シリウスは頷き返し、不届き者に視線を戻した。
一方のダニエルは、ヘビににらまれた蛙状態。青ざめたまま固まっている。
「あ、あなたさまは……。ち、違うんです、これは、その女が悪くて」
「詳しくは騎士団で聞く。連れて行け」
命令を受けた騎士がダニエルの両脇に手を入れ、引きずるようにして連行する。
シリウスが「今宵の宴、存分に楽しんでくれ」と周囲に告げると、群がっていた野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「出口まで送ろう」と言うシリウスに従い、大人しく少し後ろを着いていく。
第二王子、シリウス・イヴァン・アストレア殿下。
彼が歩くたび、その怜悧な美貌に誰もが振り返る。
ほっそりとした輪郭に、すっと通った鼻筋。
筆をさらりと滑らせたような、流麗な切れ長の瞳。
シミひとつない透明感のある額や頬に、銀糸の髪がさらりとかかる。
手足の長いしなやかな体つきに、高貴な佇まい。
黒を基調とした格式高い騎士服が、彼の清廉な美と、凜とした雰囲気をさらに引き立たせていた。
すれ違うご令嬢が頬を染めてうっとりする。男性は憧れや嫉妬のこもった眼差しを向ける。そんな人々の視線が、もれなく私にも突き刺さる。
「シリウス様の後ろにいる女、誰よ」という声が聞こえた気がして、ひっそり殿下から距離をとった。
その時、高位貴族らしき男が「これはこれは、シリウス殿下」と笑顔ですり寄ってきた。
シリウスがぴたりと足をとめる。無表情で貴族を見下ろす目は、真冬の寒風よりも冷ややかだった。
「何か?」
凍てついた声音に、貴族の顔が引きつる。
「その……実は、うちの長女の初の社交界でして、シリウス殿下に一曲、踊りをお願い出来ればと……」
「用がある。他を当たれ」
取り付く島もないとは、まさにこのこと。貴族の頼みをすげなく一蹴して、シリウスは再び歩き出した。
あわよくば自分の娘とも踊りを……と前のめりになっていた貴族たちが、さっと身を引いた。
小説ではクールキャラとして描かれていたシリウスだが、実物はさらに上を行く塩対応……いや極寒対応ぶり。無口無表情、無慈悲。人間味の感じられない姿に、少し怖いと思ってしまう。
夜会の出入り口に着くと、私は改めて頭を下げた。
「カルミア侯爵子息には厳しく灸をすえておく。……が、あの考えなしのすることだ、逆恨みして貴殿に危害を加えるかもしれない。巡回警備を強化するが、そちらも十分警戒して欲しい」
「お心遣い感謝いたします、殿下」
慌ててやってきたソニアとともに私が馬車に乗るのを見届けて、シリウスは颯爽と去って行った。
(ちょっと怖いけれど、悪い人じゃないのかも)
ダニエルからの報復を警戒して巡回を増やしてくれたり、わざわざ玄関まで送り届けてくれたり、怖そうにみえて、意外と優しい一面があるのかもしれない。
(とにかく、今日は、疲れた……)
目をつぶると、まぶたの裏に幸せそうなミーティアの笑顔が浮かぶ。
(シナリオ通り、ミーティアはメイナード殿下と結ばれ、今日の夜会で婚約発表した。ということは、やっぱりここは【黒薔薇姫】の世界……。とすれば、このあとに起こるイベントは、シリウス殿下の謀反と処刑)
悪役王子という役割を与えられ、遠くない将来、断罪される第二王子シリウス。
悪役令嬢エスターと同じくシナリオの被害者ともいえる彼を、私はひっそりと哀れんだ。
◇◇◇
夜会から数日後、ソニアがシリウスの情報を仕入れてきた。さっそく自室に呼び、報告を受ける。
開口一番、ソニアがこう言った。
「シリウス殿下は王宮で、こう呼ばれているそうです――『不要の王子』と」
