「君と話していると、やけに懐かしい気持ちになる。こんな感情は久しぶりだ」
「ええ、私もです。もしかしたら私達、昔どこかで会ったことがあるのかもしれませんね」
私の言葉にシリウスは数秒考え込むと、やけに真剣な顔で「そうかもしれないな」と呟いた。そして何か思いついたように、花壇へ歩み寄っていく。
しばらくして戻ってきた彼の手には、青いネモフィラの花があった。
「これを君に。先ほど意地悪をしてしまった詫びだ」
そっと手の平に落とされた、小さな水色の花びら。
「綺麗ですね。殿下はこの花、お好きなんですか?」
「ああ、好きだ。――先ほど、女の子を泣かせてしまった話をしただろう?」
「はい。一目惚れで初恋の相手だった、と」
「泣く彼女を前に、俺はどうして良いのか分からず戸惑った。そのとき彼女が『あの花をくれたら、完全に仲直りね』と言って、ネモフィラを指さしたんだ」
私は思わず「――えっ」とかすかな呟きをこぼした。
私の動揺に気付くことなく、シリウスは懐かしそうにネモフィラを眺めつづける。
それから孤児院を出るまで色々と話したけれど、正直、内容はほとんど覚えていなかった。頭の中には、さっきの殿下の言葉がくり返し流れている。
屋敷に戻ってきた私は、食事や入浴を済ませると、早々に自室へ引き上げた。灯りを落としてベッドに潜り込んだものの、眠れそうにない。
最初に、墓地であの花を見たときから、頭の片隅に何かがひっかかっていた。
妙な懐かしさ、既視感、そわそわと落ち着かない気持ち。
もしかしたら、という予感は常にしていた。でも……。
――『あの花をくれたら、完全に仲直りね』
目をつぶり、時計の針を巻き戻すように過去を順番に思いかえしていく。
心の奥底にしまい込み、ずっと思い出さないようにしていた『彼』との想い出が蘇る。
頭の中を駆け巡る記憶の波に流され、私の意識は深い眠りへと落ちていった。
◇
私は、幼い日の夢を見た。
「お姉さまばっかりずるいッ!あたしにちょうだいよ!」
ミーティアが床に座り込んで駄々をこねている。
その姿は、今よりもはるかに幼い。十歳前後くらいだろうか。
「これは、亡くなったお祖母さまがくれた花図鑑だもの。絶対に、いや」
「それじゃなきゃ、いやなのぉ!!」
ぎゃーっという赤ん坊みたいな騒音が、その日はやけに癇にさわった。
そうして気付けば、私は妹の頬をパンッと叩いていた。
ぽかんと口を開けて呆けるミーティア。
同じくらい、驚いた顔で固まる私。
じんじんと熱を持つ右手。
このとき私は始めて、他人を叩いたら自分も痛いのだと知った。
「あ”あ”あ”~~~! お姉さまがぶったぁぁあ!」
騒ぎを聞きつけた侍女が部屋に飛び込んできて、大事になった。
叩かれた、意地悪された、ひどい、を連呼するミーティアに、周りの大人は困り果て、すがるような目で私を見た。
「……あげればいいんでしょ」
すさんだ気持ちで、私は図鑑をぞんざいに投げて渡した。
欲しいものが手に入った妹は、ぴたりと泣き止む。
大人達はほっとした顔で「さすがお姉さんですね」と褒めた。
(何されても、許してあげなきゃいけないの? 私だって、姉になりたくてなったわけじゃないのに!)
