【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

「すまない、驚かせたな。ゆっくり歩くが、気持ちが悪くなったら遠慮せず言ってくれ」

「は、い……」

 力強い腕にしっかりと抱きかかえられ、運ばれていく。
 
 僅かな振動と温かなぬくもりを感じながら身を預けていると、だんだん意識が鮮明になってきた。同時に恥ずかしさが込み上げてくる。

 
「シリウス殿下、あの、ご迷惑をおかけしました……もう大丈夫ですので、降ろしてください……」

 うつむいて小さくなったまま、か細い声でお願いするけれど。

「すまないが、それは聞けない」

「ちょっと立ちくらみがしただけで、だからもう降ります!」

「こら、暴れるんじゃない」

 殿下は腕の力を少し強めるだけで、もがく私の体をやんわり押さえこんだ。

 こんな風に大切にされたら、また勘違いしそうになる。

「殿下は、お優しすぎます。私だからいいものの、他のご令嬢にこんなことをしたら、勘違いされてしまいますよ」

「優しいなどと言われたのは、初めてだ。心配するな。こんなことをするのは君だけだ」

「どうして」

 とっさに、疑問が口をついて出た。
 ハッとして言葉を切る。私は一体、彼に何を期待しているんだろう。

 
「どうして、か。そうだな。どうしてだろうな」

 
 私を横抱きにしてゆっくり歩きながら、シリウスは考え込むように遠い目をした。

 
「傷ついた顔をして走り去ったのを見て、どうしても放っておけず、気が付けば後を追っていた。君が笑うと俺も楽しい気分になるし、たまに物憂げな顔で考え込んでいると、心配になる」

 シリウスはそこで一旦言葉を切ると「あぁ……そうか」と何かに気付いたように呟いた。

「俺は君に、『むねきゅん』しているのかもしれない」

「へっ?」

 驚いて顔を上げると、こちらを見つめるシリウスと視線が合う。彼は珍しく、ちょっと楽しげな顔をしていた。
 
「墓地で会った時、君は俺のことをかなり警戒していたな。それに、カルミア侯爵に対しても冷たい態度をとっていただろう? だから君は、男性が苦手なのかと思っていた」

 だが違った、と殿下は続けた。

「ともに過ごすうちに、君が優しくて面倒見のよい、心の温かな女性なのだと知った。それに、くるくる表情が変わるのも、見ていてほほ笑ましい。無口な俺を楽しませようと、必死に話題を探す姿も愛らしかった」

 ほほ笑ましいとか、愛らしいとか、言われなれない単語のオンパレードに、私は完全に思考停止。何て返せば良いか分からず、シリウスの顔を見上げたまま途方にくれてしまう。

 
「そういうアデルの意外な一面に、俺は好感を持っている。だから放っておけない。――これで、答えになっただろうか?」

 殿下の問いに、私はこくりと頷く。
 

 
 そうこう話しているうちに、私は騎士団内にある医務室へ運ばれた。
 
 医師によると、私は軽い貧血らしい。

「一晩様子を見た方がいい」という医師の助言に従い、医務室に泊まろうとする私を、シリウスが押しとどめた。
 
「ここから近い賓客用の離宮に部屋を用意させる」

「私はここで十分です」

「ここのベッドは硬い。それに騎士団は男所帯だ。危険すぎる」

「えっ? 大丈夫で――」

「アデル」

 静かな声で名を呼ばれ、言葉をさえぎられる。
 
「とにかく、ここは駄目だ。頼む、客間で眠ってくれ」

 真剣な顔で切実に言われてしまい、私は素直に頷いた。
 
 しかも今まで姿の見えなかったソニアが、シリウスの後ろからひょっこり顔を出し「殿下のあい……好意に甘えましょう」と言って、テキパキ準備を始める。

 
「ソニア、あなた今までどこにいたの?」

「一定の距離を保ち、闇に紛れて気配を消しておりました」

「なぜそんなことを!?」

「あらあら、お嬢様は賢いのに、そちらの方面はお子様……こほん、鈍感なのですね」

「ねぇ今、悪口いわなかった?」

「いえ?」
 
 とぼけた顔をしたソニアは、さっさと荷物をまとめて、先に宿泊離宮へと行ってしまった。
 

 去り際に私の耳元で、

「殿下とどうぞ、ごゆっくりお越し下さいませ。想いを伝えられることを、願っております」

 という囁きを残して。