「アデル!」
馬車まで向かう途中、誰かに呼び止められて振り返る。
息を切らせて走ってきたのは、シリウスだった。
日の光を受けて銀髪がきらめく。彼はいつもの騎士服ではなく、王子のみが着用を許される正装姿だった。黒地に金の刺繍のほどこされた礼服が、とてもよく似合っている。
久しぶりに直視するシリウスは、どきりとするほど麗しかった。
「元気にしていたか、アデル」
「はい。シリウス殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「そんな他人行儀な挨拶はやめてくれ」
「そういう訳には参りません。あなた様はもう、私とは違う次元の御方なのですから」
わざと突き放すように言うと、シリウスが傷ついた表情を浮かべた。私の胸もずきりと痛む。けれどここは、心を鬼にしなければ。
「二人きりで話がしたい。時間をもらえないだろうか」
「申し訳ございません、所要がありますので」
「ではいつでも良い。予定は全て君にあわせる。時間をくれないか」
私は返答に困り、どうお断りすべきか思案した。
ここしばらく、私たちはまともに会っていない。正確には、私が一方的にシリウスを避けていた。
手紙や王宮への招待状は数え切れないほど貰った。シリウスがわざわざシレーネ家に使いを出し、面会を求めてきたこともある。だが私は、全て断っていた。
さらには、孤児院への慰問も彼がこない平日に変え、会う機会を徹底的になくしていたというのに。
(ここで会っちゃうなんて)
会えばきっと、この気持ちを諦めきれなくなる。
『どうしても話したい』と食い下がってくる相手に、どう返事をしようか悩んでいると、廷臣がやってきてシリウスに向かって一礼した。
「シリウス様、こちらにいらっしゃいましたか。お相手が到着されております。至急お越し下さいませ」
「……見合いなどしないと言ったはずだ」
「それでは困るのです。我が国では、王妃の存在なくして王にはなれませぬ」
「そのような慣習、時代遅れにも程がある」
「古き良き伝統をお守り下さい。とにかく、お早くお越し下さいませ」
お世継ぎを作るのも、王の重要な務め。シリウスが王位継承者に選ばれた場合、問題は婚約者がいないこと。
王位争いでシリウスの勝利がほぼ確定している現状、廷臣たちは未来のお妃選びに奔走しているのだろう。
廷臣が去ったのを確認して、私は口を開いた。
「シリウス殿下、申し上げてもよろしいでしょうか」
「ああ。構わない」
「殿下は今まさに、王位継承と王妃選定の真っ最中。正直私は……巻き込まれたくないのです」
傷ついたシリウスの顔を見るのが苦しい。私は視線を外して、一息で言い切った。
「私は商家の娘として、ふつうの平民らしく穏やかな人生を送りたいと思っております。殿下と二人っきりでお話しするなど、私にはとても恐れ多く、怖いことなのです。どうか、ご理解下さい」
泣かず、言葉に詰まらず、最後まで言い切れた自分を褒めてあげたい。
沈黙が落ちる。その間ずっと私はうつむいていた。シリウスがどんな顔をしているのか分からない。……が、きっとこれで、私への興味を失っただろう。
やがてシリウスが「わかった」と呟いた。掠れた悲しげな声だった。
それを合図に、私はすぐさま淑女の礼をして、逃げるようにその場を立ち去った。
馬車まで向かう途中、誰かに呼び止められて振り返る。
息を切らせて走ってきたのは、シリウスだった。
日の光を受けて銀髪がきらめく。彼はいつもの騎士服ではなく、王子のみが着用を許される正装姿だった。黒地に金の刺繍のほどこされた礼服が、とてもよく似合っている。
久しぶりに直視するシリウスは、どきりとするほど麗しかった。
「元気にしていたか、アデル」
「はい。シリウス殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「そんな他人行儀な挨拶はやめてくれ」
「そういう訳には参りません。あなた様はもう、私とは違う次元の御方なのですから」
わざと突き放すように言うと、シリウスが傷ついた表情を浮かべた。私の胸もずきりと痛む。けれどここは、心を鬼にしなければ。
「二人きりで話がしたい。時間をもらえないだろうか」
「申し訳ございません、所要がありますので」
「ではいつでも良い。予定は全て君にあわせる。時間をくれないか」
私は返答に困り、どうお断りすべきか思案した。
ここしばらく、私たちはまともに会っていない。正確には、私が一方的にシリウスを避けていた。
手紙や王宮への招待状は数え切れないほど貰った。シリウスがわざわざシレーネ家に使いを出し、面会を求めてきたこともある。だが私は、全て断っていた。
さらには、孤児院への慰問も彼がこない平日に変え、会う機会を徹底的になくしていたというのに。
(ここで会っちゃうなんて)
会えばきっと、この気持ちを諦めきれなくなる。
『どうしても話したい』と食い下がってくる相手に、どう返事をしようか悩んでいると、廷臣がやってきてシリウスに向かって一礼した。
「シリウス様、こちらにいらっしゃいましたか。お相手が到着されております。至急お越し下さいませ」
「……見合いなどしないと言ったはずだ」
「それでは困るのです。我が国では、王妃の存在なくして王にはなれませぬ」
「そのような慣習、時代遅れにも程がある」
「古き良き伝統をお守り下さい。とにかく、お早くお越し下さいませ」
お世継ぎを作るのも、王の重要な務め。シリウスが王位継承者に選ばれた場合、問題は婚約者がいないこと。
王位争いでシリウスの勝利がほぼ確定している現状、廷臣たちは未来のお妃選びに奔走しているのだろう。
廷臣が去ったのを確認して、私は口を開いた。
「シリウス殿下、申し上げてもよろしいでしょうか」
「ああ。構わない」
「殿下は今まさに、王位継承と王妃選定の真っ最中。正直私は……巻き込まれたくないのです」
傷ついたシリウスの顔を見るのが苦しい。私は視線を外して、一息で言い切った。
「私は商家の娘として、ふつうの平民らしく穏やかな人生を送りたいと思っております。殿下と二人っきりでお話しするなど、私にはとても恐れ多く、怖いことなのです。どうか、ご理解下さい」
泣かず、言葉に詰まらず、最後まで言い切れた自分を褒めてあげたい。
沈黙が落ちる。その間ずっと私はうつむいていた。シリウスがどんな顔をしているのか分からない。……が、きっとこれで、私への興味を失っただろう。
やがてシリウスが「わかった」と呟いた。掠れた悲しげな声だった。
それを合図に、私はすぐさま淑女の礼をして、逃げるようにその場を立ち去った。