姉なんだから妹を許さなきゃと思う良心と、虐めちゃえという残忍な悪意。当時の私の心には、天使と悪魔が同居していた。
(このままじゃ、駄目……。ミーティアのそばに居たら私、あの子を傷つけちゃう)
恐ろしくなった私は、それからミーティアを徹底的に避けるようになった。
しかし同じ屋敷内で全く会わないというのは難しい。
そんな時、転機が訪れた――。
朝食の席で、突然父が、私とミーティアに向かって「孤児院へ慰問に行こう」と言い出したのだ。
『奉仕活動は貴族の義務だからな。知ってのとおり、お父さんは忙しい。だからいずれ、お前達のどちらかが、この仕事を引き継いで欲しいんだ。今日はそのための下見に行くぞ』
有無を言わせず、馬車に乗せられる。
始めて訪れた孤児院には、見たことのない世界が広がっていた。
「ええ、私もです。もしかしたら私達、昔どこかで会ったことがあるのかもしれませんね」
私の言葉にシリウスは数秒考え込むと、やけに真剣な顔で「そうかもしれないな」と呟いた。そして何か思いついたように、花壇へ歩み寄っていく。
しばらくして戻ってきた彼の手には、青いネモフィラの花があった。
「これを君に。先ほど意地悪をしてしまった詫びだ」
そっと手の平に落とされた、小さな水色の花びら。
「綺麗ですね。殿下はこの花、お好きなんですか?」
「ああ、好きだ。――先ほど、女の子を泣かせてしまった話をしただろう?」
「はい。一目惚れで初恋の相手だった、と」
「泣く彼女を前に、俺はどうして良いのか分からず戸惑った。そのとき彼女が『あの花をくれたら、完全に仲直りね』と言って、ネモフィラを指さしたんだ」
私は思わず「――えっ」とかすかな呟きをこぼした。
私の動揺に気付くことなく、シリウスは懐かしそうにネモフィラを眺めつづける。
それから孤児院を出るまで色々と話したけれど、正直、内容はほとんど覚えていなかった。頭の中には、さっきの殿下の言葉がくり返し流れている。
屋敷に戻ってきた私は、食事や入浴を済ませると、早々に自室へ引き上げた。灯りを落としてベッドに潜り込んだものの、眠れそうにない。
最初に、墓地であの花を見たときから、頭の片隅に何かがひっかかっていた。
妙な懐かしさ、既視感、そわそわと落ち着かない気持ち。
もしかしたら、という予感は常にしていた。でも……。
――『あの花をくれたら、完全に仲直りね』
目をつぶり、時計の針を巻き戻すように過去を順番に思いかえしていく。
心の奥底にしまい込み、ずっと思い出さないようにしていた『彼』との想い出が蘇る。
頭の中を駆け巡る記憶の波に流され、私の意識は深い眠りへと落ちていった。
◇
私は、幼い日の夢を見た。
「お姉さまばっかりずるいッ!あたしにちょうだいよ!」
ミーティアが床に座り込んで駄々をこねている。
その姿は、今よりもはるかに幼い。十歳前後くらいだろうか。
「これは、亡くなったお祖母さまがくれた花図鑑だもの。絶対に、いや」
「それじゃなきゃ、いやなのぉ!!」
ぎゃーっという赤ん坊みたいな騒音が、その日はやけに癇にさわった。
そうして気付けば、私は妹の頬をパンッと叩いていた。
ぽかんと口を開けて呆けるミーティア。
同じくらい、驚いた顔で固まる私。
じんじんと熱を持つ右手。
このとき私は始めて、他人を叩いたら自分も痛いのだと知った。
「あ”あ”あ”~~~! お姉さまがぶったぁぁあ!」
騒ぎを聞きつけた侍女が部屋に飛び込んできて、大事になった。
叩かれた、意地悪された、ひどい、を連呼するミーティアに、周りの大人は困り果て、すがるような目で私を見た。
「……あげればいいんでしょ」
すさんだ気持ちで、私は図鑑をぞんざいに投げて渡した。
欲しいものが手に入った妹は、ぴたりと泣き止む。
大人達はほっとした顔で「さすがお姉さんですね」と褒めた。
(何されても、許してあげなきゃいけないの? 私だって、姉になりたくてなったわけじゃないのに!)
姉なんだから妹を許さなきゃと思う良心と、虐めちゃえという残忍な悪意。当時の私の心には、天使と悪魔が同居していた。
(このままじゃ、駄目……。ミーティアのそばに居たら私、あの子を傷つけちゃう)
恐ろしくなった私は、それからミーティアを徹底的に避けるようになった。
しかし同じ屋敷内で全く会わないというのは難しい。
そんな時、転機が訪れた――。
朝食の席で、突然父が、私とミーティアに向かって「孤児院へ慰問に行こう」と言い出したのだ。
『奉仕活動は貴族の義務だからな。知ってのとおり、お父さんは忙しい。だからいずれ、お前達のどちらかが、この仕事を引き継いで欲しいんだ。今日はそのための下見に行くぞ』
有無を言わせず、馬車に乗せられる。
始めて訪れた孤児院には、見たことのない世界が広がっていた。


