【タイトル】
第6話:転生幼女、うごきます
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2026-01-06 13:37:53(+09:00)
【公開日時】
2026-02-21 21:20:15(+09:00)
【更新日時】
2026-03-01 18:24:52(+09:00)
【文字数】
2,272文字
【本文(117行)】
しんとした薄暗い室内に、かすかな寝息が聞こえてくる。
アルフレッドは固く目を閉ざし、ほとんど身じろぎもせず熟睡していた。
往診に来た医師によると、倒れた原因は疲労と寝不足で、幸い怪我や病気は見つからなかった。
ゆっくり休むようにと言われたものの、診察の際に目覚めたアルフレッドは「十分眠って回復した」などと言い、医師の制止を振り切って執務室へ行こうとする仕事中毒。
これにはセレスティアも黙っていられず、「だめ! ねてくださいっ!」と一生懸命に引き止めれば、幼い娘の懇願を無下にはできなかったのだろう。アルフレッドはしぶしぶ頷き、ベッドへ戻ってくれた。
そうして軽食を取り処方された薬を飲んだ彼は、現在もぐっすり眠りつづけている。
やはり『回復した』というのは強がりだったようだ。
「ん……」
悪夢でも見ているのか、時折苦しげに眉根を寄せるアルフレッド。
寝ている間も、なにかに頭を悩ませているのかもしれない。
(お父様のお役に立ちたいな)
今の自分に──この小さな身体で、なにができるだろう。
ベッドサイドの椅子に座り、魘されるアルフレッドの寝姿を見守っている間、セレスティアはずっとそればかり考えていた。
すると、不意に上からドタドタとなにかが走り回るような音が聞こえてきた。
物音はすぐさまやみ、かと思えばまた響き出し、止まるのを繰り返す。
天井から降り注ぐ騒音に、セレスティアの隣に座っていたクリスティーヌが首を傾げながら上を向いた。
「この音、なんでしょう? ネズミでもいるのかしら」
「わ、わかんないー。でも、こんなにうるさいと、おとうしゃま、おきちゃいそうだなぁー」
と言いつつも、目の前のアルフレッドはぴくりともせず、目覚める様子はない。
医師から渡された薬には、強制的に身体を休ませるための眠り成分が入っていたのかもしれない。
「あぁ、うるしゃいの、こまるなぁー」
「そうですね。私、少し様子を見てきます。セレスティアさんはここで待っていてください」
クリスティーヌは小声でそう告げ、立ち上がって寝室から出ていった。
扉がパタンと閉まり、徐々に足音が遠ざかっていく。
やがてなにも聞こえなくなった頃、セレスティアも静かに椅子から下り、アルフレッドを起こさないよう忍び足で出入り口へと向かった。
ドアノブを握り、慎重に扉を開く。
ギィ──……と響く、蝶番の軋み音。
「んん……」
(おっ、起きちゃった⁉)
背後から呻き声が聞こえて振り返るも、幸いアルフレッドは目覚めたわけではなかったようだ。
セレスティアは胸を撫で下ろし、外に出てゆっくりと扉を閉めた。
ふぅと詰めていた息を吐き、額の汗を拭う。
(ひとまず脱出成功、いよぉし!)
向かう先はアルフレッドが仕事場にしている書斎だ。
限られた者しか出入りできないよう、彼が室内にいない時は廊下側の扉には鍵がかけられている。
合鍵を持っているのは、ジェラールをはじめとした数名の使用人のみらしい。
当主が伏せっている今は多分、施錠されているだろう。
しかし、書斎に入る方法はもうひとつあるのだ。
寝室を出てリビングを通り抜けたセレスティアは、おそらくこれだろうと思った扉をそっと開け、隙間から中を窺う。
壁一面に並ぶ本棚、部屋の奥に置かれた大きな執務机と椅子。
誰もいないのを確認して中に入ると、古めかしい紙やインクの匂いが鼻をかすめた。
(ここが、お父様の書斎……。わぁ、本がたくさん……)
仕事が終わってすぐにアルフレッドが休めるよう、書斎は当主の私室と続きの間になっている。廊下に面している正規の扉は閉ざされていても、私室側の扉は開いているだろうと予想したセレスティアの勘は当たっていた。
(えっと、お父様が帰ってきた時に持ってた鞄は…………あった!)
