さすが交易都市だ。
どこも活気にあふれ、夜市では食事中の冒険者や商人の姿も多い。
辺りを漂う香ばしい匂いに誘われるようにして足を踏み出すと、路地裏から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
イェレミアスは足音を立てないように細心の注意を払い、近づく。ちょうど手前にあった大きな樽から顔を覗かせ、耳を澄ます。
「そんなの知らない! 僕は元の世界に戻りたいだけだ! いきなり異世界に連れてこられて迷惑してるんだから」
見慣れない白い上下の服を着た少女が叫んでいる。
(なっ……今、異世界と言ったか!?)
淡い栗色の髪は肩にかからない程度で揃えられ、ゆるやかな癖がついていて綿菓子のようだ。色白の少女は大柄な男にも物怖じせず、きっと睨みつけている。
その漆黒の瞳は、意志の強さを感じさせた。
命令に慣れた為政者を彷彿とさせる冷ややかな視線に、対峙する男がわずかにたじろぐ。男がぎゅっと拳を握りしめた。
(暴力沙汰になってはマズい。早く彼女を保護せねば……っ)
イェレミアスは急いで二人の間に割り込む。
微笑みながら、少女の見えない角度で大柄な男に銀貨を握らせた。
「失礼、俺の連れです。どうか、この場は収めてくれませんか?」
「ちっ……! 次から気をつけるんだな!」
捨て台詞を吐いたあと、その場に残されたのは異世界の少女とイェレミアスだけだ。少女は身構えたまま、じっとこちらを見つめている。
警戒心の強い猫みたいだと思ってしまう。
イェレミアスは相手を刺激しないよう、穏やかな声で端的に質問した。
「失礼ですが、あなたは異世界人でいらっしゃいますか?」
「そうだよ。見ればわかるでしょ? 服装だって全然違うんだし」
確かに、彼女の着ている服は見たことのない学生服だ。少なくとも、この国のものではない。
「……いつ、この世界に渡ってこられたかはわかりますか?」
「今日だよ! 購買で買った焼きそばコロッケパンを食べようと口を開けた途端、なんかこうピカッて光って。これ絶対やばいやつだって直感したんだ。だから必死に逃げたのに、光がしつこく追いかけてきて……気づいたらここにいたんだよ!」
少女がばっと腕を振り、懸命に訴える。
その瞬間、イェレミアスはすべてを悟った。そして片手で顔を覆った。
「すみません。その原因は俺です」
「…………は?」
「俺が聖女召喚の儀式を執り行いました。魔方陣は光りましたが、なぜか聖女様のお姿が見えず、てっきり儀式は失敗したと思っていたのです」
「ちょっと待って。聖女って言った? まさか、僕のことを言ってる?」
訝しむ視線を向けられた。気持ちはわかる。
聖女召喚の儀式は、世界を救うためという大義名分があるものの、実質は誘拐である。太古から伝わる魔方陣を使い、異世界から聖女にふさわしい少女を強制的に連れ去るのだ。正常な人から見れば、どう見ても誘拐罪に他ならない。
逆の立場なら、怒り狂ってもおかしくない場面だ。
(経緯はどうであれ、俺が異世界に召喚したのは事実。魔方陣の上に現れていればその場で説明できたが、彼女は自分がなぜここにいるのかを知らない。これは俺の責任だ)
召喚魔法を使ったのは、他ならぬイェレミアスである。
説明義務は果たさなければならない。
「あなたは優れた聖魔法の使い手、この世界に光を取り戻せる唯一無二の御方。魔の力が抑えられなくなったとき、異世界から聖女様をお招きすることになっています」
「僕が聖女? ないないない。魔法なんて見たことも使ったこともないし。異世界人ではあるけど、僕が世界を救うとかあり得ないから」
「召喚されたばかりの聖女様が戸惑うのも無理はないでしょう。大丈夫です。まだ力の使い方を知らないだけです。あなたの存在に国中が安堵することでしょう。聖女様は我らの希望の光ですから」
不安を和らげようと真摯に伝えたつもりだったが、聖女はうんざりした顔でため息をつく。
「やだよ、無関係な人間に責任を押しつけないで。僕にそんな義務はない。それに、聖女ってことはあれでしょ? 魔王を倒すやつでしょ?」
「いいえ。魔王はいませんよ」
「……え? 地道に旅をしながらレベルアップしていって魔王を倒せば終わり、っていう話じゃないの?」
「違います。各地域に魔力汚染で変質した魔獣の主が出没しています。変種の魔獣は非常に凶暴で、討伐は至難の業です。聖女様は各地の魔獣を殲滅していき、穢れた大地をすべて清めたら旅はおしまいです」
イェレミアスが説明し終えると、聖女の頬が若干引きつっていた。
「へ、へぇ~。そうなんだ。なんか意外」
「とにかく、聖女様がいらっしゃる事実を国王陛下に報告せねば。まずはお召し替えが必要ですね。聖女様にふさわしい美しい衣装を用意し…………」
「どうしたの、固まって」
どこも活気にあふれ、夜市では食事中の冒険者や商人の姿も多い。
辺りを漂う香ばしい匂いに誘われるようにして足を踏み出すと、路地裏から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
イェレミアスは足音を立てないように細心の注意を払い、近づく。ちょうど手前にあった大きな樽から顔を覗かせ、耳を澄ます。
「そんなの知らない! 僕は元の世界に戻りたいだけだ! いきなり異世界に連れてこられて迷惑してるんだから」
見慣れない白い上下の服を着た少女が叫んでいる。
(なっ……今、異世界と言ったか!?)
