【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜

 王都の行政区にそびえ立つ白亜の議事堂。
 シャンデリアがきらめく大広間には国内の名だたる貴族が集結し、今まさに国の重大事についての話し合いがなされていた。

「リシャール公爵領で死骸虫が発見されて以来、目撃情報は日に日に増すばかり。このまま手をこまねけば、五年前の大飢饉と同じ……いえ、それ以上の惨事になりかねませぬぞ」

「同感でございます。駆除剤の開発はどの段階まで進んでおるのですか? そろそろ結果を出していただかぬと困りますぞ、ドゴール侯爵」

 貴族らの訴えに対し、国内の医師と薬師を束ねる医薬府の長であるドゴール侯爵が、宮廷役人の差し出した答弁資料を淡々と読み上げていく。

「現在鋭意取り組んでおりますため、もうしばらくお時間を頂戴したく」

「その答弁はいい加減、聞き飽きました。我々は一体いつまで待てばよいのです?」

 立ち上がってそう意見したのは、四十代半ばの黒髪の男性貴族。クリスティーヌの父親であるメディス侯爵だった。

「ドゴール侯爵。貴方様が医薬府の長である限り、いくら時間をかけても駆除剤は完成せぬのではないですか?」

「なんだと?」

 齢六十の重鎮ドゴール侯爵は、年下のメディス侯爵の挑発的な物言いが(しゃく)に障ったのだろう。(まなじり)をつり上げて低い声で問うた。

「開発が進まぬのは、わしのせいだと言いたいのか?」

「薬師たちをうまく統率できていないため、思うような結果が得られぬのでは?」

「ハッ、若造が知った口を利きおって。よいか? わしは数十年にわたり、この職を務め上げてきた。医師や薬師らをまとめあげ、これまでいかに多くの成果を上げてきたと思っておる。前回の飢饉の折とて、わしが陣頭指揮を執って作った駆除剤によって蝗害が終息したではないか」

「終息? 貴方様こそお忘れですか、ドゴール侯爵。前回は開発に一年以上の月日を費やし、その結果多くの民が飢えて亡くなりました。今年の死骸虫は、従来の駆除剤が効かぬと聞いております。またもや後手に回り、多くの死者を出すおつもりですかな?」

 痛いところを突かれたドゴール侯爵は、悔しげに顔を歪めたまま黙り込んだ。

「一刻も早く駆除剤を完成させてください。できぬのであれば、責任を取って職を退かれるべきでしょう。みなさまも、そうは思いませんか!」

 メディス侯爵が机を叩き、周囲を扇動するように叫んだ。

 大飢饉の再来に怯える貴族らは、恐怖や不安、焦りに突き動かされるまま「そうだ、そうだ!」「結果を残せない医薬府長などいらない!」と同調してヤジを飛ばしはじめる。

 しかし取り乱している貴族らは気付かない。
 この場を混乱に陥れた張本人──メディス侯爵の口の端が一瞬、かすかに持ち上がったことに。

(この機にドゴール侯爵を追い落とし、空いた医薬府長の座におさまる算段か。メディス侯爵……やはり油断ならないな)

 腕組みして状況を静観していたアルフレッドは、メディス侯爵という男の危うさを胸に刻んでいた。

 嫁いできた当初、アルフレッドがクリスティーヌに心を許さぬようにしていたのは、彼女の父親がこうした野心家な人間だと知っていたからだ。

 もっとも、娘のクリスティーヌは父親と似ても似つかず私欲のない人で、血の繋がりのないセレスティアを心から慈しみ、使用人にも丁寧に接する。ひたむきで謙虚な女性だったわけだが。

「わしはこれにて失礼する!」

 槍玉(やりだま)に挙げられたドゴール侯爵は憤怒と屈辱に顔を染め上げ、椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がり出ていってしまった。

「議会を途中で放り出すとは、ドゴール侯爵にも困ったものです。かくなる上は、スチュアート殿下。議長であらせられる殿下が、現医薬府長の退任と後任の選定をお命じくださいませんでしょうか?」

