【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜

 クリスティーヌが談話室の扉を開けると、先程まで元気にお喋りしていたセレスティアがアルフレッドの膝の上ですやすやと眠っていた。

 その愛らしい寝顔に、思わず笑みがこぼれる。

「ふふっ。セレスティアさん、寝てしまったのですね」

「あぁ。はしゃぎ疲れたようだ」

 クリスティーヌが手渡したブランケットを、アルフレッドがセレスティアの肩にそっと掛け、優しく頭を撫でる。娘を見下ろす彼の眼差しは、陽だまりのように温かだった。

「ここ最近は死骸虫の件で特に忙しく、この前の誕生の祝祭もろくに祝ってやれなかった。埋め合わせに、この子の喜ぶことをしてやりたいのだが、なにがいいだろうか?」

「そうですね……。あっ、旅行はいかがでしょう?」

「旅行?」

「はい! セレスティアさんが以前、人がたくさんいる街に行ってみたいと言っていたのです。ふたりで家族旅行できると知ったら、喜ぶと思いますよ」

「ふたり? 君は行かないのか?」

「えっ? ……私も同行して、よろしいのですか?」

「もちろんだろう、君も家族なのだから」

 当たり前のように告げられた、そのひと言。
 アルフレッドはきっと、なんの気なしに言ったに違いない。
 けれども、実家にも居場所のなかったクリスティーヌにとって、その言葉はとても、とても嬉しいものだった。

「ありがとうございます……」

 クリスティーヌはこみ上げてくる喜びを胸に、ちょっぴり涙ぐみそうになりながら微笑んだ。
 するとアルフレッドもわずかに目元をやわらげ、静かに頷く。

「旅行か……。では近々王都へ行こう。スチュアート殿下から、今回の死骸虫の問題を解決した労をねぎらいたいと、晩餐会に招待されたんだ」

「素敵ですね。私も久しぶりにヒルデガルト様にお会いしたいですし、一緒に行きたいです」

「それでは決まりだな。スチュアート殿のところには、六歳になるアドニス様もいらっしゃる。我が家は王家とも繋がりの深い家だ。アドニス様は少々気難しいところがあるが、セレスティアなら友好を築けるだろう」

 アルフレッドがそう告げたところで、膝の上にいたセレスティアが「んんぅ……」と呟き、薄目を開けた。目元を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす。

「すまない、起こしてしまったな」

「んんう、だいじょぶ……。なんかね、おとうしゃまと、くりすちーぬさまと、あそびにいってるユメみてた……」

「ふふっ。その夢、正夢になりそうですよ、セレスティアさん」

「へ?」

 首を傾げていたセレスティアは、クリスティーヌから王都旅行の予定を伝えられると、大きな目をきらきらと輝かせた。

「ホント? ホント? おっきなマチ、いける?」

「はい、行けます!」

「やったーっ! りょこうっ、りょこうっ!」

 左右に揺れながら上機嫌に鼻歌をうたいはじめたセレスティアを見て、クリスティーヌはアルフレッドと顔を見合わせ、ふふっと微笑んだ。


 ꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖


 王国随一の美しき城、グランフェリシア王宮。
 東西南北の四つの居住棟には、それぞれ国王陛下とその寵妃たち、第一王子一家、第二王子一家といったロイヤルファミリーが居を構える。

 第二王子一家が住まう北の棟。
 その一角にあるアドニス殿下の居室には、真夜中にもかかわらず煌々と灯りがともっていた。

「アドニス様。そろそろお休みになりませんと、お身体に障ります」

 壮年の侍従に声をかけられ、机に向かって書き物をしていた少年が顔を上げた。

 リボンで結わえて右肩に流した柔らかな金髪。
 宝石のようにきらめく蒼い双眸に高い鼻、引き結ばれた形のいい唇。それらが位置・大きさともに完璧に配置された端整な顔立ちは、まるで天井画に描かれた天使のごとく美しい。