執務机の横に置かれた、なめらかな茶革の四角い書類鞄。
「かってにみて、ごめんなさい」
セレスティアは小さな声で謝ると、鞄を開けて目当ての書類を探した。
(あっ、これだ……!)
取り出したのは紐で綴じられた厚い書類の束。
一番上の紙には死骸虫と思しき虫の生体絵図が載っていた。
ふむふむと頷きながら目を落としていたセレスティアだが、ざっと十枚ほど捲ったあたりで顔を上げた。
(どーしよ! なに書いてるのか、全然分かんないっ!)
十三年間分の前世の知識を有してはいるものの、残念なことに《緑の民》は王国の共用語とは異なる言語文化を築いていた。
そのため、前世では読み書きができていたとはいえ、王国語がすらすら読めるわけではない。
とはいえ、王国語と《緑の民》の言葉は似ている単語も多々あり、おまけに最近はクリスティーヌから文字の読み書きを教わっている。
上達が早い、神童だと、クリスティーヌやポーラから絶賛されているセレスティアである。読んでみれば案外報告書の内容も理解できるのではと思っていたが。
(専門用語が、多すぎるぅ!)
一般大衆向けに平易な文章で書かれているならまだしも、これは博識な貴族議員向けの資料。
使用されている単語は難解で、おまけに持って回った表現も多く、セレスティアにはもはや長い文字列が、のたうち回る黒いミミズにしか見えなくなってきた。
(あぅ……どうしよう……)
アルフレッドを助けたい一心とはいえ、書斎に忍び込んで盗み見までしたのに収穫なし。これではただの悪い子だと、罪悪感で胸が押し潰されそうだ。
しかも最悪なことに、その感情の乱れに幼い身体が反応してしまったのか、じわりと目に涙が滲んできてしまった。
(うぅ……泣いている場合じゃないのに!)
ままならない我が身に苛立ちを覚えたその時──。
ガチャリと、背後から扉の開く音がした。
第6話:転生幼女、うごきます
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2026-01-06 13:37:53(+09:00)
【公開日時】
2026-02-21 21:20:15(+09:00)
【更新日時】
2026-03-01 18:24:52(+09:00)
【文字数】
2,272文字
【本文(117行)】
しんとした薄暗い室内に、かすかな寝息が聞こえてくる。
アルフレッドは固く目を閉ざし、ほとんど身じろぎもせず熟睡していた。
往診に来た医師によると、倒れた原因は疲労と寝不足で、幸い怪我や病気は見つからなかった。
ゆっくり休むようにと言われたものの、診察の際に目覚めたアルフレッドは「十分眠って回復した」などと言い、医師の制止を振り切って執務室へ行こうとする仕事中毒。
これにはセレスティアも黙っていられず、「だめ! ねてくださいっ!」と一生懸命に引き止めれば、幼い娘の懇願を無下にはできなかったのだろう。アルフレッドはしぶしぶ頷き、ベッドへ戻ってくれた。
そうして軽食を取り処方された薬を飲んだ彼は、現在もぐっすり眠りつづけている。
やはり『回復した』というのは強がりだったようだ。
「ん……」
悪夢でも見ているのか、時折苦しげに眉根を寄せるアルフレッド。
寝ている間も、なにかに頭を悩ませているのかもしれない。
(お父様のお役に立ちたいな)
今の自分に──この小さな身体で、なにができるだろう。
ベッドサイドの椅子に座り、魘されるアルフレッドの寝姿を見守っている間、セレスティアはずっとそればかり考えていた。
すると、不意に上からドタドタとなにかが走り回るような音が聞こえてきた。
物音はすぐさまやみ、かと思えばまた響き出し、止まるのを繰り返す。
天井から降り注ぐ騒音に、セレスティアの隣に座っていたクリスティーヌが首を傾げながら上を向いた。
「この音、なんでしょう? ネズミでもいるのかしら」
「わ、わかんないー。でも、こんなにうるさいと、おとうしゃま、おきちゃいそうだなぁー」
と言いつつも、目の前のアルフレッドはぴくりともせず、目覚める様子はない。
医師から渡された薬には、強制的に身体を休ませるための眠り成分が入っていたのかもしれない。
「あぁ、うるしゃいの、こまるなぁー」
「そうですね。私、少し様子を見てきます。セレスティアさんはここで待っていてください」
クリスティーヌは小声でそう告げ、立ち上がって寝室から出ていった。
扉がパタンと閉まり、徐々に足音が遠ざかっていく。
やがてなにも聞こえなくなった頃、セレスティアも静かに椅子から下り、アルフレッドを起こさないよう忍び足で出入り口へと向かった。
ドアノブを握り、慎重に扉を開く。
ギィ──……と響く、蝶番の軋み音。
「んん……」
(おっ、起きちゃった⁉)
背後から呻き声が聞こえて振り返るも、幸いアルフレッドは目覚めたわけではなかったようだ。
セレスティアは胸を撫で下ろし、外に出てゆっくりと扉を閉めた。
ふぅと詰めていた息を吐き、額の汗を拭う。
(ひとまず脱出成功、いよぉし!)