淡い栗色の髪は肩にかからない程度で揃えられ、ゆるやかな癖がついていて綿菓子のようだ。色白の少女は大柄な男にも物怖じせず、きっと睨みつけている。
その漆黒の瞳は、意志の強さを感じさせた。
命令に慣れた為政者を彷彿とさせる冷ややかな視線に、対峙する男がわずかにたじろぐ。男がぎゅっと拳を握りしめた。
(暴力沙汰になってはマズい。早く彼女を保護せねば……っ)
イェレミアスは急いで二人の間に割り込む。
微笑みながら、少女の見えない角度で大柄な男に銀貨を握らせた。
「失礼、俺の連れです。どうか、この場は収めてくれませんか?」
「ちっ……! 次から気をつけるんだな!」
捨て台詞を吐いたあと、その場に残されたのは異世界の少女とイェレミアスだけだ。少女は身構えたまま、じっとこちらを見つめている。
警戒心の強い猫みたいだと思ってしまう。
イェレミアスは相手を刺激しないよう、穏やかな声で端的に質問した。
「失礼ですが、あなたは異世界人でいらっしゃいますか?」
「そうだよ。見ればわかるでしょ? 服装だって全然違うんだし」
確かに、彼女の着ている服は見たことのない学生服だ。少なくとも、この国のものではない。
「……いつ、この世界に渡ってこられたかはわかりますか?」
「今日だよ! 購買で買った焼きそばコロッケパンを食べようと口を開けた途端、なんかこうピカッて光って。これ絶対やばいやつだって直感したんだ。だから必死に逃げたのに、光がしつこく追いかけてきて……気づいたらここにいたんだよ!」
少女がばっと腕を振り、懸命に訴える。
その瞬間、イェレミアスはすべてを悟った。そして片手で顔を覆った。
「すみません。その原因は俺です」
「…………は?」
「俺が聖女召喚の儀式を執り行いました。魔方陣は光りましたが、なぜか聖女様のお姿が見えず、てっきり儀式は失敗したと思っていたのです」
「ちょっと待って。聖女って言った? まさか、僕のことを言ってる?」
訝しむ視線を向けられた。気持ちはわかる。
聖女召喚の儀式は、世界を救うためという大義名分があるものの、実質は誘拐である。太古から伝わる魔方陣を使い、異世界から聖女にふさわしい少女を強制的に連れ去るのだ。正常な人から見れば、どう見ても誘拐罪に他ならない。
逆の立場なら、怒り狂ってもおかしくない場面だ。
(経緯はどうであれ、俺が異世界に召喚したのは事実。魔方陣の上に現れていればその場で説明できたが、彼女は自分がなぜここにいるのかを知らない。これは俺の責任だ)
召喚魔法を使ったのは、他ならぬイェレミアスである。
説明義務は果たさなければならない。
「あなたは優れた聖魔法の使い手、この世界に光を取り戻せる唯一無二の御方。魔の力が抑えられなくなったとき、異世界から聖女様をお招きすることになっています」
「僕が聖女? ないないない。魔法なんて見たことも使ったこともないし。異世界人ではあるけど、僕が世界を救うとかあり得ないから」
「召喚されたばかりの聖女様が戸惑うのも無理はないでしょう。大丈夫です。まだ力の使い方を知らないだけです。あなたの存在に国中が安堵することでしょう。聖女様は我らの希望の光ですから」
不安を和らげようと真摯に伝えたつもりだったが、聖女はうんざりした顔でため息をつく。
「やだよ、無関係な人間に責任を押しつけないで。僕にそんな義務はない。それに、聖女ってことはあれでしょ? 魔王を倒すやつでしょ?」
「いいえ。魔王はいませんよ」
「……え? 地道に旅をしながらレベルアップしていって魔王を倒せば終わり、っていう話じゃないの?」
「違います。各地域に魔力汚染で変質した魔獣の主が出没しています。変種の魔獣は非常に凶暴で、討伐は至難の業です。聖女様は各地の魔獣を殲滅していき、穢れた大地をすべて清めたら旅はおしまいです」
イェレミアスが説明し終えると、聖女の頬が若干引きつっていた。
「へ、へぇ~。そうなんだ。なんか意外」
「とにかく、聖女様がいらっしゃる事実を国王陛下に報告せねば。まずはお召し替えが必要ですね。聖女様にふさわしい美しい衣装を用意し…………」
「どうしたの、固まって」



