確実に5秒以上、おれは、太陽の顔を見つめていた。
頭のなかが真っ白で、何も考えられない。
呼吸しているのかさえ、わからなかった。
と、より一層目を細めてから、太陽が、くるりとこちらに背中を向けた。
そして、言った。
「──行こう」
歩きだした太陽につられるように、おれも教室を出た。
鼓動が胸のなかで、速く大きなリズムを刻んでいる。
おれは、やや速足気味の太陽から二歩遅れて、その背を追った。
三─Aの教室は、いつもと同じ──では、なかった。
ボブヘアの相模先輩、ショートヘアの伊藤先輩、ポニーテールの中野先輩、顔ぶれはいつもと一緒。
けれど、室内にただようムードが、ふつうじゃなかった。
なんというか、はりつめている。緊迫している。
中野先輩と伊藤先輩はどこか難しそうな顔をしていて、相模先輩はというと、うつむいて、両手で顔を覆っている。
さすがの太陽も、常にない空気感に、
「……どうか、しました?」
と声をかけた。
すると、相模先輩がその両手を顔から離した。
他二名の先輩もこちらを見る。
「……そうね。そうだわ」
中野先輩が、ポツリと言う。
「王くんと佐久間くんからも意見を聞きましょう」
ね、と訊く中野先輩に、伊藤先輩が頷いて、相模先輩は、またその顔を手のひらで覆ってしまった。
太陽とおれは、三人に近づき、椅子に腰かけた。
「あのね……」
神妙な口ぶりの中野先輩に、太陽とおれは、やや前のめりになった。
「実は今日、万里ちゃんが告られたのよ、オトコから」
万里ちゃん、というのは、相模先輩のことだ。
二、三拍遅れて、太陽が、気の抜けたように言った。
「あ……そうなんですか?」
「それがねえ……」
と、今度は、代わって、伊藤先輩が口を開く。
「ふつうの男なら、何も問題はなかったのだけれど……」
伊藤先輩が、ため息をつく。
「王くんみたいなひとなの、相手」
「……は?」
と、太陽。
「クラスどころか、学年でも指折りの一軍男子なのよ。めっちゃイケメンで、めっちゃモテるひと」
「で、めっちゃ遊び人」
伊藤先輩の言葉に、中野先輩が言い添える。
「おれ、遊びの恋はしません」
王太陽が、生真面目に異議を唱える。
「うん、わかる」
相模先輩が、顔をあげる。
「王くんは、一途だよね。真面目だよね」
おれは、なぜかむせて、咳き込んだ。
ゴホゴホやっているおれの背中を、太陽の大きな手のひらがさする。
「律、カバン開けていい?」
太陽は、おれのカバンから薬用のど飴の袋を取り出すと、それを一粒、手渡してくれた。
おれは、お礼を言って、それを口のなかに入れた。
「相模先輩は、そのひとのこと、好きなんですか?」
太陽のあまりにど真ん中な直球に、室内が、しんとする。
少ししてから、ちいさく相模先輩が言った。
「……でも、向こうはおもしろがってるだけなのよ」
「おもしろがってる?」
「自分に媚びを売らない女はめずらしいからって……。興味がわいたんだって……」
また室内が静かになる。
「……わたしだって、本当は媚びを売りたかったのよ、あのひとに」
震えそうな声だった。
「でも、自分のことはわかってるから。わたしみたいな女が媚びを売ったって、笑われるだけじゃない。だから、必死に、気のない素振りしてたのよ。わざとサバサバした態度、とってたのよ。そしたら、それが、おもしろいから、って……」
再びの静寂。
それを破ったのは、おれの、盛大なくしゃみだった。
「す、すみません……」
ガラガラな声で謝ったら、太陽の手のひらが、おれの額に当てられた。
「律──熱い……」
太陽が、つぶやく。
「もう帰ろう」
「え?」
とまどっていると、太陽が立ち上がって、勝手に言ってくれた。
「すみません、律、熱があるっぽいから、もう帰ります」
「まあ!」
先輩たちが、声をあげる。
「大丈夫?」
「佐久間くん、無理しないで」
でも、この場面で、腰をあげていいものかどうか迷っていると、太陽に片腕を取られたから、しかたなく立ち上がった。
「相模先輩」
おれの肩に片腕をまわし、太陽が言った。
「いきなり彼氏彼女にならなくてもいいんじゃないですか?」
「え?」
「まずは友だちから始めてみるのもありですよ」
「……友、だち?」
じゃあお先に失礼します、と太陽が言って、その腕に促されるまま、おれも、ぺこりと頭を下げた。
三─Aの教室を出ると、太陽に訊かれた。
「寒気とか悪寒、しない?」
「……言われてみると、なんかゾクゾクする」
「保健室行く?」
「いや、いいや。まっすぐ帰る」
太陽と話ながら、不思議な気持ちになる。
おれ、なんでこんなふうにふつうに話してるんだろう、太陽と。
あんなこと──されたのに。
いや、もしかしてアレは、熱が見せた白昼夢だったのか?
