「お食事中、大変失礼いたします。西部の農園管理者が、旦那様に折り入ってご相談があるとのことで、いらしております」
「こんな時間にか? 用件は?」
「それが……農園にて────が目撃された、とのことでございます」
ジェラールが何事かを耳打ちすると、アルフレッドはナプキンで口元を軽く拭い、すぐに立ち上がった。
「来客のため俺はここで失礼する。ふたりはそのまま食事を楽しんでくれ」
「えっ……おとうしゃま……」
「ごめんな、セレスティア。今日は食事をともにできて嬉しかった。心のこもったもてなしを、ありがとう」
アルフレッドは表情こそ変わらぬものの、声に申し訳なさを滲ませ、風のような早さで出ていってしまった。
(行っちゃった……。でも、お客様が帰ったら戻ってくるかな?)
淡い期待を抱き普段よりゆっくり食べ進めたものの──結局、アルフレッドが再びダイニングルームに姿を現すことはなかった。
(一番大事なこと、言えなかったなぁ)
夕食の後、シェフにお礼を言いに行ってから部屋に戻ったセレスティアは、寝支度を整えてベッドに潜り込んだ。
ポーラはすでに退室しており、寝室にはセレスティアと、そのかたわらで毛繕いをしているマリアベルのふたりだけ。
仰向けに寝転び天井をぼんやり見つめながら、セレスティアは心の中で呟いた。
(お父様、なにかあったのかな)
『さあね。詳しいことは分からないけれど、晩餐の席を中座するくらいですもの。よほど大切な来客だったのかもしれませんわね』
(だね。…………ところでさ、マリアベル。わたしの心の声、聞こえてるよね?)
『ええ』
「やっぱり! ええっ、いつから⁉」
驚きのあまり勢いよく上半身を起こしたセレスティアに、マリアベルは右手をペロペロと舐めて毛並みを整えつつ暢気に答える。
『記憶を共有した日から徐々にですわね。はっきり聞こえるようになったのは、さっきの晩餐会の時くらいからかしら。アナタ、術を間違えたんじゃなくって?』
「うーん……ありえる……」
記憶共有の術は前世でも使う頻度が少なく、呪文の一部がうろ覚えだった。
しかし無事に発動したため成功したものと安心していたが、まさか気付かぬうちに内心が筒抜けになっていたなんて。
(わたしはマリアベルの心の声、聞こえないのに! 不公平だよ)
『そんなこと、アタクシに言われても困りますわ。それに使いようによっては、念話は便利ですわよ。その身体で喋るよりも遙かに楽でしょうし、人がいるところでも会話できますしね』
(うっ、それはそうだけど……)
『何事も、よい方向に考えた方が生きやすいですわよ。それにアタクシも、極力聞かないように意識をそらしてあげますし』
本当かなぁと、セレスティアは疑いの眼差しを向けた。
(覗きが趣味なのに?)
『だーかーらー! 前にも言いましたけど、人聞きの悪い言い方はやめてくださいまし! アタクシはそんな野暮な妖精じゃありませんわ!』
ふん、と拗ねたように顔をそむけるマリアベル。
『聞かれたくないなら、アナタも努力しなさいな』
(努力って言われても……どうすればいいか分からないよ)
『そうですわねぇ……』
考え込むように斜め上を向いたマリアベルが、『あっ』と呟いた。なにかよい方法を思いついたようだ。
『妖精の中にも、人の心を読める種族がいるんですの。むかーし、その妖精から聞いた話によると、念話っていうのは心を閉ざしたり色々なことを一気に考えたりすると、読めなくなるらしいですわよ』
(心を閉ざす……)
試しにセレスティアは〝聞かれたくない〟と強く念じつつ、『明日の朝ご飯はなにかな』と考えた。
「きこえた?」
『いいえ、まったく』
どうやら意思疎通を拒むと、マリアベルに心の声が届かなくなるようだ。
慣れるまで不便だけれど、一度身につけてしまえば三歳児の舌足らずな口調で話すより便利かもしれない。
長時間スムーズに会話できるようになったことが嬉しくて、セレスティアはマリアベルと念話でさまざまなことを語らった。
やがて心地よい眠気が訪れ、まぶたが重くなっていく。
『おやすみなさい』
マリアベルの優しい声を聞きながら、セレスティアはそのまま夢の世界へ旅立っていった。
꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖
すー、すーと安らかな寝息を立てるセレスティアの姿を、マリアベルは目を細めて眺めていた。
『今日はよく頑張ったわね』
たとえ前世の記憶があろうと、普通の子供より多少思考が大人びていようと、セレスティアという人間はまだ三歳。
長い時を生きるマリアベルからすれば、赤子、いや胎児のようにか弱い存在だ。
それでも小さな身体で、今の自分にできることを一生懸命やろうとしている。
これを偉いと言わずして、なんと言うだろう。
(まぁ、調子に乗るのは目に見えてるから、本人には言わないけれど)
その時、セレスティアが「んんぅ……」と小さく唸り、ころんと寝返りを打って丸くなった。
「むにゃむにゃ……おっきなカニ……ふへへ、おいしいぃ……」
『さっきまでご馳走を堪能していたでしょうに。夢の中でまで食べているの? 筋金入りの食いしん坊ですわね』
ずれた毛布をくわえて掛け直し、起こさないように優しくセレスティアの頭を撫でた。
そしてベッドから床に下り立ち、部屋の出入り口へと向かう。
猫ならではの脚力で飛び上がり、ドアノブに手を引っ掛けて扉を開けると、その隙間からするりと夜の廊下へ出た。
(さてと。おチビさんが寝ている間に、アタクシも一肌脱いであげましょうかね)
アルフレッドとクリスティーヌの離婚を阻止するため、ふたりの仲を深める友好な手立てはないか。情報を求めて屋敷の中を歩き出す。
まず向かったのは、アルフレッドがいると思しき当主の書斎。
廊下の角を曲がって部屋の前まで来ると、タイミングよく扉が開き、アルフレッドが姿を現した。
彼はそのまま淀みのない足取りで進みはじめる。
『ん? こんな時間にどこへ行くのかしら?』
しばらく後ろをついていきながら様子を窺っていたマリアベルは、アルフレッドの行き先を知り、上機嫌に喉を鳴らした。
『あらあら、まぁまぁ。こんな夜更けに……。ふふっ、アナタの頑張りはどうやら無駄じゃなかったみたいですわよ、セレスティア』

