(まずい、まずい、まずい――ッ!)
目の前で具合悪そうにしゃがみ込んだ人が居たから、思わず声をかけたら、まさかのダニエルだった。
(よりによってダニエルに出くわすなんて……ああっ、もう!なんて日よ!)
「そこのお前!待て!」
(ええ、なんで追ってくるの……)
無視して歩き続ける私の後ろで、ダニエルが「待て」だの「止まれ」だの叫んでいる。ソニアが情報収集しに行っているときに限って、面倒なことになってしまった。
(まさか、私がエスターだとバレた? いやいや、施術は完璧お化粧もバッチリだもの。バレるはずがないわ。じゃあなんで追いかけてくるの?)
自問自答しながら廊下を歩いていると、ついに手首をつかまれた。
諦めて後ろを振り返る。
息を切らしたダニエルが「どうして逃げるんだ」と語気を荒げた。
「気安く声をかけてしまい、お叱りを受けるのではないかと動揺してしまいました。ご無礼をお許しください、ダニエル・カルミア様」
「俺のことを知っているのか?」
「もちろんですわ。あなた様は、円卓会議に名を連ねる侯爵家のご子息。商家の娘である私が話しかけるなど、恐れ多いことです。では、失礼いたします」
「待て、逃げるな。俺の家柄を知っていて取り入ろうとせず、謙虚に振る舞うとは。気に入った、名は?」
気に入らなくて結構です!と叫びたい気持ちを抑え、私はドレスをつまみ優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。アデル・シレーネと申します」
「シレーネ家といえば、我が国を代表する商会だな。海洋貿易の波に乗り、一代で財を成したそうじゃないか。病弱な娘がいて、長くないという噂だったが……」
「私のことですわ」と言うと、ダニエルは「もう体は大丈夫なのか」と尋ねてきた。早く立ち去りたいのに、会話を終わらせてくれない。
「はい。おかげさまで」
「そうか。それは良かった」
ふいに、無数の視線を感じた。ちらりと横目で確認すると、貴族たちがこちらを見てヒソヒソ話している。
「カルミア侯爵子息と話している、あの綺麗なご令嬢は誰だ? お前、知っているか?」
「いや、知らないな。あんな美女とお近づきになれて、カルミア侯爵子息が羨ましいよ」
周囲の囁きが聞こえたのか、ダニエルは勝ち誇ったようにふんぞり返る。
こんな美女に言い寄られる俺ってすごいだろ、と思っている時の顔だ。
「立ち話もなんだし、ホールで踊らないか?」
「せっかくのお誘いですが、そろそろ帰らなければ――」
「お前、まさか誘いを断るのか? この俺が、お前のためにわざわざ時間を割いてやるというのに」
「ではなおのこと、私がカルミア様のお時間を奪うなど、あってはなりませんわ。本日はお会いできて光栄でございました」
威圧的なダニエルの物言いに動じることなく、礼節を保ちつつ拒絶の意志を示す。
別にダンスくらい踊っても良いのだけれど。過去に私のことをぞんざいに扱い、さっさと妹に鞍替えした男の手など、指一本触れたくなかった。
商人の娘ごときに振られるとは、思いもしなかったのだろう。ダニエルは唖然としていた。しかし徐々に怒りが込み上げてきたのか、表情が険しくなり……。
「商人の娘ごときが、何様だ!」
ついにぶち切れた。
「俺は、円卓会議に名を連ねるカルミア侯爵家の跡取りだぞ! 貴様の家を潰すくらい造作も無い。四の五のいわず、俺と踊ればいいんだよ!」
ダニエルは人目も気にせず怒鳴り散らすと、私の手をぐいっと引っ張った。
力任せに掴まれた手首に痛みが走る。
「――っ」
顔を歪めた瞬間、ダニエルの手の感触がふっと消えた。
直後「いっ!痛い!やめろ!」という情けない声が廊下に響き渡る。
「円卓の貴族を名乗るならば、それ相応の品位を保つことだな」
いつの間にか私の前に長身の男性が立っており、ダニエルの腕を捻り上げていた。
「怪我はないか」
騎士服に身を包んだ銀髪碧眼の男性が振り向く。私は驚きつつ頷いた。
「はい、お助けくださりありがとうございます。シリウス殿下」
目の前で具合悪そうにしゃがみ込んだ人が居たから、思わず声をかけたら、まさかのダニエルだった。
(よりによってダニエルに出くわすなんて……ああっ、もう!なんて日よ!)
