【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜


 翌日、セレスティアは朝食の席でクリスティーヌから、アルフレッドが王都へ旅立ったことを伝えられた。

(きっと死骸虫のお薬を作るためだよね)

『おそらく、そうですわね。実は昨日、アナタが寝た後、屋敷に学者らしき男が来たんですのよ』

(そうなの?)

『ええ。うるさくて起こされたから、ついでにその学者と一緒にアルフレッドの部屋に入って話を聞いたんですの。で、どうやら学者たちも、星露草の成分が死骸虫に効くと気付いたらしいですわ。すぐに王都で薬の研究を始めるみたいでしたわよ』

(そっかぁ。よかった。どうかうまくいきますように)

 祈りを捧げていると、食事を取る手が止まっていたからだろう。クリスティーヌが案じるような面持ちでセレスティアの顔を覗き込んでくる。

「セレスティアさん? 大丈夫ですか?」

「ふぇ? あっ、えへへ。ぼんやりしてた」

 セレスティアは笑顔で応え、再び朝食を口に運びはじめる。
 無事に駆除剤ができるか不安でそわそわしてしまうものの、暗い顔をしていたらクリスティーヌたちに心配をかけてしまう。

(わたしが今できるのは、お父様を信じて、元気にお帰りを待つこと!)

 そう自分に言い聞かせて、セレスティアはその日もいつも通り明るく過ごすのだった。




 アルフレッドがリシャール公爵邸に戻ってきたのは、それから一月あまりが経った頃。
 久しぶりに家族全員で夕食を取った後、アルフレッドが珍しく「話したいことがある」と言って、セレスティアとクリスティーヌを食後のお茶に誘った。

 ダイニングルームから談話室へと移り、それぞれ柔らかなソファに腰を下ろす。

 家族の憩いの場として誂えられた室内は、落ち着いたブラウン系の色合いで統一されており、足元の絨毯からソファの座面、クッションに至るまでふわふわ。

 カップから立ち上る白い湯気。カモミールティーの優しい香りに包まれ、自然とまぶたが重くなっていく。

(いけない、いけない)

 セレスティアは首を軽く振り、目を見開いて襲い来る睡魔に抗う。
 三歳児の活動限界時間が近づいている。早く話をしてくれないと、寝落ちしてしまいそうだ。

「おとうしゃま、おはなしって、なぁに?」

 問いかけると、はす向かいに座るアルフレッドはカップをソーサーに置き、真剣な眼差しでクリスティーヌとセレスティアを見つめた。

「実は、俺がここ最近対応していたのは、死骸虫の問題なんだ」

「死骸虫……」

 クリスティーヌの顔が一瞬にして青ざめる。

 その横顔とアルフレッドの顔を交互に眺めながら、セレスティアは必死になんのことか分からないといった表情を浮かべた。普通の三歳児は、死骸虫がどれほど恐ろしいものなのか知るよしもないからだ。

「また……五年前のようなことが、起きるのでしょうか……」

「安心してくれ、クリスティーヌ。確かに今年は大量発生が予想されていたが、すでに死骸虫を駆除し、作物を守る薬剤が完成している。五年前のようには決してならない」

「本当ですか……?」

「ああ。本当だ」

 力強く首肯したアルフレッドは、次いでセレスティアへと視線を移した。

「死骸虫に対抗する薬ができたのは、お前のおかげだ」

「わたし?」

「あぁ、そうだ。お前が分けてくれたホシツユクサ、あれがなければ駆除剤の開発は進まなかった。心から感謝するよ、セレスティア」

「えっと……わたし、おとうしゃまのおやくに、たてた?」

「役に立ったなんてものじゃない。お前はこの国の全国民を救ったんだ。大手柄だよ」

「おおてがら!」

 あぁ、なんていい響きだろう。
 動きにくいドレスで森を歩き、ルドウィジアと命がけの交渉をした甲斐があった。

(わたし、みんなを……この国の人たちを守れたんだ)

 そう思った瞬間、はかり知れない喜びが胸に湧き上がってきて、セレスティアは弾む心のまま鼻歌をうたう。

「おおってがら~! おおってがら~! おてがら、おてがら、みーんなえがお、うれしいなぁ~」

 上半身を左右に揺らしてはしゃげば、隣にいたクリスティーヌが「ふふっ」と笑ってセレスティアの頭を優しく撫でてくれた。ますます嬉しくなって、足が勝手にバタバタとしてしまう。

(ハッ──! まずい)

 つい三歳の本能に突き動かされてしまった。

 慌ててアルフレッドの方を見ると、案の定はしたないと思ったに違いない。久々に、ものすごく怖い顔をしていた。

(ひっ、ひぃいい! せっかく、褒めてもらえたのに。失敗しちゃった……)

 下を向いてしゅんと落ち込んでいると、クリスティーヌが「旦那様」と向かいにいるアルフレッドに声をかけた。
 なんだろうと思い、セレスティアがうつむけていた顔を上げれば、正面のソファから立ち上がったアルフレッドと目が合う。

 ゆっくりと歩み寄ってきた彼が、静かに隣に腰を下ろした。相変わらず眉間には深いしわが刻まれ、唇は固く引き結ばれている。

(えっ? えっ?)

