私は「何を、おっしゃっているんですか」と平静を装う。が、シリウスは確信を持った態度を崩さなかった。
「これを見て欲しい」と、一通の手紙を私に差し出す。
「これは、城下で暴動が起きた日。俺の元に届いた差出人不明の手紙だ」
手紙の内容は――。
【私のこと、もらってくれる約束、守ってね。生きて迎えに来てよ、シリィ】
たった一行の文章。これはあの日、シリウスの命を繋ぎ止めるため、私が書いた手紙だった。
差出人がエスターだと暗示するように、ネモフィラの押し花を添え、内容も二人だけが知っているものにした。
すべては、シリウスをこの世に引き留めるため。『エスターに会うまで死ねない』と思ってもらえるように。
「この手紙で、俺はエスターが生きていると確信した。そして彼女に会うまで、死ねないとも思った。これがなかったら、俺はあの日、激情に駆られて兄上を斬っていたかもしれない」
シリウスは手紙を丁寧にコートの内側にしまうと、心の中を見透かすように、まっすぐ私を見つめた。
「これを書いたのは君だ、アデル。いいや、エスター」
確信のこもった断定の言葉に、うろたえる。
「どうして……」
どうして分かったの? と言いそうになって、とっさに言葉を変える。
「……仰る意味が分かりません」
「最初は、親友の君にエスターの面影を重ねているんだと思った。ずっと好きだった人を失った喪失感を、君で埋めようとする自分が嫌で、アデルへの想いはまやかしだと自分に言い聞かせた」
だが無理だった、とシリウスが切実に言う。
「駄目だと思っても、君から目が離せなくて、惹かれていく自分を止められなかった」
一歩、シリウスが進む。
そのたび、私は一歩後ろに下がる。
埋めてはいけない距離を保つために。
「この手紙を受け取り、エスターが生きていると思った瞬間、なぜかアデルの顔が浮かんだ。そこで確信したんだ、君がエスターだと」
「ほんとうに、意味がわかりませんわ。ぜんぜん、理由になっていない……」
「ああ、自分でもそう思う。だが、これはもう本能としか言いようがない」
シリウスが困ったように肩をすくめる。
こつんと私の背中が柵に当たった。もう逃げられない。
「それ以上は危ない。もう逃げるな」
肩を抱き寄せられ、腕の中に囲われる。抵抗したら簡単に抜け出せるくらい、やさしい抱擁。だけど、振りほどけなかった。
「愛してる」
耳元で、低く囁かれる。
「たとえ君が、エスターであろうと、なかろうと構わない。俺は変わらず、アデル・シレーネという女性を愛している」
力強い腕に抱かれ、何度も熱烈に愛を告げられる。
(ずるい。こんなのは、ずるすぎる)
いつもは冷たい無口無表情なのに、こんなマグマみたいな熱い感情を向けられたら、困る。
「愛してほしいとか、何かして欲しいとは思っていない。だが、君が何か苦しみや悲しみを背負っているのなら、どうか俺を頼ってくれ。穏やかな人生を送り、笑って、幸せになって欲しい。どうか……」
私の肩に顔を埋め、シリウスが言った。
「もう二度と、黙って俺の前からいなくなるな」
苦しげで祈るように切実な声だった。
もうこれ以上、我慢なんて出来ない。
こんなにも私を想ってくれている人に、嘘なんてつけない。
「ごめん……ごめんね。シリィ」
シリウスが勢いよく顔を上げる。大きく見開いた青い目と、視線が交わる。
「私もあなたが、ずっと」
好きの二文字とキス、どちらが早かったのか。
言葉を奪うように重ねられた口づけに応えて、私は目を閉じ、シリウスの背中に手をまわした。立っていられなくて、唇を合せたまましゃがみこむ。
どれほどキスをして、抱きしめ合っていたのだろう。
時を告げる鐘の音が鳴り、私たちは我に返った。
互いに気恥ずかしくて、視線をそらす。チラッと横目で見ると、シリウスも同じように流し目を送ってきて、二人でくすくす笑ってしまった。
なんだか子供時代に戻ったかのような。甘酸っぱくて、くすぐったい気持ちがこみあげる。
ひとしきり笑ったあと、シリウスが話を切り出した。
