寄進を済ませ、慰問はものの数分で終了した。
両親が慈善活動を面倒に思っているのは明白だった。
しかし貴族の義務を怠るのは外聞が悪いから、誰かに押しつけたいという意図が透けて見える。
そんな両親に向かって「次回から私が行きたい!」と名乗りを上げた。
正直にいうと、当時の私に奉仕の精神があったわけじゃない。
ただ、家に居たくなかったから、正当な外出理由が欲しかっただけ。
両親は考え込んだあと、必ず護衛をつけること、問題が起きた時にはすぐさまやめることを条件に許してくれた。
こうして私は、晴れて正当な外出理由を手に入れた。
――今思えば、ここでミーティアから距離を取れたことで、私は小説どおりの『意地悪な姉』にならず済んだのかもしれない。
教会孤児院での体験はどれも新鮮で、温室育ちの私は、あっという間に夢中になった。
掃除や洗濯、食事や貧しい人々への炊き出しの準備。礼拝に来る方のご案内。手伝いごとは山積みで、いくらやっても終わらない。
最初はよそよそしかったシスターと子供たちとも、訪問回数が増えるごとに自然と打ち解けた。自分らしく振る舞える教会での日々は、とても居心地よかった。
社交界では『ロザノワール令嬢は、卑しい孤児にも慈悲を与える素晴しい方だ』などと持てはやされたけれど。
私が孤児院の人々を救っているんじゃない。
むしろ逆、私が彼らに心を救われていたのだ。
「こんにちは、エスター。今日もお手伝いに来てくれたの?」
「ごきげんよう、シスター・クラーラ! ええ、何か手伝えることがあったら任せて!」
「そうねぇ。今日は天気がいいから、中庭でおやつを食べましょうか。クッキーを持っていってくれる? 落とさないよう慎重にね」
はーい!と元気よく返事をして、ナッツや木の実が入ったクッキーを慎重に中庭へ運ぶ。
大皿を持った私が『みんな―!おやつの時間だよ~!』と呼べば、それまで遊んでいた子たちが一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「人数分あるから押さないの! 順番を守ってくださーい!」
子ども達に押されながら、何とかクッキーを配り終える。全員に行き渡ったかな、と皿を見ると、二枚余っていた。一枚は私の分、もう一枚は……?
あたりを見回すと、子供達の輪の中に加わっていない子がいた。中庭の隅のほうで本を読んでいる。
私は彼の元に歩み寄ると「ごきげんよう、シリィ」と声をかけた。
やせっぽちで華奢な、まるで飢えた野良猫のような少年――シリィは、睨み付けるように無言で私を見上げた。
「シスター・クラーラの作ったクッキーよ。はい、あなたの分」
「いらない」
一言で拒絶し、シリィはふいっと顔を背ける。
「どうして? クッキーきらい?」
「ガキじゃないんだ。甘いものなんていらない」
「そう……」
とげとげしい言葉で突き放す彼に、私は――。
「すごいわ!あなたって、大人なのね!かっこいい!!」
とっても感動した。
「は?」
シリィが眉をひそめる。そんな不機嫌な顔も、当時の私には大人っぽく映った。
(年は私より2、3歳くらい上かしら。群れずにひとりでいるのも、一匹狼みたいでかっこいいわ!)
「他の子にあげるために、クッキーを我慢できるなんて、あなたってオトナなのね! すごくかっこいいわ! よしっ! 私の分も他の子にあげてこよーっと」
「まてっ…………なんだ、あいつ」
意気揚々と他の子へクッキーをあげに行く私には、彼の呆れ混じりの声は聞こえなかった。
その日から、シリィは私のなかで『気難しそうな子』から『ちょっと年上の大人っぽい子』にランクアップ。尊敬の対象になった。
(私もシリィみたいに、他の子のために我慢できるオトナになりたい!)
