「まだ、なんにも、かんがえてないっ!」
肩透かしを食らったマリアベルがガクッと脱力する。
『はぁ!? ないの!? 自信満々に宣言するから、てっきりなにか作戦があるのかと思いましたわよ』
「せてぃ、しゃんしゃいだもん。すぐに、おもいちゅかない、もん」
『都合よく三歳ぶらないの、まったくもう。いいこと、セレスティア。男女の仲を取り持つのは、そう簡単なことじゃないんですのよ』
「どれくらい、むずかしい?」
首を傾げて尋ねると、マリアベルは思案するように斜め上を見ながら答えた。
『そうねぇ……アルフレッドを笑顔にするくらいの難易度かしら?』
「うわぁ。それ、ふかのうだよ……。だってわたし、おとうしゃまのえがお、みたことないもん。んぅ……やっぱり、なかなおり、ムリかな?」
『諦めるのはまだ早いですわよ。【子はかすがい】ってことわざが異国にはあることですし、やるだけやってみてもいいんじゃありませんこと?』
「こわ、カス? ギョイ?」
『違うわ、【子はかすがい】よ。かすがいは木材同士を繋ぐ道具のことですわね。そこから転じて、子供が夫婦の仲を繋ぎ止めたり、結びつきを強めたりするって意味になったらしいですわ』
「ほほぅ」
セレスティアは険しい顔で腕組みし、なんとかその〝かすがい〟になれないものかと必死に考えを巡らせるものの。
「ふぁ……」
あれこれ頭を悩ませているうちに、名案の代わりに抗えない眠気がやってきてしまった。
「……むぅ。たいりょく……なさしゅぎぃ……」
不便な三歳児の身体を恨めしく思いながら目を擦れば、マリアベルがテーブルから床に下り立ち、ベッドへ先導するように歩き出した。
『作戦会議はまた明日にしましょう。ほら、いらっしゃい。子供はたくさん寝ないと大きくなれないわよ』
「……ん、ねる」
ふらつく足でベッドに近づき、柔らかな毛布に包まった。
春先とはいえ夜はまだ冷え込む。
窓辺に長時間いたせいで、気付かぬうちに手足の先がすっかり冷えてしまっていた。
セレスティアは暖を取るようにマリアベルを引き寄せ、抱き締める。
てっきり文句が飛んでくるかと思いきや彼女はなにも言わず、寝かしつけるように長毛の尻尾でトントンと優しく叩いてくれた。
その心地よいリズムとぬくもりで、さらにまぶたが重くなっていく。
『おやすみ、セレスティア』
「……ん。おや、しゅみ……」
挨拶を交わしてしばらくすると、真夜中の静かな寝室に、ひとりと一匹の安らかな寝息が漂いはじめるのだった。
꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖ ꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖
翌朝、ぐっすりと眠ったセレスティアは、元気いっぱいに目を覚ました。
(よし! 今日こそ、いい案を考えるぞっ!)
そんな意気込みを胸に、ポーラに手伝ってもらいながらテキパキと身支度を整え、朝食の席へと向かう。
腹が減っていては何事もうまくはいかない。頭を働かせるためには、まずは空腹を満たさないと。
ダイニングルームに入ると、純白のクロスが敷かれた縦長の晩餐テーブルが目に入る。
一番奥の席に腰を下ろせば、すぐさま給仕の使用人が朝食を運んできた。
昼食や夕食が前菜、スープ、メインと続くコース料理で提供されるのに対し、朝食は手軽に食べられるワンプレートである。
真っ白な大皿の上には、とろりとした半熟の目玉焼きと、薄くスライスしてカリカリに焼き上げた塩漬け豚肉。
付け合わせは、春が旬のルッコラやマーシュなどの葉野菜のサラダ。
白いふわふわのパンの横には苺のジャムが添えてある。
今日も今日とて、前世では考えられないほど豪勢な食事だ。
味はとても美味しいし、盛り付けも美しい。
まさに完璧な朝食、なのだけれど──。
(なんだか、ちょっと……味気ないんだよね)
静かなダイニングルームに、食器が擦れる小さな音だけが響き渡る。
