「すまない、驚かせたな。ゆっくり歩くが、気持ちが悪くなったら遠慮せず言ってくれ」
「は、い……」
力強い腕にしっかりと抱きかかえられ、運ばれていく。
僅かな振動と温かなぬくもりを感じながら身を預けていると、だんだん意識が鮮明になってきた。同時に恥ずかしさが込み上げてくる。
「シリウス殿下、あの、ご迷惑をおかけしました……もう大丈夫ですので、降ろしてください……」
うつむいて小さくなったまま、か細い声でお願いするけれど。
「すまないが、それは聞けない」
「ちょっと立ちくらみがしただけで、だからもう降ります!」
「こら、暴れるんじゃない」
殿下は腕の力を少し強めるだけで、もがく私の体をやんわり押さえこんだ。
こんな風に大切にされたら、また勘違いしそうになる。
「殿下は、お優しすぎます。私だからいいものの、他のご令嬢にこんなことをしたら、勘違いされてしまいますよ」
「優しいなどと言われたのは、初めてだ。心配するな。こんなことをするのは君だけだ」
「どうして」
とっさに、疑問が口をついて出た。
ハッとして言葉を切る。私は一体、彼に何を期待しているんだろう。
「どうして、か。そうだな。どうしてだろうな」
私を横抱きにしてゆっくり歩きながら、シリウスは考え込むように遠い目をした。
「傷ついた顔をして走り去ったのを見て、どうしても放っておけず、気が付けば後を追っていた。君が笑うと俺も楽しい気分になるし、たまに物憂げな顔で考え込んでいると、心配になる」
シリウスはそこで一旦言葉を切ると「あぁ……そうか」と何かに気付いたように呟いた。
「俺は君に、『むねきゅん』しているのかもしれない」
「へっ?」
驚いて顔を上げると、こちらを見つめるシリウスと視線が合う。彼は珍しく、ちょっと楽しげな顔をしていた。
「墓地で会った時、君は俺のことをかなり警戒していたな。それに、カルミア侯爵に対しても冷たい態度をとっていただろう? だから君は、男性が苦手なのかと思っていた」
だが違った、と殿下は続けた。
「ともに過ごすうちに、君が優しくて面倒見のよい、心の温かな女性なのだと知った。それに、くるくる表情が変わるのも、見ていてほほ笑ましい。無口な俺を楽しませようと、必死に話題を探す姿も愛らしかった」
ほほ笑ましいとか、愛らしいとか、言われなれない単語のオンパレードに、私は完全に思考停止。何て返せば良いか分からず、シリウスの顔を見上げたまま途方にくれてしまう。
「そういうアデルの意外な一面に、俺は好感を持っている。だから放っておけない。――これで、答えになっただろうか?」
殿下の問いに、私はこくりと頷く。
そうこう話しているうちに、私は騎士団内にある医務室へ運ばれた。
医師によると、私は軽い貧血らしい。
「一晩様子を見た方がいい」という医師の助言に従い、医務室に泊まろうとする私を、シリウスが押しとどめた。
「ここから近い賓客用の離宮に部屋を用意させる」
「私はここで十分です」
「ここのベッドは硬い。それに騎士団は男所帯だ。危険すぎる」
「えっ? 大丈夫で――」
「アデル」
静かな声で名を呼ばれ、言葉をさえぎられる。
「とにかく、ここは駄目だ。頼む、客間で眠ってくれ」
真剣な顔で切実に言われてしまい、私は素直に頷いた。
しかも今まで姿の見えなかったソニアが、シリウスの後ろからひょっこり顔を出し「殿下のあい……好意に甘えましょう」と言って、テキパキ準備を始める。
「ソニア、あなた今までどこにいたの?」
「一定の距離を保ち、闇に紛れて気配を消しておりました」
「なぜそんなことを!?」
「あらあら、お嬢様は賢いのに、そちらの方面はお子様……こほん、鈍感なのですね」
「ねぇ今、悪口いわなかった?」
「いえ?」
とぼけた顔をしたソニアは、さっさと荷物をまとめて、先に宿泊離宮へと行ってしまった。
去り際に私の耳元で、
「殿下とどうぞ、ごゆっくりお越し下さいませ。想いを伝えられることを、願っております」
