「俺は幼い頃、貧しい者だけが不幸だと思っていた」
手を繋ぎ歩きながら、シリウスがそう話を切り出す。
「だが、ある少女と出会い、俺は自分の考えが間違いだと悟った。彼女は貴族令嬢で、表向きは幸せそうに見えたが、常に不安を抱えていた。『いつか力を失い、両親に捨てられるのが怖い』という言葉を聞いた時、俺はこの国を変えたいと願った」
いつか彼女が力を失っても、心穏やかに暮らせる世にしたい。そう思い、出来る事をしてきたつもりだが……。一番肝心の彼女は、もういないと、シリウスは寂しそうに語った。
彼の話す『彼女』は、きっと自分のことだ……。シリウスはやはりシリィだったのだと確信した。
「人の価値は、生まれ持った爵位や異能だけで決められるものじゃない。武術や芸術、勉学、研究、心根の美しさ。努力し続けることだって、十分すばらしい才能だ。俺はそういう、色んな可能性が花開く国を作りたい」
彼はこちらを見ると、僅かに表情を曇らせ、諦めにも似た笑みを浮かべた。
「――と、語るのはたやすい。兄上や家臣にも散々『夢物語』だと馬鹿にされた」
「……夢を見るのは、いけないことなのでしょうか」
殿下はぴたりと足を止める。続きを促すように、無言でじっと私を見つめていた。
「今よりもっと良い未来を思い描いて頑張るのは、素晴しいことだと思います。だって――」
私は繋いだ手を握り返して、力強く告げた。
「王様でさえ夢や希望を抱けない国で、どうして民が幸せになれましょうか」
シリウスが、はっとした顔で私を見つめる。
触れ合った手の平から、彼の熱が、強い感情が、伝わってくる気がした。
「殿下の夢はとても素敵です。私は、あなたが生きて切り開く未来を、見てみたい」
「……生きて、切り開く未来」
目をつぶり、自分に言い聞かせるように呟くシリウス。
数秒の沈黙のあと、まぶたを持ち上げあらわになった青い瞳は、夜空に浮かぶ一等星よりも力強くきらめいていた。もう、死の陰りは見えない。
シリウスは「そうか。そうだな」と呟き、口元に緩やかな笑みを浮かべた。実に晴れやかな表情だった。
「ありがとう、アデル。君のおかげで、自分を取り戻せた気がする。大切な人を失ったばかりで、俺はどうやら自棄になっていたようだ」
「お役に立てて光栄です」
にっこり笑って言うと、シリウスは目を細め「君は不思議なひとだ」と呟いた。
「不思議? 私がですか?」
「ああ。共にいると、不思議と心穏やかになる」
「もしかすると、私の体から安らぎ成分が出ているのかもしれませんね」
茶化すように言うと、シリウスが「そうかもしれないな」と、かすかな笑みを浮かべて答えた。
ふいに、手を繋いだままだったことに気付いて、私は慌ててパッと離した。途端、消えた温もりに寂しさを感じてしまう。
それはシリウスも同じだったのか。彼は空になった手を見下ろして、少し残念そうな、それでいて若干ほっとしたような、複雑な表情を浮かべていた。
「で、では、私はこれで失礼致します。送って下さり、ありがとうございました」
頭を下げ、宿泊離宮の中へ入る。
扉が閉まる直前まで、殿下は見守るようにこちらを眺め、佇んでいた。
手を繋ぎ歩きながら、シリウスがそう話を切り出す。
「だが、ある少女と出会い、俺は自分の考えが間違いだと悟った。彼女は貴族令嬢で、表向きは幸せそうに見えたが、常に不安を抱えていた。『いつか力を失い、両親に捨てられるのが怖い』という言葉を聞いた時、俺はこの国を変えたいと願った」
いつか彼女が力を失っても、心穏やかに暮らせる世にしたい。そう思い、出来る事をしてきたつもりだが……。一番肝心の彼女は、もういないと、シリウスは寂しそうに語った。
彼の話す『彼女』は、きっと自分のことだ……。シリウスはやはりシリィだったのだと確信した。
「人の価値は、生まれ持った爵位や異能だけで決められるものじゃない。武術や芸術、勉学、研究、心根の美しさ。努力し続けることだって、十分すばらしい才能だ。俺はそういう、色んな可能性が花開く国を作りたい」
彼はこちらを見ると、僅かに表情を曇らせ、諦めにも似た笑みを浮かべた。
「――と、語るのはたやすい。兄上や家臣にも散々『夢物語』だと馬鹿にされた」
「……夢を見るのは、いけないことなのでしょうか」
殿下はぴたりと足を止める。続きを促すように、無言でじっと私を見つめていた。
「今よりもっと良い未来を思い描いて頑張るのは、素晴しいことだと思います。だって――」
私は繋いだ手を握り返して、力強く告げた。
「王様でさえ夢や希望を抱けない国で、どうして民が幸せになれましょうか」
シリウスが、はっとした顔で私を見つめる。
触れ合った手の平から、彼の熱が、強い感情が、伝わってくる気がした。
「殿下の夢はとても素敵です。私は、あなたが生きて切り開く未来を、見てみたい」
「……生きて、切り開く未来」
目をつぶり、自分に言い聞かせるように呟くシリウス。
数秒の沈黙のあと、まぶたを持ち上げあらわになった青い瞳は、夜空に浮かぶ一等星よりも力強くきらめいていた。もう、死の陰りは見えない。
シリウスは「そうか。そうだな」と呟き、口元に緩やかな笑みを浮かべた。実に晴れやかな表情だった。
「ありがとう、アデル。君のおかげで、自分を取り戻せた気がする。大切な人を失ったばかりで、俺はどうやら自棄になっていたようだ」
「お役に立てて光栄です」
にっこり笑って言うと、シリウスは目を細め「君は不思議なひとだ」と呟いた。
「不思議? 私がですか?」
「ああ。共にいると、不思議と心穏やかになる」
「もしかすると、私の体から安らぎ成分が出ているのかもしれませんね」
茶化すように言うと、シリウスが「そうかもしれないな」と、かすかな笑みを浮かべて答えた。
ふいに、手を繋いだままだったことに気付いて、私は慌ててパッと離した。途端、消えた温もりに寂しさを感じてしまう。
それはシリウスも同じだったのか。彼は空になった手を見下ろして、少し残念そうな、それでいて若干ほっとしたような、複雑な表情を浮かべていた。
「で、では、私はこれで失礼致します。送って下さり、ありがとうございました」
頭を下げ、宿泊離宮の中へ入る。
扉が閉まる直前まで、殿下は見守るようにこちらを眺め、佇んでいた。