下駄箱まで来て、足を止めてしまったら、太陽が、こっちを見た。
「律──」
「……」
「……おれのこと、怒ってる?」
「……」
「……おれのこと、嫌い?」
「……なわけ、ないだろ」
すると、太陽が、はにかみを含んだ笑顔を見せた。
「じゃあさ──」
「……」
「おれたちも、友だちから始めない?」
「……」
「律が、嫌じゃなければ……」
「……」
「……やっぱ、嫌?」
「……なわけ、ないだろ」
つい答えたら、太陽が、喜びと照れをミックスさせたような満面の笑顔を見せた。
「……じゃあ、そういうことで」
またよろしく、と太陽が頭を傾げたから、おれも応えるように頷いた。
なんだかよくわからなかった。
なんだかわかんないけど、太陽がうれしそうにしているからまあいいや、とおれは、考えることを止めたのだった……。
頭のなかが真っ白で、何も考えられない。
呼吸しているのかさえ、わからなかった。
と、より一層目を細めてから、太陽が、くるりとこちらに背中を向けた。
そして、言った。
「──行こう」
歩きだした太陽につられるように、おれも教室を出た。
鼓動が胸のなかで、速く大きなリズムを刻んでいる。
おれは、やや速足気味の太陽から二歩遅れて、その背を追った。
三─Aの教室は、いつもと同じ──では、なかった。
ボブヘアの相模先輩、ショートヘアの伊藤先輩、ポニーテールの中野先輩、顔ぶれはいつもと一緒。
けれど、室内にただようムードが、ふつうじゃなかった。
なんというか、はりつめている。緊迫している。
中野先輩と伊藤先輩はどこか難しそうな顔をしていて、相模先輩はというと、うつむいて、両手で顔を覆っている。
さすがの太陽も、常にない空気感に、
「……どうか、しました?」
と声をかけた。
すると、相模先輩がその両手を顔から離した。
他二名の先輩もこちらを見る。
「……そうね。そうだわ」
中野先輩が、ポツリと言う。
「王くんと佐久間くんからも意見を聞きましょう」
ね、と訊く中野先輩に、伊藤先輩が頷いて、相模先輩は、またその顔を手のひらで覆ってしまった。
太陽とおれは、三人に近づき、椅子に腰かけた。
「あのね……」
神妙な口ぶりの中野先輩に、太陽とおれは、やや前のめりになった。
「実は今日、万里ちゃんが告られたのよ、オトコから」
万里ちゃん、というのは、相模先輩のことだ。
二、三拍遅れて、太陽が、気の抜けたように言った。
「あ……そうなんですか?」
「それがねえ……」
と、今度は、代わって、伊藤先輩が口を開く。
「ふつうの男なら、何も問題はなかったのだけれど……」
伊藤先輩が、ため息をつく。
「王くんみたいなひとなの、相手」
「……は?」
と、太陽。
「クラスどころか、学年でも指折りの一軍男子なのよ。めっちゃイケメンで、めっちゃモテるひと」
「で、めっちゃ遊び人」
伊藤先輩の言葉に、中野先輩が言い添える。
「おれ、遊びの恋はしません」
王太陽が、生真面目に異議を唱える。
「うん、わかる」
相模先輩が、顔をあげる。
「王くんは、一途だよね。真面目だよね」
おれは、なぜかむせて、咳き込んだ。
ゴホゴホやっているおれの背中を、太陽の大きな手のひらがさする。