一方のダニエルは、ヘビににらまれた蛙状態。青ざめたまま固まっている。
「あ、あなたさまは……。ち、違うんです、これは、その女が悪くて」
「詳しくは騎士団で聞く。連れて行け」
命令を受けた騎士がダニエルの両脇に手を入れ、引きずるようにして連行する。
シリウスが「今宵の宴、存分に楽しんでくれ」と周囲に告げると、群がっていた野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「出口まで送ろう」と言うシリウスに従い、大人しく少し後ろを着いていく。
第二王子、シリウス・イヴァン・アストレア殿下。
彼が歩くたび、その怜悧な美貌に誰もが振り返る。
ほっそりとした輪郭に、すっと通った鼻筋。
筆をさらりと滑らせたような、流麗な切れ長の瞳。
シミひとつない透明感のある額や頬に、銀糸の髪がさらりとかかる。
手足の長いしなやかな体つきに、高貴な佇まい。
黒を基調とした格式高い騎士服が、彼の清廉な美と、凜とした雰囲気をさらに引き立たせていた。
すれ違うご令嬢が頬を染めてうっとりする。男性は憧れや嫉妬のこもった眼差しを向ける。そんな人々の視線が、もれなく私にも突き刺さる。
「シリウス様の後ろにいる女、誰よ」という声が聞こえた気がして、ひっそり殿下から距離をとった。
その時、高位貴族らしき男が「これはこれは、シリウス殿下」と笑顔ですり寄ってきた。
シリウスがぴたりと足をとめる。無表情で貴族を見下ろす目は、真冬の寒風よりも冷ややかだった。
「何か?」
凍てついた声音に、貴族の顔が引きつる。
「その……実は、うちの長女の初の社交界でして、シリウス殿下に一曲、踊りをお願い出来ればと……」
「用がある。他を当たれ」
取り付く島もないとは、まさにこのこと。貴族の頼みをすげなく一蹴して、シリウスは再び歩き出した。
あわよくば自分の娘とも踊りを……と前のめりになっていた貴族たちが、さっと身を引いた。
小説ではクールキャラとして描かれていたシリウスだが、実物はさらに上を行く塩対応……いや極寒対応ぶり。無口無表情、無慈悲。人間味の感じられない姿に、少し怖いと思ってしまう。
夜会の出入り口に着くと、私は改めて頭を下げた。
「カルミア侯爵子息には厳しく灸をすえておく。……が、あの考えなしのすることだ、逆恨みして貴殿に危害を加えるかもしれない。巡回警備を強化するが、そちらも十分警戒して欲しい」
「お心遣い感謝いたします、殿下」
慌ててやってきたソニアとともに私が馬車に乗るのを見届けて、シリウスは颯爽と去って行った。
(ちょっと怖いけれど、悪い人じゃないのかも)
ダニエルからの報復を警戒して巡回を増やしてくれたり、わざわざ玄関まで送り届けてくれたり、怖そうにみえて、意外と優しい一面があるのかもしれない。
(とにかく、今日は、疲れた……)
目をつぶると、まぶたの裏に幸せそうなミーティアの笑顔が浮かぶ。
(シナリオ通り、ミーティアはメイナード殿下と結ばれ、今日の夜会で婚約発表した。ということは、やっぱりここは【黒薔薇姫】の世界……。とすれば、このあとに起こるイベントは、シリウス殿下の謀反と処刑)
悪役王子という役割を与えられ、遠くない将来、断罪される第二王子シリウス。
悪役令嬢エスターと同じくシナリオの被害者ともいえる彼を、私はひっそりと哀れんだ。
◇◇◇
夜会から数日後、ソニアがシリウスの情報を仕入れてきた。さっそく自室に呼び、報告を受ける。
開口一番、ソニアがこう言った。
「シリウス殿下は王宮で、こう呼ばれているそうです――『不要の王子』と」


