【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 シリウスは特に気にした様子もなく、いつも通りクールな無表情のまま。毅然と兄を見下ろしている。

「家臣の進言を無下にするのは、国にとっても、兄上にとっても、得策とは思えません」

義弟(おとうと)のくせに、僕を叱るつもりか! 何様だ、わきまえろ」
 
「苦言を呈する者こそ、真の臣下。それに真摯に向き合うことこそ、王の責務だと私は考えております」

「はははっ! 王になれないお前が、王の責務を語るか。――不愉快だ」

 メイナードは憎らしげに口元を歪めると、憤怒を秘めた目でシリウスを睨み上げ、言い捨てた。

「いい加減にしろ! 再び戦場送りになりたくなければ、今後一切、僕に意見するな。そして一刻も早くここから立ち去れ、目障りだ」
 
 シリウスは諦めたように軽く目を閉じ一礼すると、部屋から出て行った。
 
 サロンを覆っていた緊張が解け、固唾(かたず)を呑んで見守っていた人々が談笑を再開する。
 
「はぁ、あいつは小言が多すぎる。話していると疲れるよ」

「メイナードさま、わたくしがついていますわ」

「ありがとう、ミーティア。そうだ、近々またあいつを戦場送りにしてやろう」
 
 膝の上にいる恋人を甘やかす第一王子。頬をそめて身を預ける聖女。
 第一王子にこびへつらい、政から目をそむけ保身に走る貴族や廷臣。
 
 何より酷いのは、シリウスに対するメイナードのあの酷い態度。
 
 シリウスは、国の未来と兄の治世を憂い、自分が悪者になってまで意見したというのに……。
 
 腹が立って、やりきれない。

(冷静にならなきゃ)

 私はうつむいて目を閉じ、感情を必死に抑えた。

 シリウスの死を防ぐには、市民の暴動を未然に防ぐだけでは足りない。
 
 メイナードへの憎しみを取り除かなければ、今回の反乱イベントを回避したとしても、再び彼は兄に剣を向けてしまう。
 
 
(シリウス殿下の心を癒したい。でも、妹への憎しみを消せない私が、何を言ってあげられるのかしら……)
 
 
 答えが出ないまま、お茶会は終了となった。

 会場を出ると、窓の外はもうすっかり夜。強風と激しい雨が降りそそぎ、時折、雷鳴が轟く。
 

(『前』の私が死んだ日も、確かこんな荒れた天気だったわね)
 
 
 死ぬ直前の、あの恐ろしい光景を思い出してしまう。

 
「お嬢様、顔色がすぐれませんが、大丈夫ですか?」

 ソニアが私の顔をのぞき込み、背中にそっと手を添える。
 
「大丈夫よ。でもこの天気だと、すぐ帰るのは無理そうね」
 
「ええ、そうですね」

「待っている間、行きたいところがあるの」

「はい、どこへでもお供致します」

 私は聖女離宮から続く回廊をわたり、敷地内にある騎士団本部の詰め所へ向かった。

 彼にかける言葉は、まだ思いつかない。無駄足になるかもしれない。

 それでも、自分から動かなきゃ――。

 
 運命(シナリオ)は変えられない。

 

 
 視線の先にシリウスの姿を見つけた。けれど、先客がいたようだ。

 
「シリウス殿下、お待ちになって下さいませ!」

「わたくしたち、殿下に少々、お話したいことがあるのです」

 
 彼に駆け寄る令嬢たちの姿が見えて、私は立ち止まった。