『へぇ。いいだろう、話を聞こうじゃないか。それで、対価は?』
「もし、ほしつゆくさを、わけてくれたら。わたしは、あなたに──へいわな〝みらい〟を、やくそくする」
『平和な未来?』
ルドウィジアは虚を突かれたように目を見張った後、『あはははっ!』と声を上げて笑い出した。
『なにを言い出すかと思えば、なんだい、それ? 僕を馬鹿にしているのかな? あぁ、そろそろ子供のお遊びにつき合うのも疲れてきたよ』
「ばかになんて、してない! わたしは、しんけんに、いってる!」
セレスティアはこぶしを握り締めて必死に訴えると、視線をルドウィジアの背後へと向けた。
「ひとのくらしが、みだれたら、しぜんも、こわされちゃう。あなたがタイセツにしてる、このみずうみ、だって……」
『世迷い言の次は、脅し文句かい?』
「おどしじゃない、じじつだよ。ひとと、ようせい。おなじトチにいきている、いじょう、むかんけいじゃ、いられない。あなたはそれを、だれよりも、よくしっているんじゃない?」
問いかけられたルドウィジアは、余裕の微笑みから一転し、苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めた。
『……あのお喋りなシルフめ。他人の過去を、ぺらぺらと』
情報通のシルフは、ルドウィジアが『ちょっと前に引っ越してきたよそ者』だと言っていた。
その言葉が気になって、彼女たちから詳しく話を聞いたのだ。
「あなた、すこしまえは、ちがうもりに、いたのよね? でも、ごねんまえに、すみかを、うしなった……」
『ああ、そうだよ。蝗害で飢えた人間が少しでも収穫を増やそうと、僕が住んでいた森を焼いて耕作地にしようとしたんだ。愚かだよね。いくら畑を増やして作物を育てたって、すべて死骸虫に食われてしまうのにさ』
木々の燃え滓や灰が雨で流れ込み、ルドウィジアが住んでいた湖は以前と比べものにならないほど汚れてしまったという。
それでも通常なら、水辺に生えている星露草がゆっくりと水質を改善していく。
しかし汚染が浄化の速度を上回り、ついに湖は取り返しがつかないほど穢れてしまったのだそうだ。
ケルピーは清らかな水のそばでしか暮らせない。
そのためルドウィジアはこの森に行き着くまで、さまざまな土地を渡り歩かねばならなかったのだと、苦しげに過去を語った。
『僕は、僕の大切な住処を奪った奴らを許さない。人間は自然を破壊する、忌まわしい存在だ』
「……ごめんなさい。おなじ、ひととして。あなたに、こころから、しゃざいします。──そして、ちかいます」
深々と頭を下げたセレスティアは、顔を上げ、ひたむきな眼差しでルドウィジアを見つめた。
「わたしは、りょうしゅのむすめとして、このトチのしぜんを、こわさない。いっしょうけんめい、まもり、ますっ! だから、どうか、どうか……! わたしを、しんじて、くださいっ……!」
森の静けさにセレスティアの声がこだました。
その音で眠っていた鳥たちが驚いたのだろう。
バサバサッ──と、どこからともなく無数の羽ばたきが聞こえてくる。
セレスティアも、ルドウィジアも、互いを見つめたままひと言も声を発さない。
時が止まったかのような沈黙が続き、どれほど時間が経ったのだろう。
風がさああっと吹いたのをきっかけに、ルドウィジアが視線をそらして背を向けた。
次の瞬間、そよ風は突風となってセレスティアに襲い来る。
聖域に招かれた時と同じ。
だが今度は強制的にここから追い出すつもりだ。
「おねがい、まって! はなしを、きいてっ……! おねがいっ!!」
必死の訴えも虚しく、セレスティアを取り巻く風はどんどん強くなっていく。
これ以上、目を開けていられない。
息すらもできない強風にぎゅっとまぶたを閉じ、次に目を開けた時、そこにはもうルドウィジアの姿はなかった。

