やばい。
まずい。
どうしよう。
王太陽が、ゴールデンレトリーバーに見えなくなってしまった──。
毎年梅雨入り直前のシーズンに開催されるというバレーボール大会が、今年もあった。
学年別、クラス別、男女別で行われるそれは、文化祭に並ぶ、うちの学校の一大イベントだ。
そもそも、うちの学校は、体育祭をやらない。
理由は簡単で、一面人工芝を敷き詰めたグラウンドが、生徒の人数に比して、狭いから。
その代わりがバレーボール大会という訳だ。
クラスマッチのいわばお祭りなので、大会が近づくと、自主的に練習に励む生徒が多い。
かくいう、太陽をはじめとしたおれたちグループも、昼休みと朝の始業前を練習時間にあてていた。
コーチは、バレーボール部員の太陽。
ちっちゃいおれは、レシーブ専門のリベロとして、奮闘していた。
おれの出場時間はそれほどないだろうけど、でるからには、仲間の足をひっぱりたくはなかった。
もともと体育でやるバレーボールは好きな方だったし、太陽に手取り足取り教えてもらっているうちに、なんとかそれなりにさまにはなってきた。
「けっこういんじゃね? 優勝できっかもな」
希里くんが、額の汗を手の甲でぬぐって、楽しげに言った。
「けどなぁ、Tシャツの色がひど過ぎ。黒とかブルーだったらよかったのに」
と、あっくんがぼやく。
うちのクラスのチームカラーとして割り当てられたのは、かなり濃いピンクだった。
この色で、クラス全員、お揃いのTシャツを作るのだ。
「ピンク、いいじゃん。派手で」
そう言ったのは、太陽だ。
「おまえはね、似合いそうだけど」
と、加賀くん。
太陽なら、何色でも着こなしてしまいそうだ。
そう思いながら太陽を見ていたら、
「律」
と、太陽が、いきなりこっちを向いた。
見つめていたことに気づかれたのかと、心音を跳ねさせたら、太陽に、いきなり抱きしめられた。
「……可愛い」
「……」
おれは固まってしまったけれど、見慣れている周りは、ノーリアクション。
希里くんとあっくんと加賀くんの三人は、Tシャツのデザインについてあれこれしゃべっている。
以前のおれなら、こんなとき、太陽の背中をポンポンたたく余裕があったのに、今のおれは、でくのぼうだ。
ただ抱きしめられるままになっていたら、太陽が身体を離し、にっこり笑った。
「たくさん、律、吸っちゃった」
「……は?」
数秒遅れて、おれは間抜けな声を出した。
「……なんだそれ」
「んー?」
太陽は機嫌よさそうに首を傾げる。
「なんか落ち着くんだよね、律を吸うと」
「……犬猫じゃないんだけど」
あははー、と太陽がのんきに笑う。
その笑顔に、胸の奥がざわつく。
以前までなら、普通に受け流せていた。
なのに最近は、触れられるたびに、変に意識してしまう。
さっきだって、抱きしめられた瞬間、頭が真っ白になった。
「りっくん、耳、真っ赤」
ぼそっと加賀くんが言った。
「えっ」
反射的に片耳を押さえる。
「うわ、ほんとだ」
希里くんも言う。
「暑いだけ!」
おれは、即答した。
「確かに、身体動かしてると、暑いよなー」
あっくんが、何の気なさそうに応える。
加賀くんだけが、妙ににやにやしていた。
「……なに」
「別に?」
加賀くんは、しらを切ったけれど、絶対なにか思ってる顔だった。
「つーかさ」
希里くんが、言った。
「太陽、りっくんのこと好きすぎじゃね?」
「え?」
太陽が、きょとんと目を丸くする。
「そう?」
「距離感バグってんだよ、おまえ」
太陽は、まるで自覚がないみたいな顔をした。
それから、ちらりとおれを見て、目元だけで笑ってみせる。
また耳が熱くなった。
前までは、本当に、大きくて人懐っこいゴールデンレトリーバーみたいだと思っていた。
隣にいると安心して、触れられても平気で、ただ楽しかった。
それなのに──。
いや、とおれは、心の内で拳を握りしめる。
こいつは、レトリーバーだ。犬なんだ。
それ以外の何者でもない。
バレーボール大会でどんなにカッコいいところを見せつけられても、おれがこいつに惚れるなんてありえない。
ありえない、はず、だったのに──。