 怯えて戸惑っていると、アルフレッドが不意に腕を持ち上げた。
 その怒っているような表情も相まって恐ろしく、ぎゅっと目を閉じて身を縮こませた、次の瞬間。

「ありがとう、セレスティア」

 耳に飛び込んできた穏やかで優しい声。
 頭にぽんと載せられた大きな手が、ぎこちなく左右に動く。

 まさか。これは──。

「なで、なで……?」

「あ、あぁ。そのつもりだが……嫌か?」

「ううん! いやじゃない、いやじゃないよ! すごく、すーっごく、うれしい! もっともっと!」

 手のひらに押しつけるように頭を差し出せば、アルフレッドが再びゆっくりと手を動かしはじめる。
 ただ頭を撫でているだけなのに、まるで難問に直面しているかのような真剣な顔だ。

 行動と表情のアンバランスさが面白くて、そしてなにより初めて親子らしい触れ合いができたのが嬉しくて。
 セレスティアは、顔がほころぶのを止められない。

「あのね、あのね! このおちゃに、はいってるハーブね。もーりすおじさんと、いっしょに、そだてたんだよ!」

「そうなのか? すごいな」

「えへへ! でしょでしょ! あとね。きょうはね、もじのれんしゅうしたの。おてほんみなくても、かけるようになってきたんだよ!」

「ほう。それは頑張っているな」

「うん! あとはねぇ、あとはねぇ~」

 多忙な父とゆっくり話せる貴重な機会。
 しかも今ならなんでも褒めてくれる気がして、セレスティアは指折り数えながら、日頃頑張っていることを挙げていく。

 アルフレッドも、娘が褒められたくて話していることに気付いているのだろう。頭に置いた手は離さず、ずっと優しく撫でてくれていた。

「私、お茶のおかわりと先程焼いたクッキーを持ってきますね。ポーラさん、お手伝いをお願いできますか?」

「かしこまりました」

 クリスティーヌが立ち上がり、ポーラとともに談話室を出て行った。
 もしかしたら、親子水入らずで過ごせるように気を遣ってくれたのかもしれない。

 母と乳母の思いやりを感じ、いっそう胸が温かくなる。

「でねでね、あのね。くりすちーぬさまと、ごはんのマナーのれんしゅうも、してるの。きのうは、『かんぺきです』って、ほめてもらえたんだよ!」

「それはすごいな。では、どこの晩餐会に呼ばれても大丈夫だな」

「うんっ! まかせてよ!」

 セレスティアは顎をツンと上げ、ドヤ顔で胸を張った。

 それを見つめるアルフレッドの顔つきは依然として固いものの、今はもうそれを怖いとは思わなかった。なぜならセレスティアの頭を撫でる手がとても優しくて、怒ってなどいないと分かるから。

 温かなぬくもりと壊れ物を扱うような触れ方が、表情よりも雄弁に伝えてくる。
 アルフレッドがセレスティアを、とても、とても、大切に想ってくれているのだと。


 数ヶ月前の自分は、予想もしなかった。
 顔を合わせる機会すらほとんどなかった父と、こんなにも幸せな親子の時間を過ごせるようになることを。

 そして自分に優しい母と、それからたくさんの友人ができるようになることも。


 お喋りを続けるセレスティアの膝の上で、いつものように寝そべって寛いでいるマリアベルが「くあぁ」と大きなあくびをして丸まった。

 頭上ではシルフ三人衆がかしましく話しながら飛び回り、テーブルの上では温かなティーカップに寄りかかってブラウニーたちが居眠りをしている。

 ケラケラと笑い声が聞こえてそれとなく目を向ければ、ボギー兄妹がふかふかの絨毯の上で追いかけっこをしていた。


 ──人間と妖精。本来交わることのない、ふたつの種族が共存する光景。

 これがセレスティアの目に映る世界。
 とても素敵で、そしてかけがえのない日常だ。

 きっとこれからも、《緑の民》の力と前世の記憶のせいで、色々なことに巻き込まれてしまう時もあるだろう。

 けれども、雨の日も風の日も、嵐の日も乗り越えて。
 今日も明日も、明後日も、その先の未来でも。



(わたしは笑顔で幸せに──生き延びたい!)