 齢六歳にして、すれ違う令嬢たちを虜にする、まごうことなき美少年。
 アドニス本人もそんな己の美貌に自信を持っている。
 だが同時に『顔しか取り柄がない』と一部で噂されていることに気を揉んでいた。

 ゆえに今月末、父である第二王子スチュアート主催のパーティで、完璧なお披露目の演説をしなければいけない。

「演説の原稿を見直したら寝るよ」

「パーティまでまだお日にちがあります。あまり根を詰めずとも……」

「もっとよくするために原稿も修正しないといけないし、演説の練習も少なすぎる。……失敗して、父上の顔に泥を塗るわけにはいかないんだ。いくら時間があったって足りないよ」

「アドニス様……」

 一部の家臣からは、お披露目にはまだ早いのではとの声も上がった。

 実際、歴代王族が社交の場に出たのは十歳前後。
 六歳のアドニスには時期尚早という意見が出るのも当然だ。

 しかしながら、第一王子のひとり息子──アドニスにとっては二歳年上の従兄弟・ヴォルフラムは、六歳でお披露目の演説を成功させた。

 怠惰で、面倒事を弟に押しつけてばかりの第一王子とは打って変わり、その息子のヴォルフラムは神童と名高い。
 一部から『顔だけ』と揶揄されているアドニスとは違って……。

(──負けられない)

 同年代の王族として、ずっと比較されて生きてきた。
 劣等感とライバル心を抱くなというのは無理な話である。

「最後にスピーチの練習をしたい。つきあってくれないか?」

「もちろんでございます」

 アドニスは立ち上がり、ひとつ深呼吸をしてから、数多の貴族が目の前にいる光景を想像しながら話しはじめる。

 声変わり前の中性的な声色は、張り上げると耳障りになりやすい。
 そのため適度な落ち着きを保ちつつ、それでいて聞き取りやすいよう力強く明瞭に。
 抑揚をつけ、時折身振り手振りを交えてスピーチを続ける。

 努力の滲むその姿に、侍従は感心した様子で何度も頷く。

 しかし、締めの言葉に差しかかった、その時。
 アドニスはぴたりと演説をやめた。

 両目を見開き硬直したかと思えば、次の瞬間には両手で耳を押さえ、なにかに怯えるように身体を震わせる。

 常軌を逸した様子に、侍従はすかさずアドニスのもとへ駆け寄った。

「アドニス様! 大丈夫ですか⁉」

「…………さい……」

「アドニス様? なんとおっしゃったのです?」

「うるさい! 消えろッ!」

 キンッと甲高い声が室内にこだまする。

 ハッとアドニスが我に返った時には、すでに遅かった。

「……かしこまりました。失礼いたします」

「違う、違うんだ! 今の言葉は……」

 侍従はうつむいて部屋を出ていった。

 ぱたんと閉ざされた扉を見つめ、それからアドニスはこみ上げてくる涙を必死にこらえ、うなだれる。

「……違う。今の言葉は、〝あいつら〟に言っただけで、お前に向けたわけじゃなかったんだ……すまない……」

 今さら謝っても遅い。
 いつもそうだ。
 アドニスの言動は悪い方にばかり捉えられ、味方がどんどん減っていく。

 あの侍従も、今頃こう思っているに違いない。
 癇癪持ちの気難しい王族だ、と。

「どうしていつも……こうなるんだろう……」

 これではお披露目の演説どころではない。
 いくら練習しても失敗するに決まっている。

 呪いだ。
 自分はきっと、なにかに呪われているんだ。


「……助けて。誰か……助けて……」


 救いを求める声は真夜中の静寂に溶け、誰の耳にも届かない。
 ──彼が、彼女と出会うまでは。



 人ならざるものが見える転生幼魔女と、美しきわけあり王族。
 ふたりの運命は近い将来、王都で交錯する。

                               (第一部 完)



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