アストレア王国には、二人の王子がいる。
ひとりは、国王陛下と正妃の間に生まれた第一王子メイナード。
もうひとりは、陛下が侍女に手をつけて産ませた第二王子シリウス。
一歳違いの異母兄弟は、天国と地獄のような、まるで正反対の人生を歩んできた。
正妃の子供であるメイナードは、次期国王として幼い頃から教育を施され、王宮でそれは大切に育てられた。
一方、シリウスをみごもった侍女は正式に側室として迎えられることなく、辺境の離宮へと追いやられた。
そして息子を産んだあと数年で病死。ひっそりと葬儀が執り行われ、人々の記憶から消え去った。
本来ならシリウスも母親同様、人知れず離宮で一生を終えるはずだった。
しかし突然メイナードが大病を患い宮廷は大混乱。
有事の際のスペアが必要になった王室は、それまで見向きもしなかったシリウスを急遽王宮に呼び寄せ、徹底的に教育した。
修行ともいえる過酷な日々を終えたシリウスは、王の資質を持った立派な青年に。
幽閉されていた日陰者が一気に王位継承第二位に躍り出たことで、宮廷はメイナード派とシリウス派に大きく分かれた。
それでもやはり正妃の子であるメイナードの影響力は強く、シリウスは劣勢に立たされている。
「陛下がご病気で療養している隙に、メイナード殿下はシリウス殿下を亡き者にしたいようです。わざと騎士団大隊長の身分を与え、頻繁に紛争地域への出撃命令を下しているとか」
「王位を争っているとはいえ、弟を戦地へ送り出すなんて……」
兄弟なのに酷い、と言いかけて、私は口をつぐんだ。
兄弟だからこそ、憎しみが強まるのかもしれない。
……ミーティアが私を殺そうとしたように。
「ごめんなさい、話を続けて」
「はい。病を抱えていたメイナード殿下は、聖女様の力で健康を取り戻し、派閥は勢いを増しております。中には『不要のスペアは始末してしまえ』と言う貴族もいるとか」
耳を塞ぎたくなるような酷い話。
(シリウス殿下は、生き残るために謀反を起こすのかも……)
彼の悲惨な境遇に、胸が苦しくなる。
利用価値があるうちは良いが邪魔者になった途端、容赦なく捨てられる。
それがどれほど辛いことか、私は良く知っていた。
「王宮の者に話を聞いたところ、兄弟仲はかなり悪いようです。とくに、メイナード殿下の弟嫌いは相当なものだとか」
「メイナード殿下がシリウス殿下を嫌っているの? 普通、逆じゃないかしら」
「どうやらメイナード殿下は、弟君に嫉妬しているようです。シリウス殿下は、国民から大層人気がありますからね」
第一王子のメイナードは、王宮にひきこもって毎夜『聖女』とともにパーティ三昧。
片や第二王子のシリウスは、自ら兵を率いて国を守り、定期的に孤児院や街を訪れて民の声に耳を傾けている。
民が『シリウス殿下が王様になってくれたらなぁ』と嘆くのも当然だ。
「噂によると、シリウス殿下はよくお忍びで街に出るそうです。最近は 王族に反感を持つ国民も多いですから、過激な者達と接触している可能性も十分ありえます」
「王室に反旗を翻す可能性がある、ということ?」
「シリウス殿下はとても用心深く、証拠は掴めておりませんが……。きっかけがあれば、王位の簒奪は十分ありえるかと。下町に、革命家の集会場になっている酒場があるそうです。試しに探ってみますか?」
「いいえ、これ以上はソニアを危険にさらしてしまうわ。もう十分よ、ありがとう」
私の返答に、ソニアは表情を緩めた。
「私のような者を心配してくださるとは。お嬢様のような心優しい主に恵まれて、私は幸せ者です」
「相手を気遣うのに、身分の上下なんて関係ないでしょう?」
「いいえ、この国では決して当たり前ではありません。貴族が平民を虐げ、能力者が一般人を奴隷のように扱う。生まれながらにして持てる者が勝ち、持たざる弱者が負ける。それが、いまの我が国の現実です」
「そう、ね」
「シレーネ家に召し抱えられる前は、お嬢様に言えないような危険な仕事も沢山こなしておりました。王子の身辺調査など、大したことではありません。お望みであれば、いつでもご用命ください」
失礼いたします、と一礼して、ソニアは私の部屋から出て行った。
はぁ、とひとつ、ため息をこぼす。
小説では悪役王子の役割を与えられ、大して深掘りされることもなくあっさり処刑されたシリウス。現実の人生は、なんと壮絶で悲哀に満ちたものだろう。
だが、この世界の未来はそう簡単に変えられない。修正されてしまう。
私がミーティアを殺そうとせずとも殺人未遂イベントは起こり、悪役令嬢エスターは追放された。
きっとシリウスを助けようとしても無駄。小説のシナリオ通り、悪役王子シリウスは処刑されてしまう。
(シレーネ夫妻をこれ以上、巻き込めない。それに私も危険なことをして、アデルに貰った命を無駄に出来ないわ)
「シリウス殿下のことは残念だけど、諦めるしかないのよ」
苦い気持ちに蓋をして、私は翌日からミーティアに近付くため『アデル』として忙しい毎日を送り始めた。
