【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 シレーネ様の言葉に、愕然とする。

(アデルが……亡くなった……?)

 魂の一部がごっそり抜け落ちたような。言い様のない虚しさと、絶望感に襲われる。

 
 目の前が真っ暗になり、何も、考えられない。
 
 
 呆然と虚空を見つめたまま、私はシレーネ様の言葉を聞いた。

「君が療養所へ移送されてから、容態が悪化してね。もともと、お医者様には長くないと言われていたんだ。眠ったあと、そのまま……」

「これは、あの子からあなた宛ての手紙よ。読んであげて」

 受け取った薄水色の封筒には『エスターへ』と書かれていた。
 
 かすれて波打つ文字が、当時のアデルの深刻な病状を物語っている。
 
 身の内を病に蝕まれながら、それでも必死に残してくれた親友からのメッセージ。
 
 私は涙を拭うと、封を開いた。

 
 書き出しは――『私の大切な親友 エスターへ』。
 

『 エスターがこれを読んでいるってことは、私やっぱり死んじゃったのね。

 一緒に共和国へ行こうって約束したのに、守れなくてごめん。

 あなたが私を救ってくれたように、私もエスターを助けたかった。
 
 物語の王子様みたいに、颯爽とあなたを連れ去りたかったんだ。

 でも、ダメだった。
 私じゃ、エスターの王子様にはなれなかったよ。
 
 でもね!私は諦めないよ!
  とっておきの、良い方法を思いついたの!

 ねぇ、エスター。
 生きるのを諦めちゃだめよ!

 私の人生を、全部貴方にあげる。

 私が見たかった景色を、叶えられなかった夢を、みんなが幸せに笑い合う最高の日々を。

 あなたの目を通して、私に見せてちょうだい。

 どんなに離れていても、私はあなたの味方。
 だいすきよ、エスター! 必ず幸せになるの! 約束よ! 』

 
 ぽたりと涙がこぼれ落ちた。
 泣きたくないのに、次から次へと雫が頬を伝う。

「私も……だいすきよ、アデル……」

 手紙を胸に抱いてうつむくと、大きな手が私の頭を撫でた。

 顔を上げると、目を赤くした夫妻がこちらを見ていた。

 シレーネ様が、私に目線を合わせて語りかけてくる。

「エスター、幸せになりなさい。君が悔いのない人生を送ることが、娘の最後の望みであり、私たちの願いだ」
 
「シレーネ様……」

「さぁ、今日はもう休んで。続きは明日にしよう」

 促されてベッドに横たわる。シレーネ夫人が、あやすように私の頭を撫でてくれた。

 悲しくて眠れそうになかったのに、横になった途端、強烈な睡魔に襲われた。

「アデル……」

 私は大切な手紙を胸に抱いたまま、シレーネ夫妻に見守られて眠りについた。


◇◇◇
 
 翌日、目が覚めると、ベッドサイドには私の手を握ったまま眠る夫人と、椅子に腰かけて船をこぐシレーネ様がいた。

 看病させてしまい申し訳なく思っていると「子どもを心配するのは当たり前だ」と言われてしまった。

 
 実の両親は、私が熱を出して寝込んでいても、医者を呼ぶだけで看病などしなかった。異能に影響がないと知るや否や、さっさと部屋を出て行ったのを覚えている。
 
 
(シレーネ様の子どもだったら、もうちょっと幸せな人生だったのかな)


 
 食事を終えると、次は医師の診察だ。
 
 シレーネ様が使用人に「先生をお呼びしなさい」と命じる。

 ほどなくして白い髭をたくわえた、小柄なおじいさん先生が入ってきた。


「先生はアデルの主治医になる予定だったんだ。医学の最先端、メティス共和国の外科医で、腕前は国内随一だよ」

 シレーネ様が紹介する間にも、先生は私の顔をのぞきこみ触診を始める。

「どうですか」とシレーネ様が尋ねると、先生は片手でひげを撫でながら「ふむ」と頷いた。

「難しい手術になるでしょうな。当然、時間も費用もかかります。……が、わしの腕と施術、我が国の化粧技術で、ある程度似せることは可能でしょう。あくまで、わしだから出来る施術ですぞ、他の医師には到底できますまい」

 先生はドヤ顔でふんぞり返った。自分の腕にかなり自信があるらしい。
 
 何をされるのか分からなくて、ちょっと怖い……。けれど口を挟める状況でもないため、私は黙って事の成り行きを見守った。

「それで十分ですよ。もとよりアデルは病弱で、外にも出ず、人と会う機会もありませんでしたから。彼女がエスターだと分からない程度に変えて貰えれば、大丈夫でしょう」

「ふむ。分かった。ではわしは、一足先に共和国へ戻って準備をしておこう」

 先生は白衣を(ひるがえ)し、出て行ってしまった。

 
「あの……シレーネ様。似せるっていうのは、どういう……」

 
 おずおずと問いかけると、シレーネ様は「君を置き去りにしてすまなかったね」と言って、ベッドサイドの椅子に座った。

「まずは君に、アデルの残した無茶な計画を説明しなければいけないな」
 
 シレーネ様は穏やかな表情から一転、真剣な顔つきになって、まっすぐ私を見つめる。

 
「エスター。君が自由になる選択肢は、まだ残されている」

 
 
 彼は、言った。

 

 ――『君が、アデルになるんだ』、と。