【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 シリウスは頷き返し、不届き者に視線を戻した。
 一方のダニエルは、ヘビににらまれた蛙状態。青ざめたまま固まっている。

 
「あ、あなたさまは……。ち、違うんです、これは、その女が悪くて」

「詳しくは騎士団で聞く。連れて行け」

 
 命令を受けた騎士がダニエルの両脇に手を入れ、引きずるようにして連行する。

 シリウスが「今宵の宴、存分に楽しんでくれ」と周囲に告げると、群がっていた野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「出口まで送ろう」と言うシリウスに従い、大人しく少し後ろを着いていく。
 
 
 
 第二王子、シリウス・イヴァン・アストレア殿下。
 
 彼が歩くたび、その怜悧な美貌に誰もが振り返る。
 
 ほっそりとした輪郭に、すっと通った鼻筋。
 筆をさらりと滑らせたような、流麗(りゅうれい)な切れ長の瞳。
 
 シミひとつない透明感のある額や頬に、銀糸の髪がさらりとかかる。
 手足の長いしなやかな体つきに、高貴な佇まい。

 黒を基調とした格式高い騎士服が、彼の清廉な美と、凜とした雰囲気をさらに引き立たせていた。

 すれ違うご令嬢が頬を染めてうっとりする。男性は憧れや嫉妬のこもった眼差しを向ける。そんな人々の視線が、もれなく私にも突き刺さる。

 
「シリウス様の後ろにいる女、誰よ」という声が聞こえた気がして、ひっそり殿下から距離をとった。

 
 その時、高位貴族らしき男が「これはこれは、シリウス殿下」と笑顔ですり寄ってきた。
 
 シリウスがぴたりと足をとめる。無表情で貴族を見下ろす目は、真冬の寒風よりも冷ややかだった。

「何か?」

 凍てついた声音に、貴族の顔が引きつる。

「その……実は、うちの長女の初の社交界(デビュタント)でして、シリウス殿下に一曲、踊りをお願い出来ればと……」

「用がある。他を当たれ」

 取り付く島もないとは、まさにこのこと。貴族の頼みをすげなく一蹴して、シリウスは再び歩き出した。

 あわよくば自分の娘とも踊りを……と前のめりになっていた貴族たちが、さっと身を引いた。
 
 小説ではクールキャラとして描かれていたシリウスだが、実物はさらに上を行く塩対応……いや極寒対応ぶり。無口無表情、無慈悲。人間味の感じられない姿に、少し怖いと思ってしまう。

 
 夜会の出入り口に着くと、私は改めて頭を下げた。

「カルミア侯爵子息には厳しく(きゅう)をすえておく。……が、あの考えなしのすることだ、逆恨みして貴殿に危害を加えるかもしれない。巡回警備を強化するが、そちらも十分警戒して欲しい」

「お心遣い感謝いたします、殿下」

 慌ててやってきたソニアとともに私が馬車に乗るのを見届けて、シリウスは颯爽と去って行った。

(ちょっと怖いけれど、悪い人じゃないのかも)

 
 ダニエルからの報復を警戒して巡回を増やしてくれたり、わざわざ玄関まで送り届けてくれたり、怖そうにみえて、意外と優しい一面があるのかもしれない。

 
(とにかく、今日は、疲れた……)

 
 目をつぶると、まぶたの裏に幸せそうなミーティアの笑顔が浮かぶ。
 
(シナリオ通り、ミーティアはメイナード殿下と結ばれ、今日の夜会で婚約発表した。ということは、やっぱりここは【黒薔薇姫】の世界……。とすれば、このあとに起こるイベントは、シリウス殿下の謀反と処刑)

 悪役王子という役割を与えられ、遠くない将来、断罪される第二王子シリウス。
 
 悪役令嬢エスターと同じくシナリオの被害者ともいえる彼を、私はひっそりと哀れんだ。



◇◇◇



 夜会から数日後、ソニアがシリウスの情報を仕入れてきた。さっそく自室に呼び、報告を受ける。

 開口一番、ソニアがこう言った。

「シリウス殿下は王宮で、こう呼ばれているそうです――『不要の王子(スペア)』と」