「かすかに感じる、このピリッとした風味が隠し味でしょうか? うーん、なんでしょう。コショウ……とは、少し違う気もしますし……」
「生姜じゃないか?」
「おとうしゃま、だいせいかーい! おそとの、しゅっちょう、さむかったでしょ?」
「ん? あぁ、そうだな。春先とはいえ、日が落ちると肌寒さを感じたな」
「でしょ! からだ、つめたいと、カゼひいちゃう。ぽかぽかに、しなきゃ! くりすちーぬさまもね!」
「え? 私もですか?」
「うん! あたま、なでなでしてくれるとき、おててヒンヤリしてる。だいじょうぶ?」
「ええ、大丈夫ですよ。昔から冷え性で、手足の先が冷たくなってしまうんです。お気遣いありがとうございます、セレスティアさん」
クリスティーヌの言葉にいち早く反応したのはアルフレッドだった。
「君を迎える際に寝具などは春物に替えてしまったが、冷え性であれば寒いだろう。火鉱石を織り込んだ冬物の毛布と敷物を部屋に運ばせよう」
「い、いいえ、そんな……。旦那様のお手を煩わせるわけには……」
「俺はただ手配するだけだ。恐縮する必要はない。君が迷惑だと言うのなら控えるが」
「迷惑だなんて、とんでもないことでございます。お心遣いに感謝いたします、旦那様」
恐縮して頭を下げるクリスティーヌと、軽く頷くアルフレッド。
まだまだ余所余所しいふたりだが、最初の葬式のような雰囲気に比べたら、随分と和やかになった気がする。
(いい感じ、いい感じ! よかった!)
両親の様子を見ていたセレスティアはひとまずホッとして、食事を再開した。まだ手をつけていなかった海鮮スープを器からひと匙すくう。
「ふーっ、ふーっ…………。ん~~、おいしぃ……」
胃に染みわたる、あったかいスープ。
口いっぱいに魚介の旨みが広がり、深呼吸すると柑橘と香草の清々しい香りが鼻から抜けていく。
磯の風味がするのにしつこくなく、後味爽やか。
身体の内側からぽかぽかと温まっていく。
美味しい食事で家族の仲を深めたい──そんなセレスティアの想いに応えて、こんなにも素晴らしい料理に仕上げてくれたシェフには感謝してもしきれない。
あとでお礼を言いにいかないと、そう思いながらセレスティアは極上の味に舌鼓を打った。
(肌寒い春の夜に鍋っていうのも、なかなかいいものですなぁ……)
『なに、ませたこと言っているのよ。……まぁ、人間の料理にしては悪くありませんわね。アタクシはもう少し上品な味が好みですけれど』
セレスティアの器からちゃっかりスープをひと舐めしたマリアベルが、上から目線の感想を呟いた。
しかし辛口な評価に反して、二口、三口と味見が止まらない。
(ちょっと、マリアベル! わたし食べていないのに、減りが早いよ。怪しまれちゃうでしょ!)
『だったらパンなんか食べていないで、スープを飲むふりをなさい!』
(むぅ。だって、このガーリックトースト、にんにくとオリーブオイルがきいてて、魚介スープにすっごく合うんだもん)
『なんですって! そのパンもアタクシに寄越しなさいな!』
(えぇ? 猫が食べても大丈夫なのかな)
『アタクシは猫妖精ですわ! そんじょそこらの猫と一緒にしないでくださいまし!』
(はいはい、分かったよ)
人間と違って、妖精は食事をしなくても生命維持できる。おまけに鉄や鋼といった金属は彼らにとって毒となる場合があるため、人間の作る物に警戒心を抱く者も多い。
そのため、大抵の妖精は料理に手をつけることはない──のだが。
(マリアベルったら、食いしん坊なんだから)
仕方ないなぁと思いながら、セレスティアはガーリックトーストをちぎり、さりげなく皿の端に置いた。
するとすぐさまマリアベルがパクッと食べ、『悪くないわね』と相変わらず偉そうな感想をこぼす。
妖精を認識できない者にはトーストの欠片が忽然と消えたように見えるだろう。
誰かに見咎められやしなかったかと不安になり周囲を伺うも、幸い気付かれた様子はなかった。
ふぅ、よかったと安堵して器を見下ろすと、マリアベルのせいで中身はすっかり空。
おかわりしようか迷いながら器と鍋を交互に見ていると、向かいに座るアルフレッドと視線がぶつかった。
「もう食べ終わったのか?」
「えと……う、うん……。おいしくて……」
「早食いは身体に悪い。まだたくさんあるから、ゆっくり食べなさい」
アルフレッドは無表情で諭しながらも、セレスティアの器に二杯目をよそってくれる。しかも一杯目の時と同じように、固い殻を手際よく外し、子供でも食べやすい剥き身にしてくれた。
「ありがとう、おとうしゃま! えへへ、みんなで、たべると、おいしいね!」
上機嫌な笑顔を向けると、クリスティーヌは「ええ、そうですね」と微笑み、アルフレッドも同意するように頷いた。
「いつもね。ごはん、ひとりでさみしいの……。くりすちーぬさまも、まいにち、おへやでひとり、さみしくない?」
「えっ? 私は……」
クリスティーヌは言葉を呑み込み、戸惑うように目を伏せた。
ともに過ごすようになってまだ一ヶ月も経っていないが、彼女はたびたびこうして、言いたいことを我慢してしまう時がある。
このままでは彼女の感じている不安や息苦しさは、一生アルフレッドには伝わらないだろう。
──そう、それこそ離婚に至るまで、ずっと。
お節介ではあるものの、ここは自分が一肌脱いでクリスティーヌの気持ちを代弁すべきだと、セレスティアは思った。
「くりすちーぬさま。まえに、いってたよね? 『かってなこうどうして、めいわくかけたくない』って」
「えっ、あの、それは……」
「でも、ほら! おそとでても、ぜんぜん、めいわくじゃないっ! いっしょのほうが、たのしい! でしょ?」
「……えぇ、そうですね。一緒に食事を取る方が、楽しいです」
でしょ!と答えたセレスティアは、次いでアルフレッドの方に顔を向けた。
「おとうしゃま、あのね。これからは、みんなで……。かぞく、さんにんで、いっしょに」
──ごはんを、たべたいの。
そう願いを口にしようとした、その時だった。
ダイニングルームの扉が開いたことで、おのずとセレスティアの言葉が途切れ、アルフレッドの視線がそちらへと向けられる。
入室してきたのは家令のジェラールだった。
セレスティアの前では柔和な微笑みを絶やさない『優しいおじいさん』といった印象の彼だが、なにか深刻な問題でも起きたのか、今は緊迫した雰囲気を漂わせていた。

