【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 ソニアが去ってしばらくしてから、殿下と連れだって外に出る。

 歩いてすぐだから、送ってくれなくて大丈夫と言ったのだけど。

「もう少しそばに居たい。迷惑か」

 なんて言われてしまったら、結構です、とは言えなかった。
 
 
 先程までの荒れ模様が嘘のように、空は穏やかに晴れていた。
 ()いだ夜空に無数の星々がきらめいている。
 
(あっ、流れ星)

 キラリと光った流星を見つけ、私は目を閉じた。シリウス殿下が命を落としませんようにと祈り、目を開ける。すると、当の本人が不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。
 
 
「何をしていたんだ?」

「流れ星にお願い事をしていたんです。あっ、また! 殿下も何かお願い事をしてみてください!」

「ん? ああ」

 シリウスは空を見上げ、目を閉じる。彼の長いまつげがふるりと揺れ、数秒で目を開けた。
 
 
「何をお願いしたんですか?」

 好奇心に負けて尋ねる私に、シリウスは空を見上げたまま、答えた。


「この国の人々が、幸せでありますように」

 
 迷いなく告げられた真摯な願いに、はっと息を呑む。

 この人は、強く優しくて。

 
 ……なんて悲しい方なんだろう。


 散々不遇な扱いを受けているのに、憎悪にとらわれず、他者を慈しむ寛大な心を持っている。

 小説では悪役として描かれるだけで、裏切りの動機や目的が分からず仕舞いだったシリウス殿下。

 私も最初は、彼が復讐心に駆り立てられ、反乱を起こすものだと思っていた。
 
 ……だが違った。

 シリウスは、個人的な恨みで兄を殺めるような残忍な人じゃない。むしろ思慮深く善良。
 
 そんな彼が反旗をひるがえす理由は、復讐ではなく、恐らく変革のため。

 シリウスは、民をかえりみない腐敗した王室に、風穴を開けようとしている。きっと、自らの命を犠牲にする覚悟で――。

 
「私は……怖いです。殿下は真面目で優しいから、不安になります。人々の幸せを勝ち取るため、この国を変えようと、あなたは自分が犠牲になる道を選んでしまうんじゃないかと――」

 心の叫びが、とっさに口を突いて出てしまった。出過ぎたことを言ってしまったと後悔するが、もう遅い……。

 
「君は、困った女性(ひと)だな」
 

 頭上から降り注ぐため息交じりの言葉に、私はうつむいた。


「出過ぎた真似を致しました。もうしわけ――」

 
 とっさに頭を下げようとした瞬間、頬に手を添えられた。

「うつむくな」

 やんわりと上を向くよう促され、私は意を決してシリウスの顔を仰ぎ見た。

 てっきり呆れて怒っているものだと思っていたのに。

「どうして……笑っているのです?」

 穏やかな微笑と眼差しを向けられ、戸惑ってしまう。

「呆れていらっしゃるのでは、ないのですか……?」

「呆れてなどいない。ただ、少し困っている。アデルのせいで、俺はすっかり死ぬのが惜しくなってしまった」

 死という不吉な言葉に、私は息を呑む。
 
「歩きながら話そう」――と、シリウスが私の手を取り、薄暗い夜道を進み始めた。