【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

「――っ」

 一瞬息が止まるほど驚いた。誰もが『エスターは悪』と決めつける世の中で、まさかそんなことを言われるとは。

「エスターは優しい女性だった。足繁く孤児院に通い、多くの人の支えになろうと奮闘する姿からも、それは明らかだ。『異能持ちになった妹への嫉妬で狂った』などという理由で罪を犯すとは、考えられない」

「ええ……そう、ですわね」


 エスターが追放されたとき、シリウスは王都を離れ、辺境で長期任務についていたらしい。

 睨み合いが続いていた西方との紛争を解決し、王都に帰還したのが数日前。そこでようやくエスターの訃報を知り、驚いたという。

 
「何もかも、手遅れだった」

 
 シリウスは端正な顔を歪め、拳をきつく握りしめる。
 
 
「一番肝心なときに、守ってやれなかった」

 
 その言葉に、血を吐くような苦しげな声に、泣き出しそうなほど沈痛な面もちに、私は混乱してしまう。

 どうして、なんで。疑問ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。
 

「事件について知っていることはないか。彼女の死の真相を知りたいんだ」
 
「私、は――」

 
 シリウスに問い詰められ、私は口ごもる。

 ――このまま、全てを話してしまおうか?
 
 一瞬そんな考えが浮かんだけれど、私はとっさに否定した。
 

 シリウスは表面上、私の死を悼み真剣に考えてくれているように見える。けれど、本心は分からない。
 
 ダニエルのように、婚約者がいながら平気で妹と親密になる男。

 両親のように、利用価値がなくなれば子供すら捨てる親。

 人間はいとも簡単に心変わりし、他人を裏切れる。
 

(簡単に、シリウス殿下を信じることは出来ない)

 
 小説内のシリウスは、兄王子(メイナード)を押しのけて王座を狙うような男。迂闊に話してはいけない。


「申し訳ございません。私も、エスターの死については何も知らないのです」

 
 私の返答に、シリウスは表情を曇らせ「そうか」とだけ言った。
 
「時間を取らせて、すまなかった。今日は会えて幸運だった」

 
 シリウスは、用事は済んだとばかりに背を向けた。少し離れたところに控えている護衛騎士を伴って去って行く。

 入れ替わるようにソニアがやって来て、私達も馬車に乗り込んだ。緊張の糸が切れた私は、堪えきれず「はぁ」と深くため息をつく。


「お迎えが遅くなり、申し訳ございません。シリウス殿下から『シレーネ令嬢と話がしたい』と言われ、近くで待機しておりました。お顔の色が優れないようですが、あの方に何か言われましたか」

「ええ、少し。気になることがあるの。シリウス殿下について情報収集をお願いしてもいいかしら? 幼少期から現在までの生い立ち、交友関係、王宮内や騎士団での立ち位置。なるべく多くの事柄について知りたいわ」

「かしこまりました」

「ありがとう。お願いね」


 そう言って私は背もたれに身を預け、目を閉じた。

 何度振り払おうとしても、脳裏に彼の顔がちらついてしまう。


(シリウス・イヴァン・アストレア……)


 私が彼について知っていることといえば、冷静沈着で自他共に厳しい性格だということ。

 異能力はないが文武に秀でており、数年前から騎士団の大隊を束ねる立場にある、という最低限の知識。

 あとは、このまま小説どおりに事が進めば、数ヶ月後に第一王子とミーティアを殺害しようとして失敗し、王都の広場でギロチン刑に処される未来だけだ。

 
 それなのに。

 
 ――『彼女の死の真相を知りたいんだ』


 なぜあなたは、私の死について知ろうとするの?

 私達、ほとんど接点もなかったのに――。


 自問自答を繰り返しているうちに、シレーネ家の屋敷に到着した。

 私は堂々巡りの思案を中断して、馬車を降りる。

 
 シリウスに気を取られている場合じゃない。シナリオどおり婚約発表が行われるか、今夜の舞踏会で確かめる必要があるのだから。

 私は気持ちを切り替えて、夜会の準備を始めた。