【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 屋敷に着くと、入浴を済ませ、夕食もそこそこに自室へ引きこもる。
 
 早く寝て気分を変えたいのに、昼間のシリウスとの会話がちらついて眠れない。

 ソニアに「よく眠れる薬が欲しいの」と相談すると、生薬由来の体にやさしい眠り薬をくれた。それを飲んで自室に戻る。
 
 ベッドへ入る気になれなくて、ソファに座って月を眺めた。はぁ、と一つため息をこぼす。

「絶対、嫌われたわよね……。ああっ、でも仕方ないじゃない! そもそも殿下はエスターが好きなんであって、今の私が好きなわけじゃない……。自分で自分に嫉妬するって、どういう状況よっ!」

 私は頭を抱えて、長ソファの上でジタバタのたうちまわった。

「胸が苦しい……苦しすぎるっ! 世間の女の子は、恋するたびにこんな辛い思いしてるの? タフすぎない??」

 独り言をいっているうちに段々薬が効いてきた。少しずつ眠気が襲ってきて、そのままソファの上で微睡(まどろ)む。

『ベッドにいかなきゃ』と思ったその時、窓の方からコツ、コツ――という音が聞こえてきた。

 気のせいかと思って目を閉じるが、音はやまない。小枝のような、何か小さな物が窓にぶつかる音がかすかに響く。

「んー、何なのいったい」
 
 眠りを邪魔されてちょっとムッとする。立ち上がると足元がふらふらした。おまけに頭もふわふわする。

 おぼつかない足取りで窓辺に近寄り、鍵をあけて窓を開け放つ。

 ふわっと、金木犀(キンモクセイ)の香りをともなって秋風が吹き込んでくる。
 
 ひらりと紅葉が舞い込み、絨毯の上に落ちた。

「誰もいない?」

 外から「アデル、少し離れてくれ」という声がした。――直後、窓枠に手をかけて、誰かがするりと部屋に入ってくる。長身の男。暗くて顔は分からない。

 ――賊? それとも不審者……!?

 突然の出来事に、驚きすぎて声も出せない。慌てて後ろに下がったせいで、足がもつれてバランスを崩した。
 
『倒れるっ』と思った瞬間、目の前の彼に抱き留められた。ぐっと腰を引き寄せられる。

 雲間から月光が差し、室内を青白い光で照らし出す。
 
 男性の顔が鮮明になった。ふわりと揺れる銀髪、私を見つめる青い瞳。
 
 まつげの長さが分かるほど近距離にある美貌に、どきりと心臓が高鳴った。
 
 
「シリウス、殿下……」

 重なりあったまま、見つめ合う。
 
 侵入者が彼だと分かった瞬間、私の体からふっと力が抜けた。

 温かな腕に抱かれ、緊張の糸がふつりと切れる。途端、ひどい眠気に襲われた。

(あぁ、これ夢だ……。だって殿下がこんなところに、しかも窓から来るわけないもの……)

 夢見心地のまま、私は片手でシリウスの頬に触れた。ひんやりとして柔らかい。

 手の平で撫でると、彼はくすぐったそうに目を細めてほほ笑んだ。

「眠そうだ。もしかして、寝ぼけているのか?」と静かに問いかけられて、私は「うん」とも「ううん」ともつかぬ曖昧な返事をした。眠くて声を出すのも億劫だった。

 
「これは完全に、寝ぼけているな」

 苦笑しながら、シリウスが私の体を横抱きにする。そのままベッドの上にそっと横たえられた。

 寝かしつけるように頭を撫でられて、私は嫌々と首を振る。まだ寝たくなかった。もう少し、この幸せな夢に浸っていたい。
 
「そばに、いて」

 辛うじてそう告げると、彼は驚いた顔をした。ついで眉間にしわをよせ、何かを我慢するような険しい顔つきになる。

 
「君は魔性の女性だな。突き放したかと思えば、こんな可愛い姿を……。俺の理性を試しているのか? アデル」

 言っていることが、良く分からない。

 とりあえず「わたしのこと、嫌い……?」と尋ねると、シリウスはますます苦しげな顔になって胸を押えた。

「……嫌いになど、なるものか。好きすぎて……君と少しでも話がしてくて、このような真似までしてしまった」

 その言葉に、ほっとする。同時に涙がこぼれた。

 それを見たシリウスが、大きく目を見開く。
 
「……よかった」

 震える涙声で告げた瞬間、きつく抱きしめられた。

 
「好きだ。アデル――」