(えぇ? これ、どゆこと……?)
晩餐会の翌日。
セレスティアがダイニングルームに行くと、そこには新聞を眺めるアルフレッドと、優雅にお茶を飲むクリスティーヌの姿があった。
「あっ、おはようございます、セレスティアさん」
目が合うとクリスティーヌが微笑みかけてきて、アルフレッドも広げていた新聞紙を閉じ、「おはよう」と挨拶をしてくる。
「お、おはよう、ございます……?」
入り口で立ち尽くしていたセレスティアはパチパチと目を瞬かせながら、クリスティーヌの隣に腰を下ろした。
昨日までクリスティーヌは部屋から出ようとせず、アルフレッドともギクシャクしていたのに。一夜明けたら急に仲よく朝食をともにしている。
え、なんで?と、事情を知らぬセレスティアが戸惑うのは当然だった。
「おとうしゃまと、くりすちーぬさま……なにゆえ、ふたりでごはん?」
「『なにゆえ』? 随分と古風な言い回しを知っているな」
混乱するあまり年齢にそぐわない言葉遣いになってしまった。すかさずアルフレッドに突っ込まれたセレスティアは、オロオロと狼狽える。
「えっ、えとぉ……あっ、そう! ほんで、よんだの!」
「本? そのような内容のもの、読み聞かせたでしょうか……?」
背後から聞こえてくるポーラの不思議そうな呟きを耳にしつつ、セレスティアは話題を変えるべく隣のクリスティーヌに顔を向けた。
「くりすちーぬさま、おこもり、おわり?」
「ふふっ。ええ、部屋にこもるのはやめました。これからは、お食事もお散歩も一緒です」
「ほんとう? やったーっ! じゃあ、じゃあ、あとでわたしのおへや、あそびにきてっ!」
「はい。お邪魔します」
「えへへ。たのしみ~!」
にこにこと笑顔で話していると、目の前に朝食のプレートが運ばれてくる。
昨夜は海鮮が中心だったため、今朝はお肉がメイン。
こんがり焼き目のついたソーセージに、とろとろ半熟のスクランブルエッグ。付け合わせのルッコラなどの葉野菜。
そして今日はパンの代わりに──。
「わぁ、ぱんけーきだ!」
一切れ食べると、口の中いっぱいに幸せの味が広がる。
バターの風味豊かなふわふわ生地。はちみつの甘さとラズベリーの酸味が相性抜群で、とまらない美味しさだ。
「もぐもぐ……ごくっ。はむっ……むぐむぐ……」
「セレスティア、ひとつのものばかり食べてはいけない。バランスよく口に運びなさい。それと頬張りすぎだ。リスのように頬袋ができているぞ」
「あらあら、本当ですね。可愛らしい」
「淑女教育はもう少し大人になってからでいいかと思っていたのだが、基本的なマナーの練習はやはり徐々にでも始めるべきだな。クリスティーヌ、頼んでもいいだろうか?」
「かしこまりました」
「甘やかさず、厳しく頼む」
「……努力いたします」
「その間は怪しいな」
「可愛らしくおねだりされたら、ほだされてしまうかも、と思いまして」
「気持ちは分かるが、正しい礼儀作法を覚えさせるのはこの子のためだ」
「そうですね。旦那様のおっしゃる通りです。分かりました、お任せください!」
アルフレッドは今日も今日とて無表情かつ淡々とした話し方だが、クリスティーヌはこれまでとはまるで違う。怯えるそぶりはまったくなく、それどころか穏やかな笑顔で言葉を交わしていた。
(ホントに、なんで急にこんなに仲良しになったんだろう?)
