はぁ、とため息をつく。
今日はこれで一体、何度目だろうか。
見かねた副官のライアンが、書類から顔を上げて「どうしたんです殿下?」と尋ねてきた。
「ここ数日、様子が変ですよ? 憂い顔でため息をつくなんて、恋煩いする乙女じゃないんですから」
はからずしも図星を突かれ、返答に困る。
無言の俺に、ライアンが「え、本当に恋煩いなんですか」と絶句した。手元の書類を放り出して、ニヤニヤ顔で俺の机に歩み寄ってくる。
「勤務中だ。無駄口を叩かず職務に戻れ」
「朝からずっと詰め所で書類仕事なんて、健康に悪いですよ。ちょっとだけ休憩しましょう。俺が悩みを聞いてあげますから」
「結構だ」
「そんなこと言わずに。ほら、ここにはオレしか居ませんし。他言はしませんから」
ライアンは、俺のデスクの正面に椅子を持ってくると「さぁさぁ」と話を促してくる。
こうなったコイツは手に負えない。従者であり護衛であり、二歳年上の悪友でもあるライアンは、軟派な見た目どおり、恋愛話の類いが好きな奴なのだ。
話題を提供してしまったら最後、話すまでつきまとわれる。
俺は観念して、口を開いた。
「これは、俺の友人の話なのだが」
「友人? 殿下って、オレ以外に友達いましたっけ?」
「…………」
「へいへい。それで? その友人がどうしたんです」
「実は、その友人は最近、長らく想っていた女性を亡くしたのだが――」
「エスター嬢のことですよね?」
「…………」
無言で睨み付けると、ライアンは口をひき結び、両手を挙げて降参のポーズを取った。しゃべらないから続きをどうぞ、と目で先を促してくる。
「俺は……いや、俺の友人は、今も亡き彼女を想っている。……のだが、最近、彼女の親友だった女性に、惹かれてしまっている」
最初は、エスターの死について聞くため彼女――アデルに近付いた。
墓地で出会った彼女は明らかに俺のことを警戒しており、何か知っているような気がした。その後、教会で顔を合せるようになり、俺はひっそり彼女のことを観察していた。
そう、俺にとってアデル・シレーネという女性は、観察対象だったのだ。
なのに気付けば、彼女に強く惹かれていた。
目を閉じれば、数日前の光景が鮮明に思い出せる。
満点の星空の下、アデルは瞳を流星のごとく輝かせ、俺にこう言った。
――『殿下の夢はとても素敵です。私は、あなたが生きて切り開く未来を、見てみたい』と。
俺の思い描く夢を、未来を、否定せず『見てみたい』と言ってくれた女性は、アデルが初めてだった。
あの瞬間、これから先も、自分の隣に彼女がいて欲しいと強く願った。ともに未来を思い描き、歩みたいと――。
「話をまとめると――」とライアンが言った。
「つまり殿下は、エスター嬢にずっと恋していたけど、最近はアデル嬢が気になる、ということですよね。それで? なんでそんなに思い詰めてるんです?」
「俺は、アデルにエスターの面影を重ねているのかもしれない。好きだった人を失った喪失感を、他の女性で埋めようとするなど……自分の弱さと不誠実さが厭わしい」
「はぁ、あなたは本当に生真面目というか、不器用というか」ライアンが両手を頭の後ろで組み、呆れた顔で呟く。
しばらく天井を見つめ考え込んだあと、年上の従者は珍しく真面目な顔で言った。
「好きになっちまったものは、仕方ないんじゃないですかね。うだうだ自己嫌悪に陥るより、殿下にはやることがあると思いますよ」
「やること? 一体、何だ?」
「アデル嬢を精一杯愛し、守ることですよ。今度は決して、失わないように」
俺は息を呑み、固まった。
その一言は、まるで暗闇を切り裂く雷のように、激しく俺の心を揺さぶった。やるべきことが明確になり、迷いや悩みがかき消えた気がする。