向かう先はアルフレッドが仕事場にしている書斎だ。
限られた者しか出入りできないよう、彼が室内にいない時は廊下側の扉には鍵がかけられている。
合鍵を持っているのは、ジェラールをはじめとした数名の使用人のみらしい。
当主が伏せっている今は多分、施錠されているだろう。
しかし、書斎に入る方法はもうひとつあるのだ。
寝室を出てリビングを通り抜けたセレスティアは、おそらくこれだろうと思った扉をそっと開け、隙間から中を窺う。
壁一面に並ぶ本棚、部屋の奥に置かれた大きな執務机と椅子。
誰もいないのを確認して中に入ると、古めかしい紙やインクの匂いが鼻をかすめた。
(ここが、お父様の書斎……。わぁ、本がたくさん……)
仕事が終わってすぐにアルフレッドが休めるよう、書斎は当主の私室と続きの間になっている。廊下に面している正規の扉は閉ざされていても、私室側の扉は開いているだろうと予想したセレスティアの勘は当たっていた。
(えっと、お父様が帰ってきた時に持ってた鞄は…………あった!)
執務机の横に置かれた、なめらかな茶革の四角い書類鞄。
「かってにみて、ごめんなさい」
セレスティアは小さな声で謝ると、鞄を開けて目当ての書類を探した。
(あっ、これだ……!)
取り出したのは紐で綴じられた厚い書類の束。
一番上の紙には死骸虫と思しき虫の生体絵図が載っていた。
ふむふむと頷きながら目を落としていたセレスティアだが、ざっと十枚ほど捲ったあたりで顔を上げた。
(どーしよ! なに書いてるのか、全然分かんないっ!)
十三年間分の前世の知識を有してはいるものの、残念なことに《緑の民》は王国の共用語とは異なる言語文化を築いていた。
そのため、前世では読み書きができていたとはいえ、王国語がすらすら読めるわけではない。
とはいえ、王国語と《緑の民》の言葉は似ている単語も多々あり、おまけに最近はクリスティーヌから文字の読み書きを教わっている。
上達が早い、神童だと、クリスティーヌやポーラから絶賛されているセレスティアである。読んでみれば案外報告書の内容も理解できるのではと思っていたが。
(専門用語が、多すぎるぅ!)
一般大衆向けに平易な文章で書かれているならまだしも、これは博識な貴族議員向けの資料。
使用されている単語は難解で、おまけに持って回った表現も多く、セレスティアにはもはや長い文字列が、のたうち回る黒いミミズにしか見えなくなってきた。
(あぅ……どうしよう……)
アルフレッドを助けたい一心とはいえ、書斎に忍び込んで盗み見までしたのに収穫なし。これではただの悪い子だと、罪悪感で胸が押し潰されそうだ。
しかも最悪なことに、その感情の乱れに幼い身体が反応してしまったのか、じわりと目に涙が滲んできてしまった。
(うぅ……泣いている場合じゃないのに!)
ままならない我が身に苛立ちを覚えたその時──。
ガチャリと、背後から扉の開く音がした。

