【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 さぁぁっと柔らかな春風が吹き、花壇にある色とりどりの花弁が揺れた。

 黄色や白い蝶々が、ひらひらと私たちの間を通り抜けてゆく。


 私は芝生の上に座り込んでうつむいたまま、何も喋らなかった。

 何を言えばいいのか分からなかったし、柄にもなく大泣きしてしまったのが恥ずかしかったから。


 一分にも満たない静寂が、とても長く感じられた。

 
 やがて頭上から「……あのさ」という呟きが聞こえてきた。


 視線を少し上に向けると、膝をついたシリィとちょうど目が合った。
 

「ごめん。酷いこと言って泣かせて。本当に、ごめんなさい」


 真剣な表情とまっすぐな言葉に、心からの謝罪と後悔が伝わってくる。

 何か言わなきゃ――と思うのに、良い言葉が思いつかない。


(こういうときって、何て言えばいいんだろう)


 思えば、誰かと本気で喧嘩して、謝罪される経験はこれが初めてだった。
 
 
「やっぱり、許してもらえない……よな。あんなに酷いこと言って、何度謝ったって足りないのは分かってる。でも、ごめん」

 シリウスは頭を深々と下げた。

「違うの、もう怒ってないわ! 大嫌いは悲しかったけど、もう怒ってないから」

「ほんとうに?」

 顔を上げてすがるような目でこちらを見るシリィ。
 そのとき、私の視界にあるものがちらついた。頭のなかにパッと名案が浮かぶ。
 

「じゃあ、仲直りのプレゼントをちょうだい!」

「仲直りのプレゼント?」

「そう。あの花をくれたら、許してあげる」


 私の指さす方を見て、シリィは分かったと立ち上がる。
 
 そして花壇の近くへ行くと少し考え込んで……。満開の花を手折るのではなく、咲ききってしぼみ、風にあおられて地面に落ちた花弁を拾って戻ってきた。


 そのあまりの優しさに、思わず笑みをこぼす。

 
 花さえ手折れない優しい彼が、私に酷いことを言った。それはきっと悪意からではないのだろう。

 得体のしれない貴族令嬢が、どうして足繁く孤児院に来るのか、不審に思っていたのかもしれない。

 
 シリィが水色の花びらを乗せた両手を差し出す。私は包み込むように、彼の両手に手を添えた。

「この花ね、ネモフィラって言うんだって。お祖母さまからもらった花図鑑で読んだの」

「知らなかった。ネモフィラ、か」

 二人で、重なり合った手の中の花をのぞきこむ。

「そう、ネモフィラ。花言葉はね――『あなたを許す』」


 シリィがはっと顔を上げた。
 間近にある彼の青い瞳が、陽光を受けてキラキラかがやく。

 私は満面の笑みを浮かべて言った。

 
「これで仲直り! ねぇ、シリィ、私と友達になってくれる?」

「……っ! うん、もちろんだよ。……エスター」


 そう言ったシリィは、春の木漏れ日にも負けないくらい眩しい笑顔を浮かべていた。

 
「いま、初めて私の名前を呼んでくれたよね? すごくうれしい!」
 

 心のまま気持ちを伝えると、シリィは慌てた様子で手をパッと手を離した。


「シリィ? どうかしたの?」

「べつに、なにも」

 シリィはいつも通りぶっきらぼうに言うと、ぷいっと背を向けてしまった。

 なんで? どうして?と聞いても、『別になんでもない』とはぐらかされてしまう。
 
 見れば、彼の頬から首筋、耳がじんわり真っ赤に染まっていた。


「はっはぁ~ん、分かったわ。シリィ、あなた、ごめんって言い慣れていなくて照れているんでしょう!そうなんでしょう!」

「いや、違う」

「だったら何なの? どうして背中を向けるの?」
 
「だから、別になんでもないって! つーか、どうせお子様にはわかんねーよ」

「お子様じゃないもん!」


 この日を境に、私とシリィは一番仲良しな友達になった。