背伸びしたいお年頃の私は、シリィを『師匠』と勝手に位置づけ、そのオトナっぽい雰囲気を真似すべく、しきりに後を追いかけた。
両親が慈善活動を面倒に思っているのは明白だった。
しかし貴族の義務を怠るのは外聞が悪いから、誰かに押しつけたいという意図が透けて見える。
そんな両親に向かって「次回から私が行きたい!」と名乗りを上げた。
正直にいうと、当時の私に奉仕の精神があったわけじゃない。
ただ、家に居たくなかったから、正当な外出理由が欲しかっただけ。
両親は考え込んだあと、必ず護衛をつけること、問題が起きた時にはすぐさまやめることを条件に許してくれた。
こうして私は、晴れて正当な外出理由を手に入れた。
――今思えば、ここでミーティアから距離を取れたことで、私は小説どおりの『意地悪な姉』にならず済んだのかもしれない。
教会孤児院での体験はどれも新鮮で、温室育ちの私は、あっという間に夢中になった。
掃除や洗濯、食事や貧しい人々への炊き出しの準備。礼拝に来る方のご案内。手伝いごとは山積みで、いくらやっても終わらない。
最初はよそよそしかったシスターと子供たちとも、訪問回数が増えるごとに自然と打ち解けた。自分らしく振る舞える教会での日々は、とても居心地よかった。
社交界では『ロザノワール令嬢は、卑しい孤児にも慈悲を与える素晴しい方だ』などと持てはやされたけれど。
私が孤児院の人々を救っているんじゃない。
むしろ逆、私が彼らに心を救われていたのだ。
「こんにちは、エスター。今日もお手伝いに来てくれたの?」
「ごきげんよう、シスター・クラーラ! ええ、何か手伝えることがあったら任せて!」
「そうねぇ。今日は天気がいいから、中庭でおやつを食べましょうか。クッキーを持っていってくれる? 落とさないよう慎重にね」
はーい!と元気よく返事をして、ナッツや木の実が入ったクッキーを慎重に中庭へ運ぶ。
大皿を持った私が『みんな―!おやつの時間だよ~!』と呼べば、それまで遊んでいた子たちが一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「人数分あるから押さないの! 順番を守ってくださーい!」
子ども達に押されながら、何とかクッキーを配り終える。全員に行き渡ったかな、と皿を見ると、二枚余っていた。一枚は私の分、もう一枚は……?
あたりを見回すと、子供達の輪の中に加わっていない子がいた。中庭の隅のほうで本を読んでいる。
私は彼の元に歩み寄ると「ごきげんよう、シリィ」と声をかけた。
やせっぽちで華奢な、まるで飢えた野良猫のような少年――シリィは、睨み付けるように無言で私を見上げた。
「シスター・クラーラの作ったクッキーよ。はい、あなたの分」
「いらない」
一言で拒絶し、シリィはふいっと顔を背ける。
「どうして? クッキーきらい?」
「ガキじゃないんだ。甘いものなんていらない」
「そう……」
とげとげしい言葉で突き放す彼に、私は――。
「すごいわ!あなたって、大人なのね!かっこいい!!」
とっても感動した。
「は?」
シリィが眉をひそめる。そんな不機嫌な顔も、当時の私には大人っぽく映った。
(年は私より2、3歳くらい上かしら。群れずにひとりでいるのも、一匹狼みたいでかっこいいわ!)
「他の子にあげるために、クッキーを我慢できるなんて、あなたってオトナなのね! すごくかっこいいわ! よしっ! 私の分も他の子にあげてこよーっと」
「まてっ…………なんだ、あいつ」
意気揚々と他の子へクッキーをあげに行く私には、彼の呆れ混じりの声は聞こえなかった。
その日から、シリィは私のなかで『気難しそうな子』から『ちょっと年上の大人っぽい子』にランクアップ。尊敬の対象になった。
(私もシリィみたいに、他の子のために我慢できるオトナになりたい!)
背伸びしたいお年頃の私は、シリィを『師匠』と勝手に位置づけ、そのオトナっぽい雰囲気を真似すべく、しきりに後を追いかけた。