葉野菜をもしゃもしゃと咀嚼しながら首を傾げていると、日当たりのよいテーブルの上でうたた寝をしていたマリアベルがサラッと告げた。
『昨日の夜、晩餐会の後にふたりで話し込んでいましたわよ』
(そうなの⁉)
『ええ。互いに胸の内を明かして打ち解けたみたいですわ』
(そっかぁ。よかった)
昨日の気まずい雰囲気とは打って変わり、朝食の席には穏やかな空気が漂っていた。両親の仲がよさそうだとセレスティアまで嬉しくなってくる。ニコニコと顔が緩むのを止められない。
「ねぇ、ねぇ、おとうしゃま」
「ん? なんだ」
「おとうしゃまも、これからは、ごはん、いっしょ?」
「ああ、可能な限り、そうするつもりだ」
『やったー』とセレスティアが両手を挙げる前に、アルフレッドがすかさず「ただ──」と口にした。
「朝食を済ませたら王都に立つ予定だ」
「え……また、しゅっちょう?」
「ごめんな」
「いつ、かえってくる?」
「そうだな。一ヶ月以上はかかりそうだ」
「いっかげつ……」
領地運営との兼ね合いもあるため、遠方にある王都への出張は通常、前もって計画されるはず。
一ヶ月もの長期となれば、なおさらである。
しかし以前ジェラールにアルフレッドの予定を聞いた時、領内視察から戻ってきた後はしばらく屋敷にいると言っていた。
突然決まった王都出張。
なにかよく分からないけれど、急がないといけない用事ができたのかもしれない。
(昨日のお客さんと、関係があるのかな……?)
うつむき小さな頭で必死に考えていると、その姿が落ち込んでいるように見えたのだろう。アルフレッドが目を伏せ、「いつも寂しい思いをさせてごめんな」と、そっと声をかけてきた。
セレスティアはふるふると首を横に振り、「だいじょうぶ!」と笑ってみせる。
「おとうしゃま、おしごと、がんばってね。おやしきのるすと、くりすちーぬさまのことは、まかせて! わたしがぜーんぶ、まもるから!」
腰に手を当て片手でポンッと胸を叩けば、アルフレッドが目元をなごませた。クリスティーヌも口元に手を添えて、ふふっと微笑む。
「頼もしいですね、旦那様」
「ああ、本当に。少し前とはまるで別人だ」
「子供の成長は早いと言いますものね」
「それにしても、頭を打ってからの成長は目覚ましすぎる気もするが……」
ギクッとセレスティアの身体がわずかに強ばる。
「えと……」
まるきり別人になったわけではないが、前世の記憶に目覚めたのは事実。
アルフレッドの抱いているであろう違和感はあながち間違いではない。
さすがは若くして公爵家を取り仕切っている人物、勘が鋭い。
「あたまのうちどころが、よかったみたい……」
背中に冷や汗をかきながら視線をそらし、苦し紛れにそう答えると、辺りが一瞬しんと静まり返った。
次の瞬間、クリスティーヌが「ふふふっ」と吐息まじりの笑いをこぼし、ポーラをはじめとした使用人らも顔をほころばせる。アルフレッドは表情こそ変わらなかったものの、いつものように険しい面持ちになることはなかった。
「なんで、みんな、わらうのっ? おかしなこと、いった?」
「ふふっ、おかしいというより可愛らしくて」
「ほんとう? わたし、かわいい?」
「ええ、とっても。それとセレスティアさんはすごく優しくて、とってもいい子です」
「そう? そう? えへへ!」
頭を撫でられながら手放しで褒められ、セレスティアは蕾が咲きほころぶような笑顔を浮かべた。その無邪気で可憐な花笑みにダイニングルームは春の陽気にも負けない温かな雰囲気に包まれていく。
テーブルに伏せてその様子を眺めていたマリアベルが『よかったわね』と呟き、それから『くぁ~』と大きなあくびをしてゴロンと寝転がる。へそを天に向けてうたた寝を始めた彼女の口元は安堵したように緩んでいた。
その日の朝食は、今世で食べてきたどの料理よりも美味しく。
大切な人たちと過ごす団らんのひとときは、セレスティアの胸を溢れんばかりの幸福で満たしたのだった。