という囁きを残して。
「は、い……」
力強い腕にしっかりと抱きかかえられ、運ばれていく。
僅かな振動と温かなぬくもりを感じながら身を預けていると、だんだん意識が鮮明になってきた。同時に恥ずかしさが込み上げてくる。
「シリウス殿下、あの、ご迷惑をおかけしました……もう大丈夫ですので、降ろしてください……」
うつむいて小さくなったまま、か細い声でお願いするけれど。
「すまないが、それは聞けない」
「ちょっと立ちくらみがしただけで、だからもう降ります!」
「こら、暴れるんじゃない」
殿下は腕の力を少し強めるだけで、もがく私の体をやんわり押さえこんだ。
こんな風に大切にされたら、また勘違いしそうになる。
「殿下は、お優しすぎます。私だからいいものの、他のご令嬢にこんなことをしたら、勘違いされてしまいますよ」
「優しいなどと言われたのは、初めてだ。心配するな。こんなことをするのは君だけだ」
「どうして」
とっさに、疑問が口をついて出た。
ハッとして言葉を切る。私は一体、彼に何を期待しているんだろう。
「どうして、か。そうだな。どうしてだろうな」
私を横抱きにしてゆっくり歩きながら、シリウスは考え込むように遠い目をした。
「傷ついた顔をして走り去ったのを見て、どうしても放っておけず、気が付けば後を追っていた。君が笑うと俺も楽しい気分になるし、たまに物憂げな顔で考え込んでいると、心配になる」
シリウスはそこで一旦言葉を切ると「あぁ……そうか」と何かに気付いたように呟いた。
「俺は君に、『むねきゅん』しているのかもしれない」
「へっ?」
驚いて顔を上げると、こちらを見つめるシリウスと視線が合う。彼は珍しく、ちょっと楽しげな顔をしていた。
「墓地で会った時、君は俺のことをかなり警戒していたな。それに、カルミア侯爵に対しても冷たい態度をとっていただろう? だから君は、男性が苦手なのかと思っていた」
だが違った、と殿下は続けた。
「ともに過ごすうちに、君が優しくて面倒見のよい、心の温かな女性なのだと知った。それに、くるくる表情が変わるのも、見ていてほほ笑ましい。無口な俺を楽しませようと、必死に話題を探す姿も愛らしかった」
ほほ笑ましいとか、愛らしいとか、言われなれない単語のオンパレードに、私は完全に思考停止。何て返せば良いか分からず、シリウスの顔を見上げたまま途方にくれてしまう。
「そういうアデルの意外な一面に、俺は好感を持っている。だから放っておけない。――これで、答えになっただろうか?」
殿下の問いに、私はこくりと頷く。
そうこう話しているうちに、私は騎士団内にある医務室へ運ばれた。
医師によると、私は軽い貧血らしい。
「一晩様子を見た方がいい」という医師の助言に従い、医務室に泊まろうとする私を、シリウスが押しとどめた。
「ここから近い賓客用の離宮に部屋を用意させる」
「私はここで十分です」
「ここのベッドは硬い。それに騎士団は男所帯だ。危険すぎる」
「えっ? 大丈夫で――」
「アデル」
静かな声で名を呼ばれ、言葉をさえぎられる。
「とにかく、ここは駄目だ。頼む、客間で眠ってくれ」
真剣な顔で切実に言われてしまい、私は素直に頷いた。
しかも今まで姿の見えなかったソニアが、シリウスの後ろからひょっこり顔を出し「殿下のあい……好意に甘えましょう」と言って、テキパキ準備を始める。
「ソニア、あなた今までどこにいたの?」
「一定の距離を保ち、闇に紛れて気配を消しておりました」
「なぜそんなことを!?」
「あらあら、お嬢様は賢いのに、そちらの方面はお子様……こほん、鈍感なのですね」
「ねぇ今、悪口いわなかった?」
「いえ?」
とぼけた顔をしたソニアは、さっさと荷物をまとめて、先に宿泊離宮へと行ってしまった。
去り際に私の耳元で、
「殿下とどうぞ、ごゆっくりお越し下さいませ。想いを伝えられることを、願っております」
という囁きを残して。