「律、カバン開けていい?」
太陽は、おれのカバンから薬用のど飴の袋を取り出すと、それを一粒、手渡してくれた。
おれは、お礼を言って、それを口のなかに入れた。
「相模先輩は、そのひとのこと、好きなんですか?」
太陽のあまりにど真ん中な直球に、室内が、しんとする。
少ししてから、ちいさく相模先輩が言った。
「……でも、向こうはおもしろがってるだけなのよ」
「おもしろがってる?」
「自分に媚びを売らない女はめずらしいからって……。興味がわいたんだって……」
また室内が静かになる。
「……わたしだって、本当は媚びを売りたかったのよ、あのひとに」
震えそうな声だった。
「でも、自分のことはわかってるから。わたしみたいな女が媚びを売ったって、笑われるだけじゃない。だから、必死に、気のない素振りしてたのよ。わざとサバサバした態度、とってたのよ。そしたら、それが、おもしろいから、って……」
再びの静寂。
それを破ったのは、おれの、盛大なくしゃみだった。
「す、すみません……」
ガラガラな声で謝ったら、太陽の手のひらが、おれの額に当てられた。
「律──熱い……」
太陽が、つぶやく。
「もう帰ろう」
「え?」
とまどっていると、太陽が立ち上がって、勝手に言ってくれた。
「すみません、律、熱があるっぽいから、もう帰ります」
「まあ!」
先輩たちが、声をあげる。
「大丈夫?」
「佐久間くん、無理しないで」
でも、この場面で、腰をあげていいものかどうか迷っていると、太陽に片腕を取られたから、しかたなく立ち上がった。
「相模先輩」
おれの肩に片腕をまわし、太陽が言った。
「いきなり彼氏彼女にならなくてもいいんじゃないですか?」
「え?」
「まずは友だちから始めてみるのもありですよ」
「……友、だち?」
じゃあお先に失礼します、と太陽が言って、その腕に促されるまま、おれも、ぺこりと頭を下げた。
三─Aの教室を出ると、太陽に訊かれた。
「寒気とか悪寒、しない?」
「……言われてみると、なんかゾクゾクする」
「保健室行く?」
「いや、いいや。まっすぐ帰る」
太陽と話ながら、不思議な気持ちになる。
おれ、なんでこんなふうにふつうに話してるんだろう、太陽と。
あんなこと──されたのに。
いや、もしかしてアレは、熱が見せた白昼夢だったのか?
下駄箱まで来て、足を止めてしまったら、太陽が、こっちを見た。
「律──」
「……」
「……おれのこと、怒ってる?」
「……」
「……おれのこと、嫌い?」
「……なわけ、ないだろ」
すると、太陽が、はにかみを含んだ笑顔を見せた。
「じゃあさ──」
「……」
「おれたちも、友だちから始めない?」
「……」
「律が、嫌じゃなければ……」
「……」
「……やっぱ、嫌?」
「……なわけ、ないだろ」
つい答えたら、太陽が、喜びと照れをミックスさせたような満面の笑顔を見せた。
「……じゃあ、そういうことで」
またよろしく、と太陽が頭を傾げたから、おれも応えるように頷いた。
なんだかよくわからなかった。
なんだかわかんないけど、太陽がうれしそうにしているからまあいいや、とおれは、考えることを止めたのだった……。