ひとりは、国王陛下と正妃の間に生まれた第一王子メイナード。
もうひとりは、陛下が侍女に手をつけて産ませた第二王子シリウス。
一歳違いの異母兄弟は、天国と地獄のような、まるで正反対の人生を歩んできた。
正妃の子供であるメイナードは、次期国王として幼い頃から教育を施され、王宮でそれは大切に育てられた。
一方、シリウスをみごもった侍女は正式に側室として迎えられることなく、辺境の離宮へと追いやられた。
そして息子を産んだあと数年で病死。ひっそりと葬儀が執り行われ、人々の記憶から消え去った。
本来ならシリウスも母親同様、人知れず離宮で一生を終えるはずだった。
しかし突然メイナードが大病を患い宮廷は大混乱。
有事の際のスペアが必要になった王室は、それまで見向きもしなかったシリウスを急遽王宮に呼び寄せ、徹底的に教育した。
修行ともいえる過酷な日々を終えたシリウスは、王の資質を持った立派な青年に。
幽閉されていた日陰者が一気に王位継承第二位に躍り出たことで、宮廷はメイナード派とシリウス派に大きく分かれた。
それでもやはり正妃の子であるメイナードの影響力は強く、シリウスは劣勢に立たされている。
「陛下がご病気で療養している隙に、メイナード殿下はシリウス殿下を亡き者にしたいようです。わざと騎士団大隊長の身分を与え、頻繁に紛争地域への出撃命令を下しているとか」
「王位を争っているとはいえ、弟を戦地へ送り出すなんて……」
兄弟なのに酷い、と言いかけて、私は口をつぐんだ。
兄弟だからこそ、憎しみが強まるのかもしれない。
……ミーティアが私を殺そうとしたように。
「ごめんなさい、話を続けて」
「はい。病を抱えていたメイナード殿下は、聖女様の力で健康を取り戻し、派閥は勢いを増しております。中には『不要のスペアは始末してしまえ』と言う貴族もいるとか」
耳を塞ぎたくなるような酷い話。
(シリウス殿下は、生き残るために謀反を起こすのかも……)
彼の悲惨な境遇に、胸が苦しくなる。
利用価値があるうちは良いが邪魔者になった途端、容赦なく捨てられる。
それがどれほど辛いことか、私は良く知っていた。
「王宮の者に話を聞いたところ、兄弟仲はかなり悪いようです。とくに、メイナード殿下の弟嫌いは相当なものだとか」
「メイナード殿下がシリウス殿下を嫌っているの? 普通、逆じゃないかしら」
「どうやらメイナード殿下は、弟君に嫉妬しているようです。シリウス殿下は、国民から大層人気がありますからね」
第一王子のメイナードは、王宮にひきこもって毎夜『聖女』とともにパーティ三昧。
片や第二王子のシリウスは、自ら兵を率いて国を守り、定期的に孤児院や街を訪れて民の声に耳を傾けている。
民が『シリウス殿下が王様になってくれたらなぁ』と嘆くのも当然だ。
「噂によると、シリウス殿下はよくお忍びで街に出るそうです。最近は 王族に反感を持つ国民も多いですから、過激な者達と接触している可能性も十分ありえます」
「王室に反旗を翻す可能性がある、ということ?」
「シリウス殿下はとても用心深く、証拠は掴めておりませんが……。きっかけがあれば、王位の簒奪は十分ありえるかと。下町に、革命家の集会場になっている酒場があるそうです。試しに探ってみますか?」
「いいえ、これ以上はソニアを危険にさらしてしまうわ。もう十分よ、ありがとう」
私の返答に、ソニアは表情を緩めた。
「私のような者を心配してくださるとは。お嬢様のような心優しい主に恵まれて、私は幸せ者です」
「相手を気遣うのに、身分の上下なんて関係ないでしょう?」
「いいえ、この国では決して当たり前ではありません。貴族が平民を虐げ、能力者が一般人を奴隷のように扱う。生まれながらにして持てる者が勝ち、持たざる弱者が負ける。それが、いまの我が国の現実です」
「そう、ね」
「シレーネ家に召し抱えられる前は、お嬢様に言えないような危険な仕事も沢山こなしておりました。王子の身辺調査など、大したことではありません。お望みであれば、いつでもご用命ください」
失礼いたします、と一礼して、ソニアは私の部屋から出て行った。
はぁ、とひとつ、ため息をこぼす。
小説では悪役王子の役割を与えられ、大して深掘りされることもなくあっさり処刑されたシリウス。現実の人生は、なんと壮絶で悲哀に満ちたものだろう。
だが、この世界の未来はそう簡単に変えられない。修正されてしまう。
私がミーティアを殺そうとせずとも殺人未遂イベントは起こり、悪役令嬢エスターは追放された。
きっとシリウスを助けようとしても無駄。小説のシナリオ通り、悪役王子シリウスは処刑されてしまう。
(シレーネ夫妻をこれ以上、巻き込めない。それに私も危険なことをして、アデルに貰った命を無駄に出来ないわ)
「シリウス殿下のことは残念だけど、諦めるしかないのよ」
苦い気持ちに蓋をして、私は翌日からミーティアに近付くため『アデル』として忙しい毎日を送り始めた。


