それから私は、週末に聖堂で、よくシリウスと会うようになった。
彼は想像以上に寡黙で、会話が全く続かない状況に悩まされた。
最初は、私が一方的にしゃべり続ける漫談スタイルだったが、徐々にシリウスも一言、二言、口を挟むように。
普通に会話が出来るようになるにつれて、私はひっそり殿下の成長に感動するのだった。
次第に、私達の関係は少しずつ変わっていき……今では週末に、一緒に孤児院の手伝いをする仲になっていた。
◇
夏の気配がする週末――。
今日はよく晴れていて、眩しいほどの日差しが孤児院の中庭に降り注ぐ。青々とした芝生の上を、子ども達が元気に駆け回る。
「走って転んじゃだめよー!」
私は洗濯物をかごに取り込みながら、声をかけた。
子どもたちは、はぁい!とおざなりな返事をして、再びキャッキャと追いかけっこを始めた。
外で遊び始めてまだ数分なのに、やんちゃ盛りの男の子はすでに泥だらけ。
子犬みたいに転がり回る男子たちを、女子達は冷ややかな目で見ていた。
「これだから、男はダメね。いつまで経っても、お子さまなんだから」
「やっぱり、つきあうなら”ほうよーりょく”のあるトシウエね」
「ええ。まったくよ。あと、夫にするなら”カイショー”も必要ね」
おままごとをしながら、女の子たちがおませな口調で井戸端会議を始める。
(包容力とか甲斐性とか、そんな言葉、一体どこで覚えてくるの……?)
ふふっと笑って眺めていると、おませ集団のリーダー女子が私に尋ねた。
「あのステキなお兄さま、きょうは来ないのかしら?」
お兄さまというのは、シリウスのことだ。
公務のない週末、殿下はお忍びで孤児院や下町に足を運び、視察をかねた慈善活動をしている。いわく「良い政をするには、民の暮らしを知る必要がある」という理由らしい。
この孤児院にも訪れており、子ども達からは……というか、主に女子に絶大な人気がある。
この子たちも、まさか『お兄さん』がこの国の王子さまだとは考えもしないだろう。
私は「そうねぇ」と答えた。
「お忙しい方だから、今日は来られないかもしれないわね」
「そんなぁ」
「はーん、あんなヤツがすきとか。オマエ、おとこのシュミわりぃな!」
王子さまの不在を嘆く女の子を、泥だらけの少年が馬鹿にする。
案の上、少女は「はぁ!?」と怒りの声をあげた。
「アンタみたいな汚いヤツに言われたくないわよ!」
「きたなくねぇよ!」
「汚いわよ!」
「うっせ、バーカバーカ!おまえなんか、だいっきらいだ!」
少女がひぐっと涙声をこぼし顔を歪める。それを見た少年が、はっとして固まった。
「ほらほら、喧嘩しないの」
さすがにこれはマズイと思い、間に入って二人をなだめる。私は少年に目線を合わせ、問いかけた。
「嫌いっていうのは、あなたの本当の気持ち?」
「……ちがう」
「もし、嫌いとか馬鹿って自分が言われたら、どう思う?」
「かなしい」
「そうよね。悲しませることを言っちゃったとき、どうするんだっけ?」
少年がうつむきがちに「ごめんなさい」と言った。少女が「うん、いいよ」と呟く。二人は目を合わせると、少しギャクシャクしつつも、お互いにはにかんだ。
私は、ほっとしながら優しくさとす。
「喧嘩してもいいわ。でも自分が悪いときには、ごめんなさいを忘れずにね。あと『大嫌い』って言うより、『大好き』を伝える方が、きっとみんな幸せになれると思うわ」
少年少女は素直にこくりと頷いた。
「さぁ、シスターがクッキーを持って来たみたい。二人で食べてらっしゃい!」
二人はおずおずと手をつなぐと、笑い合って走って行った。
あの子たちは、いつも言い争いをしている。けれどそれは仲が悪いからではなく、お互いを意識しているからだ。
重たい洗濯かごを、よいっしょ!と持ち上げて、私は『初恋かぁ、甘酸っぱいなぁ』なんて考えていた。
「良い言葉だな」
穏やかな声が聞こえた瞬間、腕の中からひょいとカゴを奪われた。
あっ――と驚きつつ振り返る。
