【完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜


【おとうさま、おかえりなさい。
 おしごと、おつかれさまです!

 かえってきたら、いっしょに、ごはんをたべたいです。
 おはなしも、たくさん、したいです。

 おとうさまの、おかえりなさいのかいと、クリスティーヌさまの、かんげいかいをするので、きてください!
 まってます!】


 内心では微笑ましく思いながらも、アルフレッドの表情は本人の意志に反して、固く強ばっていく。

 感情を表に出すのが壊滅的に不得手。それどころか、心が動けば動くほど無意識に顔が険しくなり、怒っているかのような面持ちになってしまう。

 これは長年にわたって染みついた癖。
 いや、もはや〝呪い〟と言っても過言ではない。


 アルフレッドは由緒正しき公爵家の跡取りになるために産まれ、そして厳しく育てられた。
 母は息を引き取る間際まで、我が子の名に必ず『様』をつけて呼び続けていた。
 
 息子としてではなく、次期当主として。
 常に一線を引いた接し方だった。
 
 アルフレッドが笑うと、母は決まって険しい顔をしてこう咎めたものだ。

『いいですか、アルフレッド様。次期当主たるもの、感情を表に出してはなりません。笑顔など、威厳あるリシャール公爵家当主には不要です。貴方が立派になってくださらなければ、わたくしは〝失敗作〟を産んだと旦那様に叱られてしまいます』
 
 母だけでなく屋敷の誰ひとりとして、幼いアルフレッドを甘やかすことは許されなかった。
 なにせ絶対的権力を持つ父──前リシャール公爵が、感情に左右されない強い跡取り息子を欲していたからだ。

『アルフレッド、よく覚えておきなさい。お前の存在意義は、この家をさらなる繁栄に導くことだけだ。それができなければ、お前にはなんの価値もない。母親とともに路頭に迷いたくはないだろう?』

 泣くな。
 笑うな。
 弱さを見せるな。
 周囲に付け入る隙を与えるな。

 両親の英才教育は、アルフレッドに次期当主としての才覚を芽生えさせた。
 しかしその一方で、子供らしい感性や幼少期の幸せな思い出、そして人として本来備わるべき当たり前の感情表現を、容赦なく奪っていった。

 やがてアルフレッドも子を持つ親の立場となり、娘を怖がらせてしまうようになるにつれ、何度思ったことだろうか。

 自分がもっと、いい親だったら。
 普通の父親だったら。
 娘をもっと幸せにしてやれるのに──と。

 しかし、ひそかな努力も虚しく、無表情で心を覆い隠してしまう呪いはいまだ解けない。
 娘の行動を微笑ましい、愛おしいと想えば想うほど、意思とは裏腹に厳しい表情になってしまうのだ。

 そのたびにセレスティアが怯えるのが痛ましく、眠っている時にそっと頭を撫でることはあっても、起きている時にはなるべく顔を合わせないようになった。

 そうして今日まで、父娘(おやこ)はほとんど関わりのないまま過ごしてきたのである。


「……様? 旦那様!」

 呼びかけに顔を上げると、ジェラールが眉を寄せて案じるようにアルフレッドを見つめていた。

「何度お呼びしても反応がございませんでしたので、心配いたしました。お加減が悪いのですか?」

「いや、少し考え事をしていただけだ。問題ない」

「でしたら、よいのですが……。視察からお戻りになったばかりですし、お疲れでしょう。お嬢様とのお食事会は、いかがなさい──」

「問題ない。行くと伝えてくれ」

 言葉を遮るように即答すれば、ジェラールは一瞬目をまたたかせ、それから柔和な微笑を浮かべた。

「承知いたしました。お嬢様もさぞお喜びになることでしょう」

「……だと、いいが」

 歯切れの悪い返答から、アルフレッドの父親としての自信のなさが伝わったのだろう。ジェラールが「実は」と前置きした上で、穏やかに話しはじめる。

「家令室にお越しになった日から、お嬢様はたびたび厨房へ足をお運びになっておりました」

「厨房に? 何用だ」

「料理長に伺いましたところ、視察帰りでお疲れの旦那様と、嫁いできたばかりで心労の多い奥様のために、晩餐会の計画を熱心に立てておられたそうです。『お父様、早く帰ってこないかな』と、しきりに口になさっていたようですよ」

「そうか……俺の帰りを、待ち望んでいてくれたのか……」

 鋭さを増していく顔つきとは裏腹に、胸の奥はじんわりと温かくなっていく。

「これは是が非でも、急ぎの仕事を終わらせなければいけないな」

 さっそく手元の資料に目を通しはじめる。
 
 その面持ちはいつもと変わらぬ無表情。
 だが紙の上を滑るペンは、おどるように軽やかだった。