「半ば強引に縁談をまとめたのは悪かったと思っているよ。だが、ヒルデガルトの頼みを無下にはできなかったんだ」
「ええ。殿下が奥様の尻に敷かれているのは重々承知しております」
「……ううっ。お前、今日はいつにも増して僕に遠慮がないな。さては医薬府の件を押しつけたこと、怒っているな?」
「別に怒ってはいません。忙しい時に仕事を増やしやがって、とは思っていますが」
「十分怒っているじゃないか!! 仕方ないだろう。あのままメディス侯爵を医薬府の副長官に据えたら、ドゴール侯爵との権力争いで駆除剤の開発どころじゃなくなる。そうなれば蝗害の被害拡大は必至だ。恨むなら僕じゃなく、出世のことしか頭にないメディス侯爵を恨んでくれ! だいだいなぁ──」
先程までの王子然とした振る舞いはどこへやら。騒がしく捲し立てるスチュアートの言い訳を、アルフレッドは静かに頷きながら聞き流した。
この王子から突然厄介事を頼まれるのは毎度のことだ。
クリスティーヌとの結婚も、スチュアートと、彼の妻である第二王子妃ヒルデガルトに押しつけられたようなものだった。
『ねぇ、アルフレッド。再婚するつもりはない?』
急遽王宮に呼ばれ、第二王子妃ヒルデガルトからそう尋ねられたのは、今から二ヶ月ほど前のこと。
彼女は親しくしているクリスティーヌが老貴族の愛妾にされるかもしれないと知り、ひどく胸を痛めていたそうだ。そしてどうにかして助けてやりたい、せめてもっとましな相手に嫁がせてやりたいと考えていたのだという。
そこで白羽の矢が立ったのが、アルフレッドだった。
前妻を失い、いまだ独身。爵位も身分も申し分なく、身元も確か。メディス侯爵家の令嬢を迎えるにあたって、これ以上の適任者はいないと判断されたようだ。
加えて、舞い込む縁談に辟易しているアルフレッドには形ばかりの妻が、幼いセレスティアには新しい母が必要だろう──そんな、第二王子夫妻のお節介も多分に含まれていたに違いない。
『わたくしはね、クリスティーヌだけでなく、アルフレッドにも幸せになってほしいのです。貴方は愛するスチュアート様の一番の家臣で、そして親友ですもの。もちろん、貴方の娘のセレスティアの幸福も願っているわ』
ヒルデガルトは穏やかな微笑を浮かべてそう告げた。
ちなみにその時、同席していたスチュアートが妻の言葉に首がもげそうなほど頷いていたのを今でも覚えている。あれは家庭内での権力関係が一目で分かる光景だった。
ともあれ、そういった経緯で再婚の打診をされたアルフレッドは、クリスティーヌが実家と縁を切り、リシャール公爵家に決して害を及ぼさないと第二王子夫妻に誓いを立てることを条件に、彼女を迎え入れる決断をした。
いくら幼なじみとはいえ、スチュアートは主君。その最愛の奥方であるヒルデガルトの頼みを、家臣であるアルフレッドが断るのは憚られたのだ。
「時に、殿下」
「ん?」
「こたびの件、国王陛下とエルネスト殿下はなんと仰せで?」
「父上はいつもと同じさ。『お前に任せた』、それだけだ。兄上に至っては突然外交予定を入れて近々国を離れるつもりらしい。まぁ、本人は公務だと言い張っているが、あれは確実に国外へ避難するつもりだな」
「左様でございますか」
「父上も兄上も、相変わらずだろう?」
立場上、国王陛下と第一王子を貶める発言はできないため、アルフレッドは返事をせず無言の肯定に留めた。
スチュアートの祖父にあたる現国王テオドール陛下は、御年七十歳。
とうに王座を退いてもよい年齢だが頑なに譲位はせず、かといって国政にも関心を示さない。国王の肩書きと権力を保持したまま公務はせず、王都郊外にある離宮にて遊興の日々を送っている。
そんな国王陛下の気質を色濃く受け継いだのが、スチュアートの兄である第一王子エルネスト。
彼もまた王位継承権第一位という地位にありながら、責任は弟に押しつけ、成果のみ我が物にする。
口にこそ出さないが、アルフレッドからすれば、ふたりとも王族失格である。
ゆえに、国の面倒事を一手に引き受けざるを得ない幼なじみのスチュアートを憐れに思い、アルフレッドは毎度、なんだかんだと言って手を貸してしまうのだ。
「殿下、ひとつお許しをいただきたいことがございます」
「なんだ?」
「しばしリシャール領に戻ってもよろしいでしょうか?」
「それは構わないが……。ああ、さては家族が恋しくなったな? そういや新婚だものな。新妻と愛を深めたい時期に一ヶ月も王都に拘束して悪か
った。いいぞ、いくらでも行ってこい」
「違います。仕事のためです。我が国の製薬技術と既存の薬剤では、もはや死骸虫に有効な駆除剤は作れないのではと考えております」
「異国の薬師の知恵を借りる算段だな?」
「はい。我が領は港街が多い土地柄、内陸にある王都より異国の人や情報、ものが集まりやすい傾向にあります。なにか有力な手がかりを得られぬか、一度自領に戻って探りたく」
「分かった」
「議会の会期中に王都を離れてしまい、申し訳ございません」
「謝るべきはお前に仕事を押しつけている僕の方だ。すまんな」
「なにをおっしゃいますか。殿下の政を支えることこそ、政務府の長たる俺の務め。気にしないでください」
最後の言葉はあえてやや砕けた口調で告げると、申し訳なさそうにしていたスチュアートの表情がふっと緩んだ。
「そういえば、もうすぐ誕生の祝祭だな」
「ああ、もうそんな時期ですか」
誕生の祝祭は別名『こどもの日』とも呼ばれ、子供たちの幸せと健やかな成長を願って制定されたグランフェリシア王国の記念日だ。
「忙しいだろうが、きちんと娘も構ってやれよ。無関心でいたら、そのうち『お父様近寄らないで』なんて言われて、露骨に避けられるようになるぞ」
最近ようやくまともに会話できるようになったのに、すでに一ヶ月も屋敷を不在にしている。セレスティアに対しては決して無関心なわけではないが、そう取られてもおかしくない行動をしている自覚はあった。
「これでも、子育てに関しては僕の方が先輩だからな。助言は素直に聞いておいて損はないぞ」
「ご忠告、痛み入ります」
また以前のように顔を合わせただけでセレスティアに怯えられ、泣かれる日々に逆戻りするのはごめんだ。
一礼して執務室を出たアルフレッドはいち早く自領へ戻るため、その日から不眠不休で残務と引き継ぎを終え、家族の待つリシャール公爵邸へ向けて旅立つのであった。

