バレーボール大会当日。
おれは、朝から、クラスメイトに声をかけられまくっていた。
「全然顔ちがうじゃん、佐久間!」
「えー、めっちゃかわいい!」
「そんな美少年だったの?」
ちっこいおれの頭を撫でようと、何本もの片腕が伸ばされる。
いちいち断るのが面倒くさくて、おれは、おとなしく、撫でられるがままになっていた。
今日のおれは裸眼、つまり、メガネではなく、コンタクトで登校していた。
もちろん、バレーボール大会のためだ。
この日のために、太陽から特訓を受け、たくさんの時間を練習に費やしてきた。
おかげで、少しなら、自信がついた。
ボールを拾って、拾って、拾いまくるぞ!
意気込んでいるおれの隣で、けれど、太陽は、なんだかおとなしかった。
うすぼんやりしているというか、いまいち精彩を欠いていた。
ちょっと気になって、太陽の着ているピンクの半袖Tシャツの袖を引っ張った。
「……どうした?」
太陽が、こっちを見る。
その表情は、ふだんとなんら変わりはない。
「……優勝、狙おう」
おれが言うと、太陽は、いつもの明るい笑顔を見せた。
「そうだな」
太陽はそう言って、おれの頭を何度かポンポンたたいた。
晴天のもと、開会式が終わると、さっそくゲームが始まった。
グラウンドに作られたいく面ものコートから、賑やかな歓声があがる。
試合は、まず一学年をふたつのグループにわけ、そこから総当たり戦をやる。
結果、勝ったチームは準決勝にすすみ、以降は、トーナメント戦になる。
第一試合を、おれたちのクラスは危なげなく勝った。
第二試合には、名簿順で、太陽や加賀くんが出場した。
さすがは、腐っても鯛、週イチでもバレーボール部員。
太陽の動きは、にわか仕立てのチームのなかで、一際鮮やかだった。
アタックを何度も決め、そのたびに、周囲がわっと盛り上がる。
気付けば、太陽たち、うちのクラスのチームが試合をしているコートは、たくさんのギャラリーに取り囲まれていた。
そのほとんどが女の子たちだ。
赤だの青だの緑だの、それぞれのチームカラーのTシャツ姿で、大きな声援をおくっている。
「王くーん」
「がんばってー!」
「太陽ー!」
今さらながら、イケメン一軍男子、王太陽の人気ぶりを改めて認識させられた。
おれの隣にいた、一際小柄な女の子は、祈るように両手を組んで、一心にコートを見つめている。
その唇から、ちいさくもれた名前。
「……王くん」
その声が、なぜか胸に刺さった。
べつに、太陽がモテるなんて、今さらの話だ。
そんなこと、おれが一番よく知っている。
入学してからずっと、太陽のまわりには人が集まっていたし、女の子に騒がれることなんて日常茶飯事だった。
なのに。
どうして今日は、こんなに落ち着かないんだろう。
「きゃー!」
歓声があがる。
太陽がまた一本、鋭いアタックを決めた。
ネット際で跳ぶ姿は、やっぱり格好いい。
長い手足がしなやかに伸びて、空中で一瞬止まったみたいに見える。
「ナイス、太陽!」
声をかけた加賀くんと、太陽は笑ってハイタッチを交わす。
その笑顔に、また周囲がざわつく。
おれは、なんとなく視線を逸らした。
気持ちがそわそわして、たまらずに、その場を離れた。
グラウンドの端に向かって歩く。
歓声が、少しずつ遠ざかっていく。
おれは無意識に、自分のTシャツの裾をぎゅっと握る。
自分でも、よくわからなかった。
太陽が人気者なのは知っている。
そんなの、最初からわかっていた。
太陽とおれじゃ、釣り合いがとれてないことだってわかっていた。
それなのに。
知らない女の子が太陽の名前を口にしただけで、胸の奥がざわついて、気持ちが乱される。
小さく息を吐く。
グラウンドの隅では、出番を終えた生徒や次の試合を待つ生徒たちが、スポーツドリンクを飲んだりしながら、おしゃべりをしている。
遠くでホイッスルが鳴る。
ぼんやりした頭のまま、うつむき加減に歩いていたら、どん、と誰かにぶつかった。
「わっ」
よろけたおれの腕を、相手が反射的につかむ。
「悪い」
低い声。
顔をあげたら、醍醐くんだった。
青いTシャツ姿。
その目が、軽く見開かれる。
「エミ──」
言いかけて、けれど、醍醐はその先を飲み込んだ。
「いや……佐久間、くん」
「なんか、すいません。通行の邪魔して」
おれは、頭を下げた。
醍醐は、いや、とちいさくつぶやくと、
「佐久間くんは、出番は? 終わった?」
おれは、かぶりを振った。
「これから……。第三試合に……」
「第三試合? じゃあ、おれたち、対戦するんだね」
おれは、醍醐の顔をまじまじと見つめてしまった。
「え、そうなの?」
「そうだよ。おれ、5組だし」
おれは、醍醐の顔を見上げたまま、一歩後ずさった。
「……醍醐くんって、バレーの経験者だったりする?」
「小学生のときね、クラブでやってた」
思わず息をのんだおれに気付いたのか、醍醐は、その切れ長の眼差しを和らげた。
「大丈夫。佐久間くん相手に、そんな本気でスパイクしたりしないから」
「……本当?」
情けなくも聞き返したおれに、醍醐は、より一層やさしく、頷いてみせた。
「そろそろ行った方がいいかも。前の試合、終わってるかもしれないし」
おれの右の手首を、醍醐が取る。
「行こう」
一緒に歩きだそうとしたところへ、前方から、人波をかき分けて、太陽が走ってきた。
「──律!」
つづく
おれは、朝から、クラスメイトに声をかけられまくっていた。
「全然顔ちがうじゃん、佐久間!」
「えー、めっちゃかわいい!」
「そんな美少年だったの?」
ちっこいおれの頭を撫でようと、何本もの片腕が伸ばされる。
いちいち断るのが面倒くさくて、おれは、おとなしく、撫でられるがままになっていた。
今日のおれは裸眼、つまり、メガネではなく、コンタクトで登校していた。
もちろん、バレーボール大会のためだ。
この日のために、太陽から特訓を受け、たくさんの時間を練習に費やしてきた。
おかげで、少しなら、自信がついた。
ボールを拾って、拾って、拾いまくるぞ!