そこには、お忍び平民姿のシリウスがいた。
彼は想像以上に寡黙で、会話が全く続かない状況に悩まされた。
最初は、私が一方的にしゃべり続ける漫談スタイルだったが、徐々にシリウスも一言、二言、口を挟むように。
普通に会話が出来るようになるにつれて、私はひっそり殿下の成長に感動するのだった。
次第に、私達の関係は少しずつ変わっていき……今では週末に、一緒に孤児院の手伝いをする仲になっていた。
◇
夏の気配がする週末――。
今日はよく晴れていて、眩しいほどの日差しが孤児院の中庭に降り注ぐ。青々とした芝生の上を、子ども達が元気に駆け回る。
「走って転んじゃだめよー!」
私は洗濯物をかごに取り込みながら、声をかけた。
子どもたちは、はぁい!とおざなりな返事をして、再びキャッキャと追いかけっこを始めた。
外で遊び始めてまだ数分なのに、やんちゃ盛りの男の子はすでに泥だらけ。
子犬みたいに転がり回る男子たちを、女子達は冷ややかな目で見ていた。
「これだから、男はダメね。いつまで経っても、お子さまなんだから」
「やっぱり、つきあうなら”ほうよーりょく”のあるトシウエね」
「ええ。まったくよ。あと、夫にするなら”カイショー”も必要ね」
おままごとをしながら、女の子たちがおませな口調で井戸端会議を始める。
(包容力とか甲斐性とか、そんな言葉、一体どこで覚えてくるの……?)
ふふっと笑って眺めていると、おませ集団のリーダー女子が私に尋ねた。
「あのステキなお兄さま、きょうは来ないのかしら?」
お兄さまというのは、シリウスのことだ。
公務のない週末、殿下はお忍びで孤児院や下町に足を運び、視察をかねた慈善活動をしている。いわく「良い政をするには、民の暮らしを知る必要がある」という理由らしい。
この孤児院にも訪れており、子ども達からは……というか、主に女子に絶大な人気がある。
この子たちも、まさか『お兄さん』がこの国の王子さまだとは考えもしないだろう。
私は「そうねぇ」と答えた。
「お忙しい方だから、今日は来られないかもしれないわね」
「そんなぁ」
「はーん、あんなヤツがすきとか。オマエ、おとこのシュミわりぃな!」
王子さまの不在を嘆く女の子を、泥だらけの少年が馬鹿にする。
案の上、少女は「はぁ!?」と怒りの声をあげた。
「アンタみたいな汚いヤツに言われたくないわよ!」
「きたなくねぇよ!」
「汚いわよ!」
「うっせ、バーカバーカ!おまえなんか、だいっきらいだ!」
少女がひぐっと涙声をこぼし顔を歪める。それを見た少年が、はっとして固まった。
「ほらほら、喧嘩しないの」
さすがにこれはマズイと思い、間に入って二人をなだめる。私は少年に目線を合わせ、問いかけた。
「嫌いっていうのは、あなたの本当の気持ち?」
「……ちがう」
「もし、嫌いとか馬鹿って自分が言われたら、どう思う?」
「かなしい」
「そうよね。悲しませることを言っちゃったとき、どうするんだっけ?」
少年がうつむきがちに「ごめんなさい」と言った。少女が「うん、いいよ」と呟く。二人は目を合わせると、少しギャクシャクしつつも、お互いにはにかんだ。
私は、ほっとしながら優しくさとす。
「喧嘩してもいいわ。でも自分が悪いときには、ごめんなさいを忘れずにね。あと『大嫌い』って言うより、『大好き』を伝える方が、きっとみんな幸せになれると思うわ」
少年少女は素直にこくりと頷いた。
「さぁ、シスターがクッキーを持って来たみたい。二人で食べてらっしゃい!」
二人はおずおずと手をつなぐと、笑い合って走って行った。
あの子たちは、いつも言い争いをしている。けれどそれは仲が悪いからではなく、お互いを意識しているからだ。
重たい洗濯かごを、よいっしょ!と持ち上げて、私は『初恋かぁ、甘酸っぱいなぁ』なんて考えていた。
「良い言葉だな」
穏やかな声が聞こえた瞬間、腕の中からひょいとカゴを奪われた。
あっ――と驚きつつ振り返る。
そこには、お忍び平民姿のシリウスがいた。