まずい。
どうしよう。
王太陽が、ゴールデンレトリーバーに見えなくなってしまった──。
毎年梅雨入り直前のシーズンに開催されるというバレーボール大会が、今年もあった。
学年別、クラス別、男女別で行われるそれは、文化祭に並ぶ、うちの学校の一大イベントだ。
そもそも、うちの学校は、体育祭をやらない。
理由は簡単で、一面人工芝を敷き詰めたグラウンドが、生徒の人数に比して、狭いから。
その代わりがバレーボール大会という訳だ。
クラスマッチのいわばお祭りなので、大会が近づくと、自主的に練習に励む生徒が多い。
かくいう、太陽をはじめとしたおれたちグループも、昼休みと朝の始業前を練習時間にあてていた。
コーチは、バレーボール部員の太陽。
ちっちゃいおれは、レシーブ専門のリベロとして、奮闘していた。
おれの出場時間はそれほどないだろうけど、でるからには、仲間の足をひっぱりたくはなかった。
もともと体育でやるバレーボールは好きな方だったし、太陽に手取り足取り教えてもらっているうちに、なんとかそれなりにさまにはなってきた。
「けっこういんじゃね? 優勝できっかもな」
希里くんが、額の汗を手の甲でぬぐって、楽しげに言った。
「けどなぁ、Tシャツの色がひど過ぎ。黒とかブルーだったらよかったのに」
と、あっくんがぼやく。
うちのクラスのチームカラーとして割り当てられたのは、かなり濃いピンクだった。
この色で、クラス全員、お揃いのTシャツを作るのだ。
「ピンク、いいじゃん。派手で」
そう言ったのは、太陽だ。
「おまえはね、似合いそうだけど」
と、加賀くん。
太陽なら、何色でも着こなしてしまいそうだ。
そう思いながら太陽を見ていたら、
「律」
と、太陽が、いきなりこっちを向いた。
見つめていたことに気づかれたのかと、心音を跳ねさせたら、太陽に、いきなり抱きしめられた。
「……可愛い」
「……」
おれは固まってしまったけれど、見慣れている周りは、ノーリアクション。
希里くんとあっくんと加賀くんの三人は、Tシャツのデザインについてあれこれしゃべっている。
以前のおれなら、こんなとき、太陽の背中をポンポンたたく余裕があったのに、今のおれは、でくのぼうだ。
ただ抱きしめられるままになっていたら、太陽が身体を離し、にっこり笑った。
「たくさん、律、吸っちゃった」
「……は?」
数秒遅れて、おれは間抜けな声を出した。
「……なんだそれ」
「んー?」
太陽は機嫌よさそうに首を傾げる。
「なんか落ち着くんだよね、律を吸うと」
「……犬猫じゃないんだけど」
あははー、と太陽がのんきに笑う。
その笑顔に、胸の奥がざわつく。
以前までなら、普通に受け流せていた。
なのに最近は、触れられるたびに、変に意識してしまう。
さっきだって、抱きしめられた瞬間、頭が真っ白になった。
「りっくん、耳、真っ赤」
ぼそっと加賀くんが言った。
「えっ」
反射的に片耳を押さえる。
「うわ、ほんとだ」
希里くんも言う。
「暑いだけ!」
おれは、即答した。
「確かに、身体動かしてると、暑いよなー」
あっくんが、何の気なさそうに応える。
加賀くんだけが、妙ににやにやしていた。
「……なに」
「別に?」
加賀くんは、しらを切ったけれど、絶対なにか思ってる顔だった。
「つーかさ」
希里くんが、言った。
「太陽、りっくんのこと好きすぎじゃね?」
「え?」
太陽が、きょとんと目を丸くする。
「そう?」
「距離感バグってんだよ、おまえ」
太陽は、まるで自覚がないみたいな顔をした。
それから、ちらりとおれを見て、目元だけで笑ってみせる。
また耳が熱くなった。
前までは、本当に、大きくて人懐っこいゴールデンレトリーバーみたいだと思っていた。
隣にいると安心して、触れられても平気で、ただ楽しかった。
それなのに──。
いや、とおれは、心の内で拳を握りしめる。
こいつは、レトリーバーだ。犬なんだ。
それ以外の何者でもない。
バレーボール大会でどんなにカッコいいところを見せつけられても、おれがこいつに惚れるなんてありえない。
ありえない、はず、だったのに──。
