【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜


「おかえりなさいませ、旦那様」

 領内視察のため数日屋敷を離れていたアルフレッドは、出迎えの使用人に鞄と上着を預けると、まっさきに書斎へと足を向けた。

 椅子に腰を下ろすや否や、白髪を後ろに撫でつけた老齢の家令ジェラールが、不在中の出来事を報告しはじめる。

 クリスティーヌが自室に籠もっているのは少々気がかりではあるものの、それ以外は特に屋敷で大きな問題は起きていないようだ。

 ジェラールの報告に耳を傾けながらも、アルフレッドは書類を確認する手を止めない。
 なにせ一分一秒でも時間が惜しい。名門公爵家の当主として担う職務は、あまりにも膨大だった。

 所有する領地は広大で、おまけに貿易で賑わう港街や交通の要所となる都市をいくつも抱えている。各地に領地管理人を配置し、日常的な運営は現地の判断に委ねているが、当然すべてを任せきりにはできない。

 上がってくる報告書の精査はもちろん、必要とあらば今回のようにみずから現地へ赴き、問題があれば即座に対処する──それが当主の責務だ。

「第三鉱区の〝輝石〟産出量が昨年に比べて落ちているのが気になるな。なにか報告は?」

「いえ、届いている資料はそちらのみでございます」

「ではすぐに第三鉱区長へ連絡を。原因を早急に究明し、こちらにも情報共有するよう伝えてくれ」

「承知いたしました」

「それと領都の気象学者から、今年は例年より早く夏入りする可能性が高いとの報告があった。猛暑による需要増加に備え、冷鉱石の採掘プランの見直しも視野に入れてほしい」

「かしこまりました。そちらもあわせて伝えます」

「頼んだ」

 リシャール公爵領の財政基盤を支える柱は主にふたつある。
 ひとつは領民からの税収。そしてもうひとつが、北西部の採石場から産出される天然資源──〝輝石〟による収益だ。

 輝石はその名の通り淡い光を放ち、普通の石にはない特殊な効力を発揮する鉱石である。

 例えば赤色に輝く〝火鉱石〟は、振動や衝撃を受けると発熱する性質を持ち、繊維に織り込んで防寒具などに利用されている。

 他にも、灰色の〝遮熱石〟は高い断熱効果を誇り、水色にきらめく〝冷鉱石〟は空気に触れると冷たくなるため、夏の暑さをやわらげる冷感素材として国内外で重宝されている。

 こうした多様な輝石の加工・輸出と、安定した税徴収によって、リシャール公爵家は国内でも屈指の豊かさを誇る名家となった。

 その巨万の富を背景に、古くから王宮へ令嬢令息を送り込み、数多の王妃や側妃、宮廷高官を輩出。そうして徐々に王室との繋がりを深めていき、数代前からは国王陛下や王太子の相談役も任されるようになったのである。

 アルフレッドもまた歴代当主の例に漏れず、二十歳で当主になってから約六年。
 リシャール公爵として領地を治めるかたわら、王族の公務を補佐する政務府長として王宮勤めもこなしている。

 今でこそ激務にも慣れたが、家督を継いだばかりの頃は常に仕事に追われる日々だった。
 さらに五年前にはグランフェリシア王国内で大規模な災害と飢饉が発生し、その対応に追われて一睡もできない時期が続いたものだ。
 それに比べれば現在の忙しさは、まだマシだと思える。

 急ぎの書類に目を通してサインを終えると、それをジェラールに手渡しながら問いかける。

「セレスティアはどうしている? 体調に変化はないか?」

「ご安心ください。転倒による後遺症はなく、むしろ以前にも増してお元気でございます。よく食べ、よく眠り、毎日のようにクリスティーヌ様の部屋で遊んでおられると、ポーラが申しておりました」

「なに……? あの人見知りなセレスティアが、もう懐いたのか?」

「はい。とても仲睦まじいご様子だと伺っております」

「信じられないな……」

 父親であるアルフレッドでさえ、怯えられなくなったのは、つい最近のことだというのに。

(羨ましい)

 胸に湧き上がるその本音は、しかし彼の口からこぼれることはなかった。

「健やかに過ごしているのなら、それでいい。ただし、クリスティーヌはあの狡猾なメディス侯爵の娘だ。実家と縁を切ることを条件に迎えたが、万が一にもセレスティアに危害を加えることのないよう、十分に注意するようポーラに改めて伝えてくれ」

「かしこまりました」

 胸に手を当てて軽く一礼したジェラールが、そのまま上着の内ポケットから一通の封筒を取り出し、恭しく差し出してきた。

「これは?」

「お嬢様からのお手紙でございます。何日か前に、わざわざ家令室までお越しになりまして。旦那様がお戻りになった際に渡してほしいと、頼まれました」

 封筒を裏返してみると、ご丁寧に封蝋まで押されている。
 垂らした蝋の量が多く、さらには押印の力加減もうまくいかなかったのだろう。封蝋はひどく不格好な形をしていた。

 どうやら我が娘は手先が不器用らしい。アルフレッドはなごやかな気持ちで封を解き、手紙を取り出す。

 白地に桃色の花柄がついた便せんには、三歳にしては綺麗な字でこう綴られていた。