今日はこれで一体、何度目だろうか。
見かねた副官のライアンが、書類から顔を上げて「どうしたんです殿下?」と尋ねてきた。
「ここ数日、様子が変ですよ? 憂い顔でため息をつくなんて、恋煩いする乙女じゃないんですから」
はからずしも図星を突かれ、返答に困る。
無言の俺に、ライアンが「え、本当に恋煩いなんですか」と絶句した。手元の書類を放り出して、ニヤニヤ顔で俺の机に歩み寄ってくる。
「勤務中だ。無駄口を叩かず職務に戻れ」
「朝からずっと詰め所で書類仕事なんて、健康に悪いですよ。ちょっとだけ休憩しましょう。俺が悩みを聞いてあげますから」
「結構だ」
「そんなこと言わずに。ほら、ここにはオレしか居ませんし。他言はしませんから」
ライアンは、俺のデスクの正面に椅子を持ってくると「さぁさぁ」と話を促してくる。
こうなったコイツは手に負えない。従者であり護衛であり、二歳年上の悪友でもあるライアンは、軟派な見た目どおり、恋愛話の類いが好きな奴なのだ。
話題を提供してしまったら最後、話すまでつきまとわれる。
俺は観念して、口を開いた。
「これは、俺の友人の話なのだが」
「友人? 殿下って、オレ以外に友達いましたっけ?」
「…………」
「へいへい。それで? その友人がどうしたんです」
「実は、その友人は最近、長らく想っていた女性を亡くしたのだが――」
「エスター嬢のことですよね?」
「…………」
無言で睨み付けると、ライアンは口をひき結び、両手を挙げて降参のポーズを取った。しゃべらないから続きをどうぞ、と目で先を促してくる。
「俺は……いや、俺の友人は、今も亡き彼女を想っている。……のだが、最近、彼女の親友だった女性に、惹かれてしまっている」
最初は、エスターの死について聞くため彼女――アデルに近付いた。
墓地で出会った彼女は明らかに俺のことを警戒しており、何か知っているような気がした。その後、教会で顔を合せるようになり、俺はひっそり彼女のことを観察していた。
そう、俺にとってアデル・シレーネという女性は、観察対象だったのだ。
なのに気付けば、彼女に強く惹かれていた。
目を閉じれば、数日前の光景が鮮明に思い出せる。
満点の星空の下、アデルは瞳を流星のごとく輝かせ、俺にこう言った。
――『殿下の夢はとても素敵です。私は、あなたが生きて切り開く未来を、見てみたい』と。
俺の思い描く夢を、未来を、否定せず『見てみたい』と言ってくれた女性は、アデルが初めてだった。
あの瞬間、これから先も、自分の隣に彼女がいて欲しいと強く願った。ともに未来を思い描き、歩みたいと――。
「話をまとめると――」とライアンが言った。
「つまり殿下は、エスター嬢にずっと恋していたけど、最近はアデル嬢が気になる、ということですよね。それで? なんでそんなに思い詰めてるんです?」
「俺は、アデルにエスターの面影を重ねているのかもしれない。好きだった人を失った喪失感を、他の女性で埋めようとするなど……自分の弱さと不誠実さが厭わしい」
「はぁ、あなたは本当に生真面目というか、不器用というか」ライアンが両手を頭の後ろで組み、呆れた顔で呟く。
しばらく天井を見つめ考え込んだあと、年上の従者は珍しく真面目な顔で言った。
「好きになっちまったものは、仕方ないんじゃないですかね。うだうだ自己嫌悪に陥るより、殿下にはやることがあると思いますよ」
「やること? 一体、何だ?」
「アデル嬢を精一杯愛し、守ることですよ。今度は決して、失わないように」
俺は息を呑み、固まった。
その一言は、まるで暗闇を切り裂く雷のように、激しく俺の心を揺さぶった。やるべきことが明確になり、迷いや悩みがかき消えた気がする。


