一日がかりのお祭り騒ぎのバレーボール大会が終わった。
一学年の男子優勝チームは、なんとうちのクラスだった。
うちのチームは、比較的運動神経のいいやつが集まっていたし(おれはともかくとして)、何より絶対的なエース、王太陽の存在が大きかった。
太陽は、決勝までずっと出ずっぱりの活躍しっぱなしだった。
おれは、ボールの顔面直撃以降、出番はなかったけれど、代わりにたくさんの声援をチームに送った。
「優勝だー!」
閉会式のあと、教室に戻ると、クラスメイトたちがあらためて歓声をあげる。
酔っぱらいの集団さながらの大騒ぎだった。
「りっくん!」
加賀くんが、声を弾ませた。
「顔面レシーブ、伝説になるな!」
どっと笑いが起こる。
でも、からかわれたって、なんてことなかった。
途中退場にはなってしまったけれど、ちゃんと試合に出た。
拾える限り、ボールを拾った。
ほんの少しだけれど、チームに貢献できた。
おれの充足感も大きかった。
ひとえに、手取り足取りていねいに教えてくれた、太陽のおかげだ。
「みんなで打ち上げやろうぜ!」
希里くんが言い出して、男子も女子も嬉々として口々に同意する。
けれど。
「悪い。おれは、パス」
お祭りムードに水を差したのは、誰あろう、主役のはずの太陽だった。
「張り切り過ぎて、腰が痛い」
うそかほんとかわからない言い訳に、周囲の雰囲気が微妙になりかけたとき、
「いーじゃん、おれらだけで打ち上げすれば!」
大声でそう言ったのは、あっくんだった。
「腰痛いやつは、さっさと家帰れ。他にも調子悪いひと、いるー?」
太陽を気遣ったのだろう、あえて悪ぶってあっくんが言う。
「……ごめん。おれも、パスする」
声を潜めて言ったら、わかったというようにあっくんが深く頷いた。
優勝祝賀会に出席する面々は、にぎやかに連れだって教室を出ていった。
加賀くんも希里くんも、おれに目配せして行ってしまった。
静かになった教室には、おれと太陽のふたりだけが残された。
「──今日の太陽さ」
おれは、椅子に座っている太陽に声をかけた。
夕方の日差しが、窓枠の影を、長く斜めに落としている。
ちょっと迷ってから、照れを押し隠してつづけた。
「すごいカッコよかった」
すると、こちらを見た太陽が、意外そうに軽く目を見開いた。
おれは、がんばって、つづけた。
「太陽はいつもカッコいいけど、今日は特別だった」
「……」
「おれ、たくさん応援したんだよ。聞こえなかっただろうけどさ。女の子の声にかきけされて」
「応援、してくれたの……?」
おれは、こくん、と頷いた。
「応援したけど、周囲の圧には負けた。女の子たち、すごかったもんな」
「……」
「太陽、これからもっとモテモテになるな。今までだって、すごくモテてたのに」
言いながら、少し胸をしめつけられるようだった。
それでも、おれは、笑って言った。
「優勝おめでとう」
太陽は、こちらを凝視している。
おれは、恥ずかしくなって、目線を落とす。
やがて、
「今日さ……」
太陽が、ぽつりと言った。
「おれ、すげーいやだった。いろんなやつが、律のこと、ベタベタさわるの」
今度は、おれが太陽を見つめる番だった。
「律にも少し怒ってた。さわらせるなよって」
太陽がはにかんだように眼差しを細めて、微苦笑する。
「器がちっちゃいな、おれ」
「……」
「醍醐にも、腹立ててたし。あいつと律って、たぶん気が合うのわかるし」
「……」
「嫌なヤツじゃないからさ、醍醐って。バカだけど。でも、正直なかよくなってほしくないし。律の一番は、おれでいたいし……」
太陽の口元の笑みが、自嘲的なものになる。
「おれ、子供だな」
なんだか胸がつまって、おれは、太陽のそばに寄った。
「おれの一番は、太陽だよ」
「……本当?」
素直な瞳──それこそ犬みたいな無垢な瞳で見てくる太陽の頭を、そうっと抱きしめずにはいられなかった。
「本当だってば。信じろよ」
太陽が、その両腕を、おれの腰にまわした。
「それだったら、いいかな。おれと律の好きがちがっても……」
「……」
「ぜいたく言わないよ。友だちでいいよ。一番でいられるなら」
太陽が、おれの胸のなかで目を閉じるのがわかった。