 メディス侯爵からの進言に、長テーブルの一番奥の席に腰かける二十代後半の男性──スチュアート第二王子が考え込むように目を伏せた。

 顎に手を添え、うつむき加減になった拍子に、赤みがかった金髪が額にさらりとかかる。
 同性のアルフレッドから見ても端正な顔立ちの男だ。数多の画家が描きたいと熱望する気持ちも、分からなくはない。

「貴殿の意見には賛同できる部分もある。だがこの逼迫した状況で、経験豊富なドゴール侯爵を退任させるのは得策とは言えぬ。そこで本件が終結するまで、医薬府には副長官を置くこととする」

「英断でございます、殿下。それでは、副長官にはどなたをお選びになるおつもりですか?」

「アルフレッド・リシャール公爵に任せたい」

 スチュアートがそう告げた瞬間、メディス侯爵の笑顔がまたたく間に凍りついた。
 てっきり自分が選ばれるものと高をくくっていたのだろう。

 実際、メディス侯爵は公爵家に次ぐ爵位を持ち、年齢や議会での影響力、家格も申し分ない。
 政務府長を務めるアルフレッドを含め、公爵家の当主が全員なんらかの宮廷役職につき多忙を極める中、メディス侯爵が副長官の最有力候補ではあったのだ。

 期待していた役職が手に入らず、その落胆は計り知れなかったようだ。メディス侯爵はテーブルの一点を見つめ、打ちひしがれている。
 そんな彼をスチュアートは一瞥しただけで気に留めず、すぐさま目線をアルフレッドへと移した。

「リシャール公爵よ。政務府との兼任になり苦労をかけるが、引き受けてくれるか」

「はい。謹んでお受けいたします、殿下。これより解決に向け、力を尽くす所存で──」

「お待ちください!」

 胸に手を当てて拝命するアルフレッドの言葉を、メディス侯爵の声が遮った。

 王子と公爵の会話に割って入るなど無礼千万。
 不躾(ぶしつけ)な態度を咎めるように、スチュアートがメディス侯爵を鋭く見やる。

「私の判断に異議を唱えるのか、メディス侯爵」

「い、いいえ……そうではなく……」

「であれば、許可なき発言は控えよ。無礼であるぞ」

「大変、失礼いたしました……」

 悔しげにうつむくメディス侯爵。
 視線を外したスチュアートはアルフレッドに目配せした後、おもむろに立ち上がり議場を見渡した。

「それでは、本日の議会は以上で終了とする。解散」

 閉会を宣言したスチュアートは大広間の出口へと歩き出し、アルフレッドも静かにその後ろに続いた。護衛を引き連れて第二王子の執務室へ向かう道中、ふたりは固く口を閉ざし、ひと言も声を発さない。

 人払いを命じて部屋に入り、アルフレッドとふたりきりになってようやく、スチュアートが引き結んでいた唇をほどいた。

「メディスの強欲たぬきジジイめ! 面倒なことをしやがって……!」

 椅子にドカリと腰を下ろしたスチュアートが、王子らしからぬ粗野な口調で毒づいた。
 驚くべき変わり様だが、スチュアートとは幼少の頃からの長い付き合い、いわば幼なじみのアルフレッドは慣れたもので、今さら驚きはない。

「あとでドゴール侯爵の機嫌を取っておいた方がよいでしょう。今は駆除剤の開発に苦戦しているとはいえ、我が国の医薬分野において、あの御方の力は必要です」

「分かっているよ。それにしても、いくら要職につきたいからといって、この国難の時に無駄に議会をかき乱すとは。つくづくとんでもない男だな、メディス侯爵は」

「その『とんでもない男』の娘を私に嫁がせたのは、どこの誰でしたでしょうか」

「うっ」

 アルフレッドの鋭い指摘に、スチュアートが言葉を詰まらせた。