【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

 何もかもリセットして、別人として生き直したい。

 そう、思ったことはないだろうか?

 これは、妹に殺人の濡れ衣を着せられ、『罪人』として追放された令嬢の、愛と再生の物語――。


◇◇◇
 
 こもれびが降り注ぐ昼下がり。
 私、エスター・ロザノワールは、自室で旅行の準備をしていた。
 
「お姉様! 入りますわよ!」
 
 ノックとほぼ同時に部屋へ入ってきたのは、一つ年下の妹・ミーティア。

「お姉様宛ての招待状を持ってきましたの!」

 やけに上機嫌な妹が、封筒とペーパーナイフをずいっと差し出してきた。

 嫌な予感がしたが、あまりの強引さに私はそれらを渋々受け取る。
 
「あ、ありがとう……」
 
「さぁさぁ、早く開けて! はやく、はやく!」

 私が右手でペーパーナイフを握った瞬間、いきなりミーティアが覆い被さってきた。
 
 なに!? と叫ぶ間もなく、彼女が私の右手をつかみ、ナイフの切っ先を自分の腹部に向けて――突き刺した。

 
 ぎゃあああっ、という尋常じゃない悲鳴が妹の口からほとばしる。


「たすけてーーッ!!! お姉様に、ころされるーーー!!!」


 血が滴る腹部をおさえ、絶叫するミーティア。
 呆然とする私。

 
 ……意味が、分からない。

 
 ミーティアが床に倒れ込んだ直後、自室の扉が勢いよく開いた。
 
 血相を変えてやってきたのは両親だった。
 
「叫び声が聞こえたが……ミーティア、大丈夫か! 一体、何があったんだ」

 両親が血を流し倒れるミーティアに駆け寄る。

「おい、医者を呼べ! 早く!」

 場は一瞬にして騒然となった。
 
 傷口を確かめ医者を手配する両親を、私は呆然と見守ることしか出来ない。

 
 本当に、意味が分からない。
 
 頭の中は真っ白。何も考えられない。

 
 ふいに父が顔を上げ、私を睨んだ。
 

「妹を殺そうとするとは……」

「ちがう……違うわ! 私は何もしてない!」

「何もしてないだと? じゃあ、その手に持っている物は何だ!」

「……え?」

 ゆっくり右手に視線を落とす。
 
 そこにあったのは、血に濡れて真っ赤に染まったペーパーナイフ。紛れもない、凶器。

「――っ!」

 引きつった悲鳴を上げて、私は右手を振り払った。カランという耳障りな音とともに、ナイフが床に転げ落ちる。

 あまりの恐ろしさに、体が勝手に震えた。
 
 
(もしかして、犯人だと疑われているの……?)
 
 
 私はとっさに「ちがうの!」と叫んだ。

 
「私じゃない!ミーティアが急に自分で――」

 私の言葉を遮って、父が使用人に命じた。

「エスターを地下室へ閉じ込めろ。絶対に出すな」

 泣きながら懇願するものの、もはやこの場に、私の無実を信じる者はいなかった。
 

 あまりに突然の出来事に、心が、体が、思考が追いつかない。

 
(なんで……? どうして、こんなことに……)


 屈強な男達が、私の両腕をつかんで拘束する。
 
 その時、ミーティアが「まって……」と、か細い声で言った。

 私は我に返り、はっと顔を上げる。

 
「ミーティア……、お願い、私の無実を証明して! お願いよ」


 涙を流してすがる私に、妹はふんわり笑って――。
 

「お姉様……妹を(あや)めようとするなんて、酷いひと」


 奈落の底に突き落とした。

 
「何を、言ってるの」
 
「わたくしがお姉様の力と婚約者を奪ってしまったから……憎かったのよね?」

 
 唖然とする私の目の前で、ミーティアは聖母のごとく清らかな笑みを浮かべた。

 
「お姉様、わたくしはあなたを許します」

 
 この場において『許す』という言葉は、私の有罪を印象づける決定打だった。
 
 
「たとえ殺されそうになっても、わたくし達は姉妹。だから、許してさしあげます」

 両親が『なんて心優しい子なんだ』『まるで聖女よ』と妹を褒め称える。周りの使用人らも深く頷き、絶賛する。
 
 一方、私へ向けられるのは、疑いと憎悪のこもった眼差しだけ……。


「早く連れていけ」

 父の命令を合図に、私は部屋から連れ出される。
 
 その時、ミーティアが私を見つめたまま目を細め……にぃんまりと笑った。
 
 
 それは紛れもない、悪意と優越感にまみれた嘲笑(ちょうしょう)だった。
 
 
 抜け殻みたいになった私の体を、使用人たちがぞんざいに引きずりながら進む。暗く冷たい地下室にたどり着くと、荒々しく室内に放り込まれた。

 ギィと軋んだ音を立て、扉が固く閉ざされた。あたりは真っ暗。

 助けて! と叫んで扉を叩くが、びくともしない。

 助けは来ない。味方はいない。親すら私を信じない。

 救いはない。

 


 
 
 それから何時間経ったのだろう。
 
 再びやってきた使用人に手足を縛られ、麻袋を頭に被せられ、私は馬車に放り込まれた。

 ガタゴトと馬車が揺れる。
 どこへ向かっているのか……。

 やがて馬車がとまり、物のように担がれて外に運び出された。


 ぐったりする私の頭から、ようやく麻袋が取り払われる。目を開けるとそこは、薄暗く殺風景な病室だった。


 
 こうしてエスター・ロザノワールの物語は、妹の悪意と絶望から始まった――。