【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

「アデル!」

 馬車まで向かう途中、誰かに呼び止められて振り返る。

 息を切らせて走ってきたのは、シリウスだった。

 日の光を受けて銀髪がきらめく。彼はいつもの騎士服ではなく、王子のみが着用を許される正装姿だった。黒地に金の刺繍のほどこされた礼服が、とてもよく似合っている。

 久しぶりに直視するシリウスは、どきりとするほど麗しかった。

 
「元気にしていたか、アデル」

「はい。シリウス殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」

「そんな他人行儀な挨拶はやめてくれ」

「そういう訳には参りません。あなた様はもう、私とは違う次元の御方なのですから」

 わざと突き放すように言うと、シリウスが傷ついた表情を浮かべた。私の胸もずきりと痛む。けれどここは、心を鬼にしなければ。

「二人きりで話がしたい。時間をもらえないだろうか」

「申し訳ございません、所要がありますので」

「ではいつでも良い。予定は全て君にあわせる。時間をくれないか」

 私は返答に困り、どうお断りすべきか思案した。

 ここしばらく、私たちはまともに会っていない。正確には、私が一方的にシリウスを避けていた。

 手紙や王宮への招待状は数え切れないほど貰った。シリウスがわざわざシレーネ家に使いを出し、面会を求めてきたこともある。だが私は、全て断っていた。
 
 さらには、孤児院への慰問も彼がこない平日に変え、会う機会を徹底的になくしていたというのに。

 
(ここで会っちゃうなんて)
 
 
 会えばきっと、この気持ちを諦めきれなくなる。


 『どうしても話したい』と食い下がってくる相手に、どう返事をしようか悩んでいると、廷臣がやってきてシリウスに向かって一礼した。


「シリウス様、こちらにいらっしゃいましたか。お相手が到着されております。至急お越し下さいませ」
 
「……見合いなどしないと言ったはずだ」

「それでは困るのです。我が国では、王妃の存在なくして王にはなれませぬ」

「そのような慣習、時代遅れにも程がある」

「古き良き伝統をお守り下さい。とにかく、お早くお越し下さいませ」

 お世継ぎを作るのも、王の重要な務め。シリウスが王位継承者に選ばれた場合、問題は婚約者がいないこと。
 
 王位争いでシリウスの勝利がほぼ確定している現状、廷臣たちは未来のお妃選びに奔走しているのだろう。

 廷臣が去ったのを確認して、私は口を開いた。

「シリウス殿下、申し上げてもよろしいでしょうか」

「ああ。構わない」

「殿下は今まさに、王位継承と王妃選定の真っ最中。正直私は……巻き込まれたくないのです」

 傷ついたシリウスの顔を見るのが苦しい。私は視線を外して、一息で言い切った。

「私は商家の娘として、ふつうの平民らしく穏やかな人生を送りたいと思っております。殿下と二人っきりでお話しするなど、私にはとても恐れ多く、怖いことなのです。どうか、ご理解下さい」

 泣かず、言葉に詰まらず、最後まで言い切れた自分を褒めてあげたい。

 沈黙が落ちる。その間ずっと私はうつむいていた。シリウスがどんな顔をしているのか分からない。……が、きっとこれで、私への興味を失っただろう。

 やがてシリウスが「わかった」と呟いた。掠れた悲しげな声だった。

 それを合図に、私はすぐさま淑女の礼をして、逃げるようにその場を立ち去った。