【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜

『ワタシ、マエ、ノウエンノオヤシキ、イタ。ソコ、アイツラ、イタ。ダカラ、ヒッコシタ』

「ええっと……ちょっとまってね」

 ボギーの話し方は、たどたどしい上に早口で聞き取りにくい。
 セレスティアは一旦待ってもらい、内容を頭の中で整理する。

(『ノウエンノオヤシキ』……あっ、農園のお屋敷ね! そこに『アイツラ』っていうのがいたから、ボギーたちはわたしの家に引っ越してきたと……)

 言葉の意味は理解できたものの、この話がお礼とどう繋がるのか、いまいち意図が分からない。

 しかし人間と妖精、種族が違うのだから意思疎通が難しいのは当然だ。
 むしろマリアベルのように、人間界の文化や言語に精通している方が珍しいくらいである。

【話が通じにくいからといって、妖精の言葉を無視したり否定したりしてはいけないよ。異なる種族、価値観だからこそ、根気よく対話を続けることが大切なのさ】

 前世の祖母は、ことあるごとにそう言っていた。

 妖精の想いを()み取り、ともに助け合って生きていく。
 それが《緑の民》として生まれた者の魂に刻まれた責務なのだから、と。

 セレスティアは結論を急がず、優しくボギーに言葉の先を促した。

「ありがとう。つづき、おしえて」

『アイツラ、コトシ、タクサン、ウマレル』

「その『アイツラ』って?」

『ガイコツムシ。アイツラ、フコウヲハコブ。ニンゲン、キヲツケテ』

 そう告げたボギーは、話は終わりとばかりに素早く踵を返し、ネズミ穴の向こうに姿を消してしまった。

(不幸を運ぶ、『ガイコツムシ』……)

 妖精たちがそう呼ぶ虫に、ひとつだけ心当たりがある。

『〝死骸虫(シガイチュウ)〟でしょうね』

 マリアベルの呟きに、セレスティアは深刻な面持ちで頷いた。


 ────死骸虫。
 六本足に二枚の羽、見た目や動きはバッタによく似ているが、大きな違いが見て取れるのは胴体部分。
 死骸虫は本来あるべき内臓がまるでなく、胸や腹が干からびた骸骨(がいこつ)のようになっているのだ。

 前世で見たことがあるけれど、決して美しい虫ではない。
 昆虫が好きなセレスティアでさえ顔をしかめるのだから、苦手な人が目の当たりにしたら卒倒してしまうだろう。

(『ニンゲン、キヲツケテ』って言ってたけど、見た目が気持ち悪いから気を付けてってこと?)

『いいえ、違うわ。おそらく、蝗害(こうがい)の再来を警告しているんだと思いますわ』

(コウガイの再来?)

『あぁ、そういえば、アナタはまだ生まれていなかったんですわね。──五年前、死骸虫が大量に発生したんですのよ』

 卵から生まれた死骸虫は、幼虫期を経て成虫になるまで、二、三十年の月日がかかる。しかし一度成虫になってしまえばその生命力は普通の虫より遙かに強く、また繁殖能力も非常に高い。

 羽化の時期が重なると、その個体数は数千、数万、ひどい時には数億規模にまで膨れ上がるという。
 しかも基本的に単独行動するバッタと違い、死骸虫は積極的に集団を形成する。

 五年前、数万匹の死骸虫の群れがグランフェリシア王国を襲ったのだと、マリアベルは語った。

『昔からこの土地に住んでいるアタクシたち妖精は、死骸虫の群れにもある程度対抗できたわ。だけど人間たちは大規模な蝗害に対処できなかったのよ……』

 農作物は食い尽くされ、国中が深刻な食糧難に陥った。蝗害はなかなか終息せず、飢饉によって多くの人々が命を落としたそうだ。
 悪夢のような痛ましい光景だったわと、マリアベルは沈んだ声で呟いた。

(そんな恐ろしい災害が、また起きちゃうのかな……?)

『大丈夫。国のお偉いさん方だって、お馬鹿ではありませんもの。五年前の教訓を活かして対処するでしょう。現に一度は駆除に成功したんですから、今回は問題ないわ』

「うん……」

『暗い顔はおよしなさいな! 未来の不幸を案じて不安になっていたら、心が保ちませんわよ。ほら、ポーラが来るまで、もうひと眠りしましょう』

 マリアベルに促され、セレスティアはベッドの中にもぐりこんだ。
 おやすみと挨拶を交わしたものの、胸の奥がざわついて一向に寝付けない。

(急にお父様が出張に行っちゃったのも、死骸虫の問題を解決するためだよね……)

 心の声でマリアベルを起こしてしまわないよう、聞こえませんようにと念じながら考えを巡らせる。

(万が一に備えて、おばあちゃんから教わった駆除剤、作っておこうかな。そのためには材料を揃えないと。それと、お父様が帰ってきたら状況を訊いて……。あっ、でも急に質問したら怪しいよね? うーん、どうやって聞き出そう……)

 頭を悩ませているうちに日はすっかり昇ってしまった。
 隣ではマリアベルが『すーすー』と寝息を立てている。先程まで悲惨な蝗害の話をしていたのに、なんとも暢気というか、肝が据わっている。これが人生経験の差というやつだろうか。


 結局セレスティアは二度寝できず、その日はずっと眠たい一日を過ごす羽目になったのだった。