「そこのお前!待て!」
(ええ、なんで追ってくるの……)
無視して歩き続ける私の後ろで、ダニエルが「待て」だの「止まれ」だの叫んでいる。ソニアが情報収集しに行っているときに限って、面倒なことになってしまった。
(まさか、私がエスターだとバレた? いやいや、施術は完璧お化粧もバッチリだもの。バレるはずがないわ。じゃあなんで追いかけてくるの?)
自問自答しながら廊下を歩いていると、ついに手首をつかまれた。
諦めて後ろを振り返る。
息を切らしたダニエルが「どうして逃げるんだ」と語気を荒げた。
「気安く声をかけてしまい、お叱りを受けるのではないかと動揺してしまいました。ご無礼をお許しください、ダニエル・カルミア様」
「俺のことを知っているのか?」
「もちろんですわ。あなた様は、円卓会議に名を連ねる侯爵家のご子息。商家の娘である私が話しかけるなど、恐れ多いことです。では、失礼いたします」
「待て、逃げるな。俺の家柄を知っていて取り入ろうとせず、謙虚に振る舞うとは。気に入った、名は?」
気に入らなくて結構です!と叫びたい気持ちを抑え、私はドレスをつまみ優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。アデル・シレーネと申します」
「シレーネ家といえば、我が国を代表する商会だな。海洋貿易の波に乗り、一代で財を成したそうじゃないか。病弱な娘がいて、長くないという噂だったが……」
「私のことですわ」と言うと、ダニエルは「もう体は大丈夫なのか」と尋ねてきた。早く立ち去りたいのに、会話を終わらせてくれない。
「はい。おかげさまで」
「そうか。それは良かった」
ふいに、無数の視線を感じた。ちらりと横目で確認すると、貴族たちがこちらを見てヒソヒソ話している。
「カルミア侯爵子息と話している、あの綺麗なご令嬢は誰だ? お前、知っているか?」
「いや、知らないな。あんな美女とお近づきになれて、カルミア侯爵子息が羨ましいよ」
周囲の囁きが聞こえたのか、ダニエルは勝ち誇ったようにふんぞり返る。
こんな美女に言い寄られる俺ってすごいだろ、と思っている時の顔だ。
「立ち話もなんだし、ホールで踊らないか?」
「せっかくのお誘いですが、そろそろ帰らなければ――」
「お前、まさか誘いを断るのか? この俺が、お前のためにわざわざ時間を割いてやるというのに」
「ではなおのこと、私がカルミア様のお時間を奪うなど、あってはなりませんわ。本日はお会いできて光栄でございました」
威圧的なダニエルの物言いに動じることなく、礼節を保ちつつ拒絶の意志を示す。
別にダンスくらい踊っても良いのだけれど。過去に私のことをぞんざいに扱い、さっさと妹に鞍替えした男の手など、指一本触れたくなかった。
商人の娘ごときに振られるとは、思いもしなかったのだろう。ダニエルは唖然としていた。しかし徐々に怒りが込み上げてきたのか、表情が険しくなり……。
「商人の娘ごときが、何様だ!」
ついにぶち切れた。
「俺は、円卓会議に名を連ねるカルミア侯爵家の跡取りだぞ! 貴様の家を潰すくらい造作も無い。四の五のいわず、俺と踊ればいいんだよ!」
ダニエルは人目も気にせず怒鳴り散らすと、私の手をぐいっと引っ張った。
力任せに掴まれた手首に痛みが走る。
「――っ」
顔を歪めた瞬間、ダニエルの手の感触がふっと消えた。
直後「いっ!痛い!やめろ!」という情けない声が廊下に響き渡る。
「円卓の貴族を名乗るならば、それ相応の品位を保つことだな」
いつの間にか私の前に長身の男性が立っており、ダニエルの腕を捻り上げていた。
「怪我はないか」
騎士服に身を包んだ銀髪碧眼の男性が振り向く。私は驚きつつ頷いた。
「はい、お助けくださりありがとうございます。シリウス殿下」


