裏庭の一角にある、赤茶色のレンガブロックで囲まれた花壇。
本来であれば初夏の花で埋め尽くされ、目にも鮮やかな景色が広がるべきそこには、青々とした草がこんもりと生えていた。
(なんだ、これは……?)
確かセレスティアは『おはなをそだてて、かだんをつくりたいの!』と言っていたはずだ。
しかし、アルフレッドの目の前にあるのは草ばかり。ところどころ白や薄桃色の小花が咲いているものの、どう見てもこれは花壇ではなく薬草畑である。
「ここがセレスティア様の花壇でございます。こちらはオレガノ、あちらはグランフェリシア原産のスイート・タイムで、そちらはカモミールですな」
案内役のモーリスが丁寧に解説してくれるが、驚きのあまりアルフレッドの頭にはいまいち情報が入ってこない。
とりあえず、観賞用の花ではないことは分かった。
「薬草園でも作るつもりなのか……うちの娘は」
「ほっほっほ。わしもてっきり綺麗な花を植えるものかと思っていたのですがね。お嬢様が、どうせ育てるなら美味しくて健康によいものがいい、とおっしゃいましてのぉ。結果、このような食用草ばかりに」
花壇の草花にまで食べられることを条件とするあたり、食に対するセレスティアの飽くなき探究心と執着心が窺える。
「花より団子……いや、花よりハーブか。セレスティアらしいな」
「花よりダン……? なんですかな、それは?」
「見栄えより実利を重視することを、東方の異国では『花より団子』、あるいは『色気より食い気』などと表現するらしい」
「ほっほっほ、それはお嬢様にぴったりの言葉ですなぁ。おっ、噂をすれば」
モーリスの視線をたどれば、庭の一角にしゃがみ込み、土いじりをするセレスティアの姿があった。
袖をまくった白シャツに茶色い脚衣、目深にかぶった麦わら帽子。
農作業用の手袋をはめた手で雑草や花殻を拾い、時折首から下げた布で額の汗を拭う仕草はやけに様になっている。
「随分と手慣れているな」
「そうなのですよ。物覚えもよく作業もとてもお上手で、わしも毎回驚かされるばかりです。初心者、しかも三歳でこれほどできるとは。いやはや、セレスティア様は末恐ろしい才能の持ち主ですぞ」
果たして薬草栽培の才能は、令嬢として活かせるのだろうか。
(……いや。どう考えても、要らないだろう)
貴族にとって庭は愛でるものであって、触れるものではない。
もし先代公爵の父が生きていたら、「リシャール家の令嬢が庭師や農民の真似事をするなどけしからん!」と怒り狂うだろう。
そして「即刻辞めさせろ」と言うに違いない。
まぶたを閉じれば、怒鳴り散らす父と顔を歪める母の姿が容易に想像できた。
(貴方たちの教えは、俺の代で断ち切らせてもらいます)
みずからが抑圧された子供時代を送ったからこそ、アルフレッドは娘に思う存分、本人がしたいことに挑戦させてやりたい。
たとえそれが令嬢として普通ではない、常識外れの趣味だったとしても。
我が子の翼を折るような親にだけは、なりたくないのだ。
「セレスティア」
そう声をかければセレスティアが弾かれたように顔を上げ、輝くような満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「おとうしゃま、どうしたの? おしごとは? もうおわり?」
「いや、終わりではないが、休憩がてら様子を見にきた。モーリスから、光る不思議な薬草を育てていると聞いたのだが、見せてもらえるか?」
「うん! これだよ!」
セレスティアが指差したのは、細い茎に無数の小さな葉がついた植物。
アルフレッドには、先程モーリスが「オレガノ」と言っていた草と、ほぼ同じに見えた。
「光ってはいないな」
「あっ、おひさまで、ひかりがみえないの。こうしたら、キラキラするよっ!」
セレスティアがかぶっていた麦わら帽子を脱ぎ、日差しを遮るように薬草の上にかざした。
すると、なんの変哲もなかった草が淡く光り輝きはじめる。
このような植物は見たことがない。
──霊的なものへの干渉力がある薬材が必要。
霊脈説を唱える学者の言葉がふと思い出された。
「セレスティア、この薬草はいつから、どうやって育てたんだ? 種か? それとも苗か?」
「え? えーっと、えーっと……わかんない!」
「分からない?」
「うん! いつのまにか、はえてて、みずをあげたら、たくさんふえた!」
「……そ、そうなのか」
「こっから、ここまで。ぜーんぶ、ホシツユクサだよ」
「ホシツユクサ?」
「このくさのナマエ。つけたの」
セレスティアによると、それなりに広い花壇の四分の一が、今やこの謎の光る薬草──ホシツユクサらしい。
育てはじめてまだ日も浅いはずだが、恐るべき繁殖力である。
「この薬草を少しもらってもいいか?」
「うん! まっててね!」
頷いたセレスティアは、根を傷つけないよう慎重にスコップで土を掘り返し、モーリスが持ってきた鉢植えに一株薬草を植え替えた。
「おとうしゃま、どうぞっ!」
「ありがとう。俺は仕事に戻るが、あまり根を詰めすぎないように。こまめに休憩を取り、水分補給も忘れずにな」
「はいっ! おしごと、がんばってね!」
鉢植えを受け取ったアルフレッドは頷き返し、建物に向かって歩き出す。
娘の笑顔に癒され、声援に活力をもらったからか、その足取りは先程までとは別人のように軽やかだった。
書斎へ戻ったアルフレッドは、すぐにホシツユクサを領都の研究支部へ送るよう、ジェラールに頼んだ。
──事態が動いたのは、それから三日後の真夜中のことだった。

