シリィになら、私は何でも打ち明けられた。
家族のこと、不仲な妹のこと、そして常に抱えている不安についても。
「要らない子になったら、きっと捨てられちゃう。だからいつも聖堂で祈っているの。――いい子にしますから、私が両親にとって、価値のある良い子でいられますようにって」
シリィはいつも、黙って聞いていた。
否定せず、大丈夫だよなんて安易な気休めも言わず、ただただ聞いてくれていた。
それが私にとって、何より嬉しくて、安心した。
聖堂でお祈りしたあと、珍しくシリィが自分のことを語ってくれた日があった。
「俺、ずっと平民だけが不幸なんだと思ってた。貧しい者は苦しくて、裕福な貴族は幸せなんだって。だから、お前に八つ当たりしちゃった。でも、エスターのおかげで気付いたんだ」
「私のおかげ? どんなこと?」
「貴族や異能者、表向きは恵まれてるように見える人でも、みんな辛いことや不安なことがあるんだって。俺、やっと気付いたんだ。だからさ、その……」
シリィは口ごもったあと、そっぽを向いて言った。
「もしお前が、家族にとって要らない子になったら……おっ、俺がもらってやるよ!」
だからあんま心配すんな!とシリィが思い切った顔で告げる。
威勢の良い声が、ひとけの無い聖堂にぐわんとこだました。
今なら、彼なりの告白だと分かるけれど、当時の私は幼すぎて理解出来なかった。
その結果「もらってやるって、私、物じゃないわよ!」と言ってしまい、しばらく口を利いてもらえなかったのも、今となっては良い思い出……。
夢の中の景色が次々と移り変わる。
幸せな思い出の数々に浸り、温かくて優しい過去の記憶を追体験する。
でも私は知っている。
この夢の終わりが、酷く悲しいものだということを――。
別れは、突然訪れた。
さよならも告げず、シリィはある日突然、孤児院から姿を消した。
「こんにちは! あの? シリィはどこに――」
いつもどおりシリィを探すが、どこにも居ない。
シスターたちは『シリィに関しては何も言えない』と口を閉ざす。彼女達は何も知らされておらず、また詮索しないよう圧力をかけられているのだという。
嫌な予感がしてシスター・クラーラに尋ねると、彼女は静かな声でこう言った。
「シリィは、引き取られました。もう忘れなさい」――と。
忘れることなんて出来なかった私は、しつこく何度もシリィの行方を尋ねたけれど、結局、再会することは叶わなかった。
忘れなさい、諦めなさい、という周りの大人達の言葉が、私の心を押しつぶす。
しばらくして、ダニエルとの政略結婚が決まった。
シリィへの想いを抱えたまま他の人と結婚するなんて……私の心が耐えきれなかった。
(シリィとは、もう会えない。どんなに探しても、見つからない。覚えていても悲しいだけ……忘れなきゃ。大丈夫、忘れられるわ。だって私、諦めるのは得意だもの)
ベッドの上でシーツに包まって、何日も泣きながら『忘れろ』と自分に言い聞かせ、暗示をかけた。
シリィのことが大好きだった。
だからこそ、喪失感はあまりにも大きく。
悲しみのあまり、私は大切な男の子の記憶を手放した――。
◇
「シリィ……」
かすれた自分の呟きで、私は目を覚ました。
涙を拭い起きあがって、ベッドの上で膝を抱えて考え込む。
「シリウス殿下はもしかして、シリィ、なの?」
たしかに、初めて会った時からどこか懐かしさを覚えていた。
「でも幼少期のシリウス殿下は離宮に幽閉されていて、そのあとすぐに王宮に入った。11、12歳のときは、まだ辺境の離宮にいたはず……」
シリウス殿下とシリィ。
穏やかで知的な美貌の貴公子と、目つきの悪いぶっきらぼうな少年。
似ても似つかぬ二人が同一人物だなんて、ありえない。
……と、頭では分かっているのに、おぼろげな記憶を辿ればたどるほど、シリウス殿下とシリィの面影が重なる。
不器用な優しさだったり、無口で物静かなところだったり、共通点を挙げればきりがない。
シリウス殿下がシリィなのか、本当の所はまだ分からない。
けれど私は、彼を助けたい。
「殿下がミーティアの幸せなシナリオの犠牲になって死ぬなんて、そんな悲しい未来は見たくない」
シナリオを変えるべく、私は動き出した。