意気込んでいるおれの隣で、けれど、太陽は、なんだかおとなしかった。
うすぼんやりしているというか、いまいち精彩を欠いていた。
ちょっと気になって、太陽の着ているピンクの半袖Tシャツの袖を引っ張った。
「……どうした?」
太陽が、こっちを見る。
その表情は、ふだんとなんら変わりはない。
「……優勝、狙おう」
おれが言うと、太陽は、いつもの明るい笑顔を見せた。
「そうだな」
太陽はそう言って、おれの頭を何度かポンポンたたいた。
晴天のもと、開会式が終わると、さっそくゲームが始まった。
グラウンドに作られたいく面ものコートから、賑やかな歓声があがる。
試合は、まず一学年をふたつのグループにわけ、そこから総当たり戦をやる。
結果、勝ったチームは準決勝にすすみ、以降は、トーナメント戦になる。
第一試合を、おれたちのクラスは危なげなく勝った。
第二試合には、名簿順で、太陽や加賀くんが出場した。
さすがは、腐っても鯛、週イチでもバレーボール部員。
太陽の動きは、にわか仕立てのチームのなかで、一際鮮やかだった。
アタックを何度も決め、そのたびに、周囲がわっと盛り上がる。
気付けば、太陽たち、うちのクラスのチームが試合をしているコートは、たくさんのギャラリーに取り囲まれていた。
そのほとんどが女の子たちだ。
赤だの青だの緑だの、それぞれのチームカラーのTシャツ姿で、大きな声援をおくっている。
「王くーん」
「がんばってー!」
「太陽ー!」
今さらながら、イケメン一軍男子、王太陽の人気ぶりを改めて認識させられた。
おれの隣にいた、一際小柄な女の子は、祈るように両手を組んで、一心にコートを見つめている。
その唇から、ちいさくもれた名前。
「……王くん」
その声が、なぜか胸に刺さった。
べつに、太陽がモテるなんて、今さらの話だ。
そんなこと、おれが一番よく知っている。
入学してからずっと、太陽のまわりには人が集まっていたし、女の子に騒がれることなんて日常茶飯事だった。
なのに。
どうして今日は、こんなに落ち着かないんだろう。
「きゃー!」
歓声があがる。
太陽がまた一本、鋭いアタックを決めた。
ネット際で跳ぶ姿は、やっぱり格好いい。
長い手足がしなやかに伸びて、空中で一瞬止まったみたいに見える。
「ナイス、太陽!」
声をかけた加賀くんと、太陽は笑ってハイタッチを交わす。
その笑顔に、また周囲がざわつく。
おれは、なんとなく視線を逸らした。
気持ちがそわそわして、たまらずに、その場を離れた。
グラウンドの端に向かって歩く。
歓声が、少しずつ遠ざかっていく。
おれは無意識に、自分のTシャツの裾をぎゅっと握る。
自分でも、よくわからなかった。
太陽が人気者なのは知っている。
そんなの、最初からわかっていた。
太陽とおれじゃ、釣り合いがとれてないことだってわかっていた。
それなのに。
知らない女の子が太陽の名前を口にしただけで、胸の奥がざわついて、気持ちが乱される。
小さく息を吐く。
グラウンドの隅では、出番を終えた生徒や次の試合を待つ生徒たちが、スポーツドリンクを飲んだりしながら、おしゃべりをしている。
遠くでホイッスルが鳴る。
ぼんやりした頭のまま、うつむき加減に歩いていたら、どん、と誰かにぶつかった。
「わっ」
よろけたおれの腕を、相手が反射的につかむ。
「悪い」
低い声。
顔をあげたら、醍醐くんだった。
青いTシャツ姿。
その目が、軽く見開かれる。
「エミ──」
言いかけて、けれど、醍醐はその先を飲み込んだ。
「いや……佐久間、くん」
「なんか、すいません。通行の邪魔して」
おれは、頭を下げた。
醍醐は、いや、とちいさくつぶやくと、
「佐久間くんは、出番は? 終わった?」
おれは、かぶりを振った。
「これから……。第三試合に……」
「第三試合? じゃあ、おれたち、対戦するんだね」
おれは、醍醐の顔をまじまじと見つめてしまった。
「え、そうなの?」
「そうだよ。おれ、5組だし」
おれは、醍醐の顔を見上げたまま、一歩後ずさった。
「……醍醐くんって、バレーの経験者だったりする?」
「小学生のときね、クラブでやってた」
思わず息をのんだおれに気付いたのか、醍醐は、その切れ長の眼差しを和らげた。
「大丈夫。佐久間くん相手に、そんな本気でスパイクしたりしないから」
「……本当?」
情けなくも聞き返したおれに、醍醐は、より一層やさしく、頷いてみせた。
「そろそろ行った方がいいかも。前の試合、終わってるかもしれないし」
おれの右の手首を、醍醐が取る。
「行こう」
一緒に歩きだそうとしたところへ、前方から、人波をかき分けて、太陽が走ってきた。
「──律!」
つづく