セレスティアはいつも食事はひとりで取っている。
もちろんそばにはポーラがおり、給仕の使用人なども控えてはいるが、身分が違うため彼らが同じテーブルにつくことはない。
他愛のない会話を交わしながら、「美味しいね」と笑い合っていた前世の食卓が、ふと懐かしく思い出された。
あの頃のご馳走は、村の男衆が狩ってきた鹿や猪、熊などの野生の獣だった。
大猟の日は、集落の中央にある広場で焚き木に火をくべ、村人全員がそこに集まったものだ。
女衆が捕ってきた川魚には串を打ち、火のそばの地面に突き立ててじっくりと焼いていく。
メインとなる獣肉は塊のまま豪快に焚き火の上に吊るし、時間をかけて中まで火を通した。
余った骨や肉の欠片は大鍋に放り込み、野菜やキノコ、山菜、臭み消しのハーブとともに煮込めば、森の恵みたっぷりの山肉鍋のできあがり。
どの料理も時間がかかるため、酒を酌み交わしていた大人たち──特に男衆は、完成する頃にはすっかり酔っ払ってしまっていたものだ。
一方の子供たちはご馳走を前にニコニコと上機嫌。
時に肉や魚を譲り合い、時に奪い合って喧嘩しながら、わいわいガヤガヤとはしゃいでいた。
(楽しかったなぁ……)
前世の記憶は至るところがおぼろげで、まるで虫食いにあったみたいに穴もたくさん空いている。
けれども、村のみんなで食べたご馳走の味や心温まる雰囲気は、確かに覚えていた。
(そういえば、いつも意地悪してくるあの子とも、大猟の日に少し仲よくなれたんだっけ)
残念ながら顔と名前は思い出せないが、同世代の《緑の民》の少年で、前世のセレスティアをいじめてくる子がいたのだ。
もっとも、いじめと言っても大したことはなく。言われたのは『ブス』とか『バカ』とか、そんな子供じみた悪口くらい。
なので前世のセレスティアはまったく相手にしていなかった。
まぁ、ちょっとはムカッとする時もあったけれど。
ある大猟の日。ちょうど火の番をしていた前世のセレスティアは、やってきた少年に山肉の煮込みをよそってあげた。
『はい。あと、これ』
『魚の串焼き? オレ、くれなんて言ってないけど?』
『わたしが捕まえた一番大きいやつ、特別にあげる』
そう言って魚の串焼きを押しつけるように差し出せば、少年は目を丸くしてブツブツとなにかを呟きはじめた。
『え。オレにだけ、特別に……? おま、お前、まさかオレのこと……』
『いらないなら、無理にとは言わないけど』
『いいや、食う! 骨まで全部食う! だから、よこしやがれ!』
『えぇ? さすがに骨は取ろうよ。喉に引っかかったら痛いよ』
『うるせぇ! 食うったら食うんだよ! はぐっ! もぐもぐ…………んっ! いってぇ! 水! 水くれっ!』
『ほーら、言わんこっちゃない』
前世のセレスティアとしては、いつも馬鹿にしてくる彼に大きな魚を自慢したかっただけなのだが、よほど美味な串焼きだったのだろう。
それから少年の意地悪はぴたりとやみ、その代わり会うたびに『よ、よお……』と、なぜかモジモジ挨拶してくるようになったのだ。
(みんなで食べるご飯って、美味しくてあったかくて、幸せな気分になれるよねぇ。話したことない子とも、料理の話で自然に盛り上がれたりするし……)
それだ!と、セレスティアは目を輝かせた。
「ぽーら。おとうしゃま、いつ、しゅっちょう、かえってくる?」
「そうですねぇ。領内視察と伺っておりますので、あと数日でお戻りになると思いますよ。詳しい日程は家令のジェラールが把握していますので、聞いてまいりましょうか?」
「んーん! わたすもの、あるから。あとで、カレイのおへや、いってもいい?」
「もちろんです。ではお食事が終わったら一緒に行きましょうか」
「うん! あとね、そのあと、ちゅうぼう、いきたいの!」
「厨房に、ですか? それはまた急になぜです?」
「んふふ。なーいしょ!」
首を傾げるポーラに笑顔で答えたセレスティアは、残りの料理をペロッと平らげた。
そして一度部屋に戻って支度をしてから、家令のジェラールのもとへと向かうのだった。

