【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 時は少し遡り、聖女離宮ツアーが失敗した直後――。
 
 あたしは、誰も居なくなった聖女離宮で一人、しゃがみ込んでいた。

「どうしてよ……どうして、こんなことに」

 途中まで小説どおりに進んでいた。なのに、市民が暴動を起こしたあの日……全てがおかしくなった。
 
 シリウスがメイナードを裏切らず、かわりにウェルス伯爵?とかいうモブが反旗をひるがえし、その後はもう滅茶苦茶。

 シリウスの公開処刑も、あたしとメイナードの結婚イベントも一切無し。

「どうなってるのよぉ……」

 どこで間違えた? 何がシナリオを狂わせた?
 いくら考えても分かんない。

 怒りのまま、髪の毛をぐしゃぐしゃかきむしる。

「とにかく、いま出来ることをしなきゃ。メイナードに会って、それで……それで、どうすればいいの? 分かんない、分かんないってのッ!」

 ヒステリックに叫びながら廊下を進む。あたしの姿を見た途端、使用人が怯えた顔で逃げ出した。ムカつく……。
 
 聖女離宮を出て、王宮にあるメイナードの私室へ向かう道すがら、ある人を見かけて足をとめた。

「まぁ、シリウス殿下!」

 聖女のほほ笑みを顔に貼り付け、愛嬌たっぷりに走り寄る。

 振り返ったシリウスは、あいかわらずの無表情だった。
 
(マジ陰気な男。愛想笑いもできないのかよ。顔はメイナードより好みなのに、性格最悪だわ)

 心の中で悪態を吐きつつも、あたしは冷静だった。

 落ち目のメイナードにすがるより、勝ち馬に乗るべき。
 
 あたしは狙いをシリウスに定めた。


「シリウス殿下、どちらへ行かれるのです?……きゃあっ!」

 途中でわざとつまずき、可愛らしい悲鳴を上げながらシリウスに抱きつく。
 
 上目遣いで頼りなさをアピールし、さりげなく胸を押しつけて誘惑。庇護欲と性欲をかき立て『こいつは俺が守ってやらなきゃだめだ』と思わせたら既に落ちたも同然。
 
 男なんて、ほんと笑っちゃうくらい馬鹿で単純な生き物。

 ――のはずだった。


「ぎゃあっ!」

 
 蛙の潰れたような音が口からもれる。気付けばあたしは、誰もいない場所へ顔面からダイブしていた。

 鼻と額を打ち付け、ひりひり痛む。

 え? なに、どういうこと? と、頭が真っ白になった。

「悪いな、とっさに避けてしまった」
 
 みっともなく地面に座り込むあたしを、シリウスが興味なさげに見下ろす。

(クールイケメン? 違うわ。こいつは冷血漢よ。こんな可愛いあたしにまるで興味ないなんて、どうかしてるわ)


「先を急いでいる。失礼」

「あっ、おまち……」

 シリウスは振り返りもせず立ち去った。
 
 こんな屈辱は生まれて初めてだった。

 ふつふつと怒りが込み上げる。同時にある考えが浮かんだ。

(シリウス。絶対あんたのこと落としてやる。クールイケメンの溺愛、見てやろうじゃないの)

 立ち上がり、パンパンとドレスについた汚れを払い落とす。
 
 急いであとを追いかけると、シリウスは何故かアデルと話をしていた。