【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 美しいご令嬢に引き留められ、シリウスは無表情のまま立ち止まった。

「何か?」

「わ、わたくしたち、先程のお茶会におりまして……その……メイナード殿下の言い方が、棘のあるように聞こえましたので……」

「シリウス殿下がお辛い思いをなさっているんじゃないかと、心配で……」

 大きな目を潤ませ、上目遣いで話す令嬢たち。慰めの言葉を紡ぐ彼女たちを、シリウスは冷めた目で見下ろし、少しも表情を変えずに言った。

「それで?」

「えっ?」

「俺に同情しているのは分かった。だが、それで?」

「あの……」

「わたしたちは……あなた様を慰めようと」

「結構だ」

 あまりにそっけない返答に、令嬢たちは言葉を失った。
 
 
 そして私も、その場で固まった。

 
 もう少しここに来るのが早かったら、あの強烈な一言を食らっていたのは私だった。

 
「安い同情も上辺だけの慰めの言葉も、俺には不要だ」

 
 低い声ですっぱり言い放つ殿下と、視線が交わった。シリウスが目を見開く。

 
 その瞬間、私はきびすを返して逃げ出していた――。

 
「お嬢様!?」とソニアが驚きの声を上げた。
 
 
 早く、早く、この場から、シリウスのもとから離れたい。どこか遠くへ早く。

 
『安い同情も上辺だけの慰めの言葉も、俺には不要だ』――頭の中に、先程のシリウスの冷たい言葉が蘇る。

 
 私の想いや言葉で、彼の心を変えることが出来たら……。傷ついた心を癒して、苦しみや悲しみを一緒に背負えたら、なんて……。
 
 
(浅はかで、傲慢で、思い上がっていたわ)
 
 
 少し仲良くなったからって。私だけが彼の心を支えられる、特別な存在になれると思っていた自分が恥ずかしい。

 
「アデル――!」

 背後からシリウスの声が聞こえたような気がした。

 足を止めて振り返ろうとした、その瞬間――ピカッと稲光(いなびかり)が炸裂した。

 夜にもかかわらず、あたりが昼間のように明るくなり、ついで激しい雷鳴がとどろく。
 
 空気を震わせるほどの轟音だった。あまりに大きな音と衝撃に、雷に打たれたかのような錯覚に陥る。

 私は声も出せず、その場に倒れるようにしゃがみこんだ。

 
 雷鳴。激しく吹き乱れる風――目の前に迫ってくる巨大な看板。ごんっという鈍い音。激しい衝撃。だんだんと動かなくなっていく体。

 
 ゆっくりと、命を失う感覚……。

 
「アデルッ――!」

 
 大きな声で名を呼ばれ、私は意識を取り戻した。

 呆然と見上げた先には、珍しく焦った様子で私を抱きしめるシリウス、その隣には泣きそうな顔のソニアがいた。

「わた、し……」

「雷が落ちた瞬間、お嬢様がお倒れになって……。そこに殿下が駆けつけて下さったのです」

「シリウス、殿下……」

「医務室へ運ぶ」

 突然のフラッシュバックから目覚め、ぼんやりしてしまう。
 
 近くにある殿下の端正な顔に戸惑いつつ、働かない頭で状況を整理していると、体がふわっと浮き上がった。

「――わっ」

 驚いて、とっさに目の前の肩にしがみつく。
 
 ぴったりと触れ合った場所から体温が伝わってくる。香水よりもきつくない、爽やかで清潔な香りが鼻をかすめた。