【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜


 王都からリシャール公爵邸に帰還して早二週間。
 帰宅した直後に過労で倒れてしまったアルフレッドだが、翌日にはベッドから起き上がり、遅れを取り戻すように執務に取り組んでいた。

(【分析の結果、死骸虫に対する効力は認められず】か……)

 部下から届いた報告書を読み終え、アルフレッドは目頭を押さえてため息をついた。
 もはや自国の製薬技術と薬材だけでは有効な駆除剤を開発できぬと思い、異国の薬師や医師、研究者にも協力を仰いでいるが、いまだ(かんば)しい成果は得られていない。

 そもそも死骸虫はグランフェリシア王国以外にも生息してはいるものの、他国では蝗害を危惧する存在ではないため、専用の駆除剤の開発はおろか、研究すらろくにされていないという。

 ではなぜグランフェリシア王国にだけ、こんなにも大量発生するのか。
 原因については、これまでさまざまな仮説が立てられてきた。
 
 その中で、現在もっとも有力視されているのが〝霊脈説〟である。
 死骸虫は、この土地の地下に縦横無尽に走るエネルギーの奔流──〝霊脈〟の影響を受け、生命力および繁殖力が活性化されているという学説だ。
 
 昔から、妖精や神などの目に見えない霊的な存在を提唱する学者は多い。
 だが現実主義のアルフレッドにとって、こういった超自然的(スピリチュアル)な話は眉唾に思えてならなかった。おそらく幼少期から、根拠に乏しい発言を諫められ、童話などの物語に触れることすら禁じられてきた影響だろう。

 とはいえ、霊脈説以上に有力な学説はないため、現在は渋々これを参考にしている。

 霊脈のエネルギーに影響を受けて変異した死骸虫。それに対抗する駆除剤を作るためには普通の材料だけでは足りず、霊的なものへの干渉力がある薬材が必要だと学者たちは言っているが……。

「そんなもの、どこにあるんだ……」

 思わず口からこぼれた弱音にハッとし、アルフレッドは後ろ向きな考えを振り払うように首を振った。

 災厄は今この時も、刻一刻と迫ってきている。
 愚痴をこぼしている暇などない。

 ものの数分で休憩を切り上げ再びペンを走らせていると、書斎にノックの音が響き、ジェラールが姿を現した。

「失礼いたします。支部から報告書が参りましたので、お持ちいたしました」

 支部というのは、今回の死骸虫の問題を受け、リシャール領都内に一時的に設置した医薬研究所のことだ。
 
 王都には医薬府直轄の大規模研究所がある。
 しかし、リシャール領からは馬車で数日を要する遠方だ。

 手に入れた薬材を分析しデータを収集するのに、いちいち何日もかけて王都に運んではいられないため、アルフレッドが急ぎ自前で研究所を用意したのだ。

 ジェラールから受け取った支部からの報告書にも、目立った成果は記されていなかった。
 ある程度予想していたこととはいえ、一向に出口の見えぬ状況に、落胆せずにはいられない。

 どうしたものかと考え込んでいると、ジェラールが案じるように声をかけてきた。

「恐れながら旦那様、お顔の色が優れないようにお見受けいたします。少しご休憩なさってはいかがですか?」

「問題ない。大丈夫だ」

「……ですが、せめて食事と睡眠は十分に取ってくださいませ。三日前に奥様とお嬢様と夕食を取ったきり、仕事の合間にサンドイッチを摘まむ程度で、まともに食べていないではありませんか。このままではお身体を壊してしまいます」

「気遣いには感謝する。だが、ここが正念場なのだ。必ず結果を出し、蝗害を食い止めなければならない。……家族と、領民を守るために」

「旦那様……」

 自己犠牲も厭わぬほど追い詰められた主君を前に、ジェラールはなにもできぬ歯がゆさに顔を歪めた。
 その時、再びコンコンとノックの音が響き渡る。

 アルフレッドが入室を許せば、現れたのは生成りのシャツにサスペンダー付きの脚衣を身につけた、年配の男性使用人。
 先代の頃からリシャール公爵家に仕えている庭師のモーリスだった。

「おや、貴方が書斎に来るのは珍しいですね、モーリス」

 同世代で、ともに長年公爵家に仕えてきたジェラールが親しげに声をかければ、モーリスもまた気さくな口調で応じた。

「ちょいと旦那様にお知らせしたいことがありましてね。お嬢様のことなのですが……」

 今から二週間ほど前のこと。セレスティアが突然、『おはなをそだてて、かだんをつくりたいの!』と言い出したのだ。

 そのため、少し早めの誕生の祝祭の贈り物として、庭の一角を好きに使っていいと許可を出した。そして庭師のモーリスに花壇づくりを手伝ってやってほしいと頼んだのだ。

「セレスティアになにかあったのか? まさか、また転んで頭でも打ったのか?」

「いいえ! そうではありませんので、ご安心ください」

 飄々としたモーリスがやけに真剣な顔で『お嬢様のこと』と言ったため、まさか怪我でもしたのかと心配したが、早合点だったようだ。

「では、なんの報告だ?」

「実は、わしも気付かぬうちに、お嬢様が不思議な薬草(ハーブ)を育てておりましてね」

「不思議な薬草?」

「昼間は日が当たるので分かりにくいんですが、夜になると灯りで照らしてもいないのに、こう……きらきらと光るんですわ。いやぁ、わしも長いこと庭師をやっとりますが、あんな薬草は初めてです」

「モーリス。旦那様はお忙しいのですよ。光る草に興奮しているのは分かりますが、そのようなことで貴重なお時間をいただいてはなりません」

「いや、違うんじゃよ、ジェラール。わしは世間話をしに来たんじゃない。薬草の効能を旦那様にお伝えしたかったのじゃ」

 薬の材料探しに難航しているアルフレッドとしては、気になる情報だ。報告を続けるよう促すと、モーリスが本題を語り出す。

「今時期は湿度と気温が上がってくるせいで、虫が増え出す頃でしてな。特に今年は例年にも増して草花を食う害虫が多くて、わしも対策に苦労しておったんです」

 けれども、とモーリスは続ける。

「セレスティア様が光る薬草を育てはじめてから、不思議なことに害虫がめっきり少なくなりましてな。試しに普段使っている駆除剤の中にその薬草を混ぜてみたら、これが効果てきめん! 虫食いの被害が格段に減ったんですわ」

「ほう、そんなにすごい効果があるのか」

「ええ! あの薬草の効力には目を見張るものがあります。おそらく、特定の虫が嫌がる匂いか成分を発しているのでしょうなぁ。それで、死骸虫の対策にも使えんかと思いまして、ご相談にまいった次第でございます」

「モーリス、その薬草がある場所に案内してくれないか?」

「もちろんでございます」

 アルフレッドは椅子の背もたれにかけていた上着を羽織り、モーリスとともに書斎を出て、さっそく庭へと向かったのだった。