おれは、声を失った。
鼓動が少しずつ大きさと速さを増す。
このどきどきが太陽に聞こえたらどうしよう。
思わず、太陽から身体をいくぶん離しかけた。
そうしたら、太陽が言った。
「やっぱりダメ? そういう意味で好きなのは、ダメ? 怖い? 気持ち悪い?」
おれは、すぐには言葉が見つからなくて──気づいたら、太陽を叱り飛ばしていた。
「バカ! そんなこと、あるわけないだろ。気持ち悪いわけないだろ!」
「でも、おれたちって、男同士じゃん……」
「そんなの関係ないよ。男とか女とか、どうでもいいよ。おれだって、太陽が好きだよ」
「……うそ」
「うそじゃないってば! おれだって、太陽の一番じゃなくなるの、いやなんだよ」
「……」
「相手が女の子でも男でも、太陽とられたくないんだよ。おれだって、太陽の一番でいたいんだよ」
「……信じて、いいの?」
「信じろよ。てか、信じないでどうするよ」
太陽が、おれの身体にまわした両腕に、力を入れる。
「りつ、りつ、りつ」
おれも、太陽を抱きしめる手に力を入れた。
「りつ、好き。大好き」
おれは、太陽の背中を、やさしくとんとんした。
言ってしまったなあと思っていた。
勢いのまま、口から勝手に出てしまった。
早まったか、なんて思いながらも、胸の内がくすぐったくてたまらなかった。
「でも、さ」
おれは、言った。
「少しずつ、でいい?」
「少しずつ?」
「少しずつ、ゆっくりやっていこう。あんまり急がないで、のんびりさ」
おれの胸のなかで、太陽が笑った。
「うん。ゆっくり、のんびりね」
ゆっくり、のんびり。
おれたちふたりに似つかわしい速度で。
律、と太陽が顔をあげた。
「これからやろう。ふたりで、打ち上げ」
いたずらっぽい太陽の眼差しに、おれも、笑って応えた。
「やろう」
「そうと決まったら──」
おれは、腕から太陽を解放した。
「誰にも見つからないとこ行こう」
そう言って、椅子から立ち上がった太陽が、おれの手首を取った。
「どこ行くの?」
「ないしょ」
太陽が、機嫌よさそうにウインクする。
それから、おれたちふたりは、足早に教室から出ていった。
一学年の男子優勝チームは、なんとうちのクラスだった。
うちのチームは、比較的運動神経のいいやつが集まっていたし(おれはともかくとして)、何より絶対的なエース、王太陽の存在が大きかった。
太陽は、決勝までずっと出ずっぱりの活躍しっぱなしだった。
おれは、ボールの顔面直撃以降、出番はなかったけれど、代わりにたくさんの声援をチームに送った。
「優勝だー!」
閉会式のあと、教室に戻ると、クラスメイトたちがあらためて歓声をあげる。
酔っぱらいの集団さながらの大騒ぎだった。
「りっくん!」
加賀くんが、声を弾ませた。
「顔面レシーブ、伝説になるな!」
どっと笑いが起こる。
でも、からかわれたって、なんてことなかった。
途中退場にはなってしまったけれど、ちゃんと試合に出た。
拾える限り、ボールを拾った。
ほんの少しだけれど、チームに貢献できた。
おれの充足感も大きかった。
ひとえに、手取り足取りていねいに教えてくれた、太陽のおかげだ。
「みんなで打ち上げやろうぜ!」
希里くんが言い出して、男子も女子も嬉々として口々に同意する。
けれど。
「悪い。おれは、パス」
お祭りムードに水を差したのは、誰あろう、主役のはずの太陽だった。
「張り切り過ぎて、腰が痛い」
うそかほんとかわからない言い訳に、周囲の雰囲気が微妙になりかけたとき、
「いーじゃん、おれらだけで打ち上げすれば!」
大声でそう言ったのは、あっくんだった。
「腰痛いやつは、さっさと家帰れ。他にも調子悪いひと、いるー?」
太陽を気遣ったのだろう、あえて悪ぶってあっくんが言う。
「……ごめん。おれも、パスする」
声を潜めて言ったら、わかったというようにあっくんが深く頷いた。
優勝祝賀会に出席する面々は、にぎやかに連れだって教室を出ていった。
加賀くんも希里くんも、おれに目配せして行ってしまった。
静かになった教室には、おれと太陽のふたりだけが残された。
「──今日の太陽さ」
おれは、椅子に座っている太陽に声をかけた。
夕方の日差しが、窓枠の影を、長く斜めに落としている。
