【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 シリィになら、私は何でも打ち明けられた。

 家族のこと、不仲な妹のこと、そして常に抱えている不安についても。

「要らない子になったら、きっと捨てられちゃう。だからいつも聖堂で祈っているの。――いい子にしますから、私が両親にとって、価値のある良い子でいられますようにって」

 シリィはいつも、黙って聞いていた。

 否定せず、大丈夫だよなんて安易な気休めも言わず、ただただ聞いてくれていた。

 それが私にとって、何より嬉しくて、安心した。

 聖堂でお祈りしたあと、珍しくシリィが自分のことを語ってくれた日があった。

「俺、ずっと平民だけが不幸なんだと思ってた。貧しい者は苦しくて、裕福な貴族は幸せなんだって。だから、お前に八つ当たりしちゃった。でも、エスターのおかげで気付いたんだ」

「私のおかげ? どんなこと?」

「貴族や異能者、表向きは恵まれてるように見える人でも、みんな辛いことや不安なことがあるんだって。俺、やっと気付いたんだ。だからさ、その……」

 シリィは口ごもったあと、そっぽを向いて言った。

「もしお前が、家族にとって要らない子になったら……おっ、俺がもらってやるよ!」

 だからあんま心配すんな!とシリィが思い切った顔で告げる。
 
 威勢の良い声が、ひとけの無い聖堂にぐわんとこだました。

 
 今なら、彼なりの告白だと分かるけれど、当時の私は幼すぎて理解出来なかった。

 その結果「もらってやるって、私、物じゃないわよ!」と言ってしまい、しばらく口を利いてもらえなかったのも、今となっては良い思い出……。


 夢の中の景色が次々と移り変わる。
 
 幸せな思い出の数々に浸り、温かくて優しい過去の記憶を追体験する。

 でも私は知っている。

 この夢の終わりが、酷く悲しいものだということを――。


 
 別れは、突然訪れた。
 
 さよならも告げず、シリィはある日突然、孤児院から姿を消した。

「こんにちは! あの? シリィはどこに――」
 
 いつもどおりシリィを探すが、どこにも居ない。

 シスターたちは『シリィに関しては何も言えない』と口を閉ざす。彼女達は何も知らされておらず、また詮索しないよう圧力をかけられているのだという。
 
 嫌な予感がしてシスター・クラーラに尋ねると、彼女は静かな声でこう言った。
 
 
「シリィは、引き取られました。もう忘れなさい」――と。

 
 忘れることなんて出来なかった私は、しつこく何度もシリィの行方を尋ねたけれど、結局、再会することは叶わなかった。

 忘れなさい、諦めなさい、という周りの大人達の言葉が、私の心を押しつぶす。

 しばらくして、ダニエルとの政略結婚が決まった。
 
 シリィへの想いを抱えたまま他の人と結婚するなんて……私の心が耐えきれなかった。

(シリィとは、もう会えない。どんなに探しても、見つからない。覚えていても悲しいだけ……忘れなきゃ。大丈夫、忘れられるわ。だって私、諦めるのは得意だもの)

 ベッドの上でシーツに包まって、何日も泣きながら『忘れろ』と自分に言い聞かせ、暗示をかけた。
 
 シリィのことが大好きだった。
 だからこそ、喪失感はあまりにも大きく。
 
 悲しみのあまり、私は大切な男の子の記憶を手放した――。






 「シリィ……」

 かすれた自分の呟きで、私は目を覚ました。
 
 涙を拭い起きあがって、ベッドの上で膝を抱えて考え込む。

「シリウス殿下はもしかして、シリィ、なの?」

 たしかに、初めて会った時からどこか懐かしさを覚えていた。

「でも幼少期のシリウス殿下は離宮に幽閉されていて、そのあとすぐに王宮に入った。11、12歳のときは、まだ辺境の離宮にいたはず……」

 シリウス殿下とシリィ。
 穏やかで知的な美貌の貴公子と、目つきの悪いぶっきらぼうな少年。
 
 似ても似つかぬ二人が同一人物だなんて、ありえない。
 
 ……と、頭では分かっているのに、おぼろげな記憶を辿ればたどるほど、シリウス殿下とシリィの面影が重なる。

 不器用な優しさだったり、無口で物静かなところだったり、共通点を挙げればきりがない。

 シリウス殿下がシリィなのか、本当の所はまだ分からない。
 
 けれど私は、彼を助けたい。
 

「殿下がミーティアの幸せなシナリオの犠牲になって死ぬなんて、そんな悲しい未来は見たくない」

 
 シナリオを変えるべく、私は動き出した。