【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 その日の午後。意を決して孤児院へ行くと、やはりシリウスが居た。

『好きだ』『私も好き』なんて甘ったるい昨夜の出来事が頭をよぎり、照れくささが微熱のようにぶり返す。

 しかもシリウスが「昨日はよく眠れたか?」なんてイジワルに聞いてくるものだから、私は見事フリーズした。

 真っ赤な顔で口を開け閉めする私に、子供たちが首をかしげる。

「アデル、顔まっかだぞ! カゼか?」

「違うわよ! あれは”恋わずらい”なの!」

「コイワズ……なんだそれ?」
 
 心配そうな顔をする少年に、おませな少女が耳打ちする。が、そこはお子様。声が大きすぎるせいで、会話の内容は筒抜け。追い打ちをかけられた私は、とうとう顔を覆ってしゃがみこむのだった。

 それから、いつも通り振る舞おうとするものの、つい上の空になってしまい。見かねたシスター・クラーラに「二人でちゃんと話をしてきなさい」と諭されてしまった。

「聖堂の屋上は、普段は立ち入り禁止ですが、今回だけ特別ですよ」と鍵を渡され、送り出される。

 聖堂の頂上は展望階になっており、かつては観光スポットとして有名だったという。しかし現在は、孤児院の子ども達が登ってしまわないよう、立ち入り禁止区域になっている。

 実は、子供の頃。私とシリィは二人で、ここの入り口まで来たことがある。

 鍵置き場からこっそり鍵を拝借し、中に入ろうとしたのだが……。たまたま通りかかったシスター・クラーラに見つかり、潜入作戦は失敗。
 
 
(二人仲良く、お説教されたのよね。ふふっ、懐かしい)
 
 
 鍵を開けると、石造りのらせん階段が上へと続いていた。確かにこれは、子供が登るには薄暗くて危ない。大人でさえちょっと怖い傾斜だった。

 一歩一歩、足場を確かめながら登る。ふいに「アデル」と声をかけられ、顔をあげる。

 先を歩くシリウスが、こちらに手を差し出していた。『つかまれ』と目で促され、彼の手に自分のを重ねる。力強い腕に支えられ、一気に安心感が増した。

 私の手を引きながら、シリウスが「上についたら話がある」と言った。私はそれに「はい」と頷く。
 
 ソニアとライアンは入り口を見張ってくれているため、ここにいるのは私達だけ。足音だけがらせん階段にこだまする。

 私とシリウスは、黙々と階段を上った。


 最後の一段に足をかけ登りきった瞬間、視界が一気に開けた。
 ぐるりと360度。アストレア王都を一望できる美しい絶景に、私は息を呑んだ。

 
「ようやく、二人で登れたな」

 隣に立つシリウスが、静かに呟いた。

『ええ。それにしても長い階段でしたね』――と言おうとして、私はふと違和感を抱いた。彼の言葉のニュアンスに、若干の引っかかりを覚えたのだ。

 見上げると、透き通った青空を背景に、シリウスが優しいほほ笑みを浮かべていた。

 
「一緒に、ここへ来ることが出来て良かった。――エスター」

 
 その一言に、私は思わず息を呑み固まった。