ちょっと迷ってから、照れを押し隠してつづけた。
「すごいカッコよかった」
すると、こちらを見た太陽が、意外そうに軽く目を見開いた。
おれは、がんばって、つづけた。
「太陽はいつもカッコいいけど、今日は特別だった」
「……」
「おれ、たくさん応援したんだよ。聞こえなかっただろうけどさ。女の子の声にかきけされて」
「応援、してくれたの……?」
おれは、こくん、と頷いた。
「応援したけど、周囲の圧には負けた。女の子たち、すごかったもんな」
「……」
「太陽、これからもっとモテモテになるな。今までだって、すごくモテてたのに」
言いながら、少し胸をしめつけられるようだった。
それでも、おれは、笑って言った。
「優勝おめでとう」
太陽は、こちらを凝視している。
おれは、恥ずかしくなって、目線を落とす。
やがて、
「今日さ……」
太陽が、ぽつりと言った。
「おれ、すげーいやだった。いろんなやつが、律のこと、ベタベタさわるの」
今度は、おれが太陽を見つめる番だった。
「律にも少し怒ってた。さわらせるなよって」
太陽がはにかんだように眼差しを細めて、微苦笑する。
「器がちっちゃいな、おれ」
「……」
「醍醐にも、腹立ててたし。あいつと律って、たぶん気が合うのわかるし」
「……」
「嫌なヤツじゃないからさ、醍醐って。バカだけど。でも、正直なかよくなってほしくないし。律の一番は、おれでいたいし……」
太陽の口元の笑みが、自嘲的なものになる。
「おれ、子供だな」
なんだか胸がつまって、おれは、太陽のそばに寄った。
「おれの一番は、太陽だよ」
「……本当?」
素直な瞳──それこそ犬みたいな無垢な瞳で見てくる太陽の頭を、そうっと抱きしめずにはいられなかった。
「本当だってば。信じろよ」
太陽が、その両腕を、おれの腰にまわした。
「それだったら、いいかな。おれと律の好きがちがっても……」
「……」
「ぜいたく言わないよ。友だちでいいよ。一番でいられるなら」
太陽が、おれの胸のなかで目を閉じるのがわかった。
おれは、声を失った。
鼓動が少しずつ大きさと速さを増す。
このどきどきが太陽に聞こえたらどうしよう。
思わず、太陽から身体をいくぶん離しかけた。
そうしたら、太陽が言った。
「やっぱりダメ? そういう意味で好きなのは、ダメ? 怖い? 気持ち悪い?」
おれは、すぐには言葉が見つからなくて──気づいたら、太陽を叱り飛ばしていた。
「バカ! そんなこと、あるわけないだろ。気持ち悪いわけないだろ!」
「でも、おれたちって、男同士じゃん……」
「そんなの関係ないよ。男とか女とか、どうでもいいよ。おれだって、太陽が好きだよ」
「……うそ」
「うそじゃないってば! おれだって、太陽の一番じゃなくなるの、いやなんだよ」
「……」
「相手が女の子でも男でも、太陽とられたくないんだよ。おれだって、太陽の一番でいたいんだよ」
「……信じて、いいの?」
「信じろよ。てか、信じないでどうするよ」
太陽が、おれの身体にまわした両腕に、力を入れる。
「りつ、りつ、りつ」
おれも、太陽を抱きしめる手に力を入れた。
「りつ、好き。大好き」
おれは、太陽の背中を、やさしくとんとんした。
言ってしまったなあと思っていた。
勢いのまま、口から勝手に出てしまった。
早まったか、なんて思いながらも、胸の内がくすぐったくてたまらなかった。
「でも、さ」
おれは、言った。
「少しずつ、でいい?」
「少しずつ?」
「少しずつ、ゆっくりやっていこう。あんまり急がないで、のんびりさ」
おれの胸のなかで、太陽が笑った。
「うん。ゆっくり、のんびりね」
ゆっくり、のんびり。
おれたちふたりに似つかわしい速度で。
律、と太陽が顔をあげた。
「これからやろう。ふたりで、打ち上げ」
いたずらっぽい太陽の眼差しに、おれも、笑って応えた。
「やろう」
「そうと決まったら──」
おれは、腕から太陽を解放した。
「誰にも見つからないとこ行こう」
そう言って、椅子から立ち上がった太陽が、おれの手首を取った。
「どこ行くの?」
「ないしょ」
太陽が、機嫌よさそうにウインクする。
それから、おれたちふたりは、足早に教室から出ていった。
