。お家存亡の危機に立たされている。

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

「単刀直入に言うわ。シリウスを殺して」

 
 ダニエルは絶句し、ぴたりと動きをとめる。
 
 数秒後、掠れた声で「今……なんと」と呟いた。