【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 国王陛下は、ひれ伏すウォルス伯爵の目の前で足を止めた。

「久しいな、ウォルス」

「陛下……この度は、もうしわけ、ございません……」

「全てシリウスから聞いて知っておる。もういい、顔を上げなさい」

 床に額を擦りつけるウォルス伯爵の肩に、陛下が手を置いた。

「そなたのことは余が一番よく知っておる。生真面目で善良なそなたを、復讐などという愚かな道に駆り立てたのは他でもない、余の責任だ」

「そのようなことは……! すべて、私の、愚かさゆえで、ございます……。シリウス殿下が相談にのって下さっていたにもかかわらず、私は、己の憤りを抑えることができませんでした……」

 なんとお詫び申し上げればよいか、とウォルス伯爵は言葉を詰まらせ、平伏しながらむせび泣く。

 陛下は、忠臣の憐れな姿に目を細め、沙汰を下した。
 
「カルロス・ウォルス伯爵。これより、そなたに――謹慎を命じる」

 
 ウォルス伯爵が、驚いた様子ではっと顔を上げる。陛下は静かな声で続けた。

 
「厳重な監視の下、期間は……そうさな、一年とするか。その間、我が国にとって有益な法案を作成するように。謹慎が明け次第、成果をシリウスへ報告し判断をあおぎなさい。余の期待を裏切ってくれるなよ、ウォルス」

 処刑ではなく謹慎。それは紛れもない国王による恩赦だった。
 
 陛下の温情に、ウォルス伯爵は号泣し、声にならない感謝を何度も口にする。
 
 水を差したのは、メイナードだった。

「父上! 僕は命を狙われたのですよ! 謹慎などあまりに軽すぎる。処刑までいかなくとも、終身刑など、もっと重い罰を与えるべきです!」

「ほう……罰、か」

 メイナードの進言に、陛下がすいっと目を細める。鋭い青の双眸は、シリウスによく似ていた。

「余はお前のことを、もっと賢いと思っていた。お前が王の資質を備えていると信じたからこそ、王の代理を務めさせた。……が、どうやらそれは間違いだったようだ」

「な、なにをおっしゃっているのですか、父上」

「余はこれより、この国を守る王として、最後の責務を果たさねばなるまい」

 陛下はひとつ深呼吸をすると、覚悟を決めた様子で二人の息子を見つめた。
 
「メイナード、シリウス。そなたらに命を下す。晩秋の建国記念日までに、それぞれが考える最善の(まつりごと)を行うのだ。その過程、成果、国民の信頼によって、王を決する」

 シリウスは胸に手を当て、凜とした態度で王命を受けた。
 
 対してメイナードは抵抗を試みるものの、陛下に睨まれて閉口し、渋々といった様子で拝命する。

 この時点で、すでに勝敗は決しているも同然だった。

 人々がシリウスに期待を寄せているのは一目瞭然。

 シリウス派の貴族らは誇らしげに胸を張り、メイナード派閥の者たちは、不甲斐ない主君に呆れと失望の眼差しを向けている。

 第一王子と聖女に表だって味方する者は、もはや誰もいないようだった。


 ――未来(シナリオ)が、変わった。


 いまだに信じられない。
 
 シリウスが生きている。さらには、王になって国を変えるという、夢への第一歩を踏み出している。目の前の現実がひたすら嬉しくて、私はその場で静かに涙を流した。

 ふいにシリウスが周囲を見わたして、ぴたりと私を捉える。
 
 
 視線が噛み合った瞬間、彼はかすかにほほ笑んだ。その不器用な笑い方が記憶にあるシリィと同じで、さらに涙がこぼれる。

 
(シリウス殿下……シリィ、幸せになってね)

 
「ソニア、帰りましょうか」

「もうお帰りになるんですか? 殿下に一言挨拶をしていかれた方が良いのでは」

「いいえ。殿下は次の王になるかもしれない尊い御方。私のような者が話しかけちゃいけないわ」

 そう、私のような、ワケありの人間が関わって良い人じゃない。

 シリィと孤児院で過ごしたエスターは、もうこの世にいない。今の私はアデル・シレーネ。ただの商家の娘で、爵位のない平民。

 色んなことを諦めないと心に誓ったけれど、さすがに雲の上のお人に手を伸ばすほど、私は無謀じゃない。

 処刑イベントは起こらず、未来はシナリオから外れて大きく変わった。
 
 これ以上、私があの人にしてあげられることは、もうない。

 
 
「さぁ、ソニア。行きましょう」

 
 私は涙を拭いて、笑顔で立ち上がった。あえてシリウスの方を見ないようにして、足早にその場をあとにする。


 また会えて嬉しかったわ、シリィ。
 
 あなたの夢をいつまでも応援しています、シリウス殿下。

 エスターとしてシリィと出会い、恋をして。
 アデルとして再び出会い、もう一度、恋をした。
 
 
 今も昔も、あなたのことが――。


「大好きだったわ」


 私の小さな告白は、その場の喧噪に紛れ、跡形もなく消え去った。