「事情を聞かせて欲しい。エスターがアデルになった過去と理由を」
「これを見て欲しい」と、一通の手紙を私に差し出す。
「これは、城下で暴動が起きた日。俺の元に届いた差出人不明の手紙だ」
手紙の内容は――。
【私のこと、もらってくれる約束、守ってね。生きて迎えに来てよ、シリィ】
たった一行の文章。これはあの日、シリウスの命を繋ぎ止めるため、私が書いた手紙だった。
差出人がエスターだと暗示するように、ネモフィラの押し花を添え、内容も二人だけが知っているものにした。
すべては、シリウスをこの世に引き留めるため。『エスターに会うまで死ねない』と思ってもらえるように。
「この手紙で、俺はエスターが生きていると確信した。そして彼女に会うまで、死ねないとも思った。これがなかったら、俺はあの日、激情に駆られて兄上を斬っていたかもしれない」
シリウスは手紙を丁寧にコートの内側にしまうと、心の中を見透かすように、まっすぐ私を見つめた。
「これを書いたのは君だ、アデル。いいや、エスター」
確信のこもった断定の言葉に、うろたえる。
「どうして……」
どうして分かったの? と言いそうになって、とっさに言葉を変える。
「……仰る意味が分かりません」
「最初は、親友の君にエスターの面影を重ねているんだと思った。ずっと好きだった人を失った喪失感を、君で埋めようとする自分が嫌で、アデルへの想いはまやかしだと自分に言い聞かせた」
だが無理だった、とシリウスが切実に言う。
「駄目だと思っても、君から目が離せなくて、惹かれていく自分を止められなかった」
一歩、シリウスが進む。
そのたび、私は一歩後ろに下がる。
埋めてはいけない距離を保つために。
「この手紙を受け取り、エスターが生きていると思った瞬間、なぜかアデルの顔が浮かんだ。そこで確信したんだ、君がエスターだと」
「ほんとうに、意味がわかりませんわ。ぜんぜん、理由になっていない……」
「ああ、自分でもそう思う。だが、これはもう本能としか言いようがない」
シリウスが困ったように肩をすくめる。
こつんと私の背中が柵に当たった。もう逃げられない。
「それ以上は危ない。もう逃げるな」
肩を抱き寄せられ、腕の中に囲われる。抵抗したら簡単に抜け出せるくらい、やさしい抱擁。だけど、振りほどけなかった。
「愛してる」
耳元で、低く囁かれる。
「たとえ君が、エスターであろうと、なかろうと構わない。俺は変わらず、アデル・シレーネという女性を愛している」
力強い腕に抱かれ、何度も熱烈に愛を告げられる。
(ずるい。こんなのは、ずるすぎる)
いつもは冷たい無口無表情なのに、こんなマグマみたいな熱い感情を向けられたら、困る。
「愛してほしいとか、何かして欲しいとは思っていない。だが、君が何か苦しみや悲しみを背負っているのなら、どうか俺を頼ってくれ。穏やかな人生を送り、笑って、幸せになって欲しい。どうか……」
私の肩に顔を埋め、シリウスが言った。
「もう二度と、黙って俺の前からいなくなるな」
苦しげで祈るように切実な声だった。
もうこれ以上、我慢なんて出来ない。
こんなにも私を想ってくれている人に、嘘なんてつけない。
「ごめん……ごめんね。シリィ」
シリウスが勢いよく顔を上げる。大きく見開いた青い目と、視線が交わる。
「私もあなたが、ずっと」
好きの二文字とキス、どちらが早かったのか。
言葉を奪うように重ねられた口づけに応えて、私は目を閉じ、シリウスの背中に手をまわした。立っていられなくて、唇を合せたまましゃがみこむ。
どれほどキスをして、抱きしめ合っていたのだろう。
時を告げる鐘の音が鳴り、私たちは我に返った。
互いに気恥ずかしくて、視線をそらす。チラッと横目で見ると、シリウスも同じように流し目を送ってきて、二人でくすくす笑ってしまった。
なんだか子供時代に戻ったかのような。甘酸っぱくて、くすぐったい気持ちがこみあげる。
ひとしきり笑ったあと、シリウスが話を切り出した。
「事情を聞かせて欲しい。エスターがアデルになった過去と理由を」


