翌日、うららかな春の陽気を感じながら、私はシレーネ夫妻とテラスでお茶の時間を楽しんでいた。
カップを置いたシレーネ様が、真剣な顔で言った。
「アデル。最近、忙しすぎないか?」
「そうよ。倒れてしまわないか心配だわ」
「心配……?」
産まれてこの方、実の両親にも心配されたことのない私は、馴染みのない言葉に戸惑う。
思わず「心配をおかけして、すみません」と他人行儀に謝ってしまった。
シレーネ夫妻は顔を見合わせると、慈愛に満ちた眼差しを私に注いだ。
「謝る必要なんてないのよ。ただ、私達は親だから、どうしたって心配になっちゃうの」
妻の言葉に頷き、シレーネ様は周囲の使用人には聞こえないよう、小さな声で言った。
「エスター。血は繋がっていなくても、我々はもう君の親だ。勿論、今でもアデルのことを愛している。だが、君をアデルの代わりだと思ったことは一度もないよ」
「主人の言う通りよ。私たちは家族なんだから、甘えたり、頼ったりして頂戴!」
愛情のこもった言葉に、胸が熱くなる。
(これが、家族の温もりなんだ……)
私は喜びを噛みしめて「――はい!」と頷いた。
「エスター。あなたは、一人娘を亡くして絶望する私達に、神様が……。いえ、アデルが残してくれた、唯一の生きる希望よ」
「妻の言うとおりだ。うちの子になってくれて、僕たちの元に来てくれて、本当にありがとう」
木漏れ日の降り注ぐテラスで、涙を浮かべながらほほ笑み合う。
私はふと、アデルの手紙の一文を思い出した。
【みんなが幸せに笑い合う最高の日々を。あなたの目を通して、私に見せてちょうだい】
(アデル、あなたはこんな未来も予想していたの?)
アデルが立てた入れ替わり計画は、私だけでなく、残していく両親に生きる希望を与えるためでもあったのかもしれない。
死の絶望を前にしても、決して未来を諦めなかったアデル。
強くて前向きで、優しい彼女に私は救われた。
(やっぱり、アデルには敵わないなぁ)
前世でも、今世でも、私はずっと色々なことを我慢して生きてきた。
気付けば立ち向かうことより、諦めることばかり上手になっていたみたい。
(私は変わりたい。アデルみたいな、強くて前向きで、未来を切り開いていけるような女の子になりたい――!)
私は両親に向かって「しばらく休むことにします」と告げた。
二人は安心したように頷き、それが良いと同意してくれる。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
この日から、私たちは本当の家族になった。
◇◇◇
ソニアの情報によると、公務のない週末には、シリウスが教会を訪れるらしい。
私は彼に会うため、教会の聖堂に向かった。
重たい木の扉を開けると、目の前に荘厳な光景が広がる。
純白の壁、フレスコ画が描かれた高い天井。ステンドグラスから差し込む七色の光が、室内を美しく彩る。
祭壇にほど近い最前列の右側のベンチに、男性が一人座っている。
私は、祈りを邪魔しないよう静かに歩み寄り、通路を挟んだ反対側のベンチに腰を下ろした。
目を閉じていた彼が、ちらりと私を見る。そして少し驚いた様子で目を見張った。
「君は――。よく会うな、シレーネ令嬢」
「ええ、またお会い出来て光栄ですわ、シリウス殿下」
私はシリウス殿下に向けて、淑やかにほほ笑んだ。
「君も祈りに来たのか」
「はい。それと、孤児院の慰問に。エスターがしていたことを引き継ぎたいのです」
「そうか」
美しい容貌はどこか物憂げで、瞳の奥には闇があるように見える。
あと数ヶ月後に、反逆罪で断頭台にのぼる悪役王子。
(この人を助けられたら、ミーティアの幸せなシナリオを壊すことが出来るんじゃないかしら)
シリウスの横顔を眺めながら、私はひっそりと考えた。
カップを置いたシレーネ様が、真剣な顔で言った。
「アデル。最近、忙しすぎないか?」
「そうよ。倒れてしまわないか心配だわ」
「心配……?」
産まれてこの方、実の両親にも心配されたことのない私は、馴染みのない言葉に戸惑う。
思わず「心配をおかけして、すみません」と他人行儀に謝ってしまった。
シレーネ夫妻は顔を見合わせると、慈愛に満ちた眼差しを私に注いだ。
「謝る必要なんてないのよ。ただ、私達は親だから、どうしたって心配になっちゃうの」
妻の言葉に頷き、シレーネ様は周囲の使用人には聞こえないよう、小さな声で言った。
「エスター。血は繋がっていなくても、我々はもう君の親だ。勿論、今でもアデルのことを愛している。だが、君をアデルの代わりだと思ったことは一度もないよ」
「主人の言う通りよ。私たちは家族なんだから、甘えたり、頼ったりして頂戴!」
愛情のこもった言葉に、胸が熱くなる。
(これが、家族の温もりなんだ……)
私は喜びを噛みしめて「――はい!」と頷いた。
「エスター。あなたは、一人娘を亡くして絶望する私達に、神様が……。いえ、アデルが残してくれた、唯一の生きる希望よ」
「妻の言うとおりだ。うちの子になってくれて、僕たちの元に来てくれて、本当にありがとう」
木漏れ日の降り注ぐテラスで、涙を浮かべながらほほ笑み合う。
私はふと、アデルの手紙の一文を思い出した。
【みんなが幸せに笑い合う最高の日々を。あなたの目を通して、私に見せてちょうだい】
(アデル、あなたはこんな未来も予想していたの?)
アデルが立てた入れ替わり計画は、私だけでなく、残していく両親に生きる希望を与えるためでもあったのかもしれない。
死の絶望を前にしても、決して未来を諦めなかったアデル。
強くて前向きで、優しい彼女に私は救われた。
(やっぱり、アデルには敵わないなぁ)
前世でも、今世でも、私はずっと色々なことを我慢して生きてきた。
気付けば立ち向かうことより、諦めることばかり上手になっていたみたい。
(私は変わりたい。アデルみたいな、強くて前向きで、未来を切り開いていけるような女の子になりたい――!)
私は両親に向かって「しばらく休むことにします」と告げた。
二人は安心したように頷き、それが良いと同意してくれる。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
この日から、私たちは本当の家族になった。
◇◇◇
ソニアの情報によると、公務のない週末には、シリウスが教会を訪れるらしい。
私は彼に会うため、教会の聖堂に向かった。
重たい木の扉を開けると、目の前に荘厳な光景が広がる。
純白の壁、フレスコ画が描かれた高い天井。ステンドグラスから差し込む七色の光が、室内を美しく彩る。
祭壇にほど近い最前列の右側のベンチに、男性が一人座っている。
私は、祈りを邪魔しないよう静かに歩み寄り、通路を挟んだ反対側のベンチに腰を下ろした。
目を閉じていた彼が、ちらりと私を見る。そして少し驚いた様子で目を見張った。
「君は――。よく会うな、シレーネ令嬢」
「ええ、またお会い出来て光栄ですわ、シリウス殿下」
私はシリウス殿下に向けて、淑やかにほほ笑んだ。
「君も祈りに来たのか」
「はい。それと、孤児院の慰問に。エスターがしていたことを引き継ぎたいのです」
「そうか」
美しい容貌はどこか物憂げで、瞳の奥には闇があるように見える。
あと数ヶ月後に、反逆罪で断頭台にのぼる悪役王子。
(この人を助けられたら、ミーティアの幸せなシナリオを壊すことが出来るんじゃないかしら)
シリウスの横顔を眺めながら、私はひっそりと考えた。