家族のこと、不仲な妹のこと、そして常に抱えている不安についても。
「要らない子になったら、きっと捨てられちゃう。だからいつも聖堂で祈っているの。――いい子にしますから、私が両親にとって、価値のある良い子でいられますようにって」
シリィはいつも、黙って聞いていた。
否定せず、大丈夫だよなんて安易な気休めも言わず、ただただ聞いてくれていた。
それが私にとって、何より嬉しくて、安心した。
聖堂でお祈りしたあと、珍しくシリィが自分のことを語ってくれた日があった。
「俺、ずっと平民だけが不幸なんだと思ってた。貧しい者は苦しくて、裕福な貴族は幸せなんだって。だから、お前に八つ当たりしちゃった。でも、エスターのおかげで気付いたんだ」
「私のおかげ? どんなこと?」
「貴族や異能者、表向きは恵まれてるように見える人でも、みんな辛いことや不安なことがあるんだって。俺、やっと気付いたんだ。だからさ、その……」
シリィは口ごもったあと、そっぽを向いて言った。
「もしお前が、家族にとって要らない子になったら……おっ、俺がもらってやるよ!」
だからあんま心配すんな!とシリィが思い切った顔で告げる。
威勢の良い声が、ひとけの無い聖堂にぐわんとこだました。
今なら、彼なりの告白だと分かるけれど、当時の私は幼すぎて理解出来なかった。
その結果「もらってやるって、私、物じゃないわよ!」と言ってしまい、しばらく口を利いてもらえなかったのも、今となっては良い思い出……。
夢の中の景色が次々と移り変わる。
幸せな思い出の数々に浸り、温かくて優しい過去の記憶を追体験する。
でも私は知っている。
この夢の終わりが、酷く悲しいものだということを――。
別れは、突然訪れた。
さよならも告げず、シリィはある日突然、孤児院から姿を消した。
「こんにちは! あの? シリィはどこに――」
いつもどおりシリィを探すが、どこにも居ない。
シスターたちは『シリィに関しては何も言えない』と口を閉ざす。彼女達は何も知らされておらず、また詮索しないよう圧力をかけられているのだという。
嫌な予感がしてシスター・クラーラに尋ねると、彼女は静かな声でこう言った。
「シリィは、引き取られました。もう忘れなさい」――と。
忘れることなんて出来なかった私は、しつこく何度もシリィの行方を尋ねたけれど、結局、再会することは叶わなかった。
忘れなさい、諦めなさい、という周りの大人達の言葉が、私の心を押しつぶす。
しばらくして、ダニエルとの政略結婚が決まった。
シリィへの想いを抱えたまま他の人と結婚するなんて……私の心が耐えきれなかった。
(シリィとは、もう会えない。どんなに探しても、見つからない。覚えていても悲しいだけ……忘れなきゃ。大丈夫、忘れられるわ。だって私、諦めるのは得意だもの)
ベッドの上でシーツに包まって、何日も泣きながら『忘れろ』と自分に言い聞かせ、暗示をかけた。
シリィのことが大好きだった。
だからこそ、喪失感はあまりにも大きく。
悲しみのあまり、私は大切な男の子の記憶を手放した――。
◇
「シリィ……」
かすれた自分の呟きで、私は目を覚ました。
涙を拭い起きあがって、ベッドの上で膝を抱えて考え込む。
「シリウス殿下はもしかして、シリィ、なの?」
たしかに、初めて会った時からどこか懐かしさを覚えていた。
「でも幼少期のシリウス殿下は離宮に幽閉されていて、そのあとすぐに王宮に入った。11、12歳のときは、まだ辺境の離宮にいたはず……」
シリウス殿下とシリィ。
穏やかで知的な美貌の貴公子と、目つきの悪いぶっきらぼうな少年。
似ても似つかぬ二人が同一人物だなんて、ありえない。
……と、頭では分かっているのに、おぼろげな記憶を辿ればたどるほど、シリウス殿下とシリィの面影が重なる。
不器用な優しさだったり、無口で物静かなところだったり、共通点を挙げればきりがない。
シリウス殿下がシリィなのか、本当の所はまだ分からない。
けれど私は、彼を助けたい。
「殿下がミーティアの幸せなシナリオの犠牲になって死ぬなんて、そんな悲しい未来は見たくない」
シナリオを変えるべく、私は動き出した。


