5月下旬、中間テストが終わって、気が緩んだせいだろうか。
風邪をひいてしまった。
熱はないものの、若干ののどの痛みと、声がれが主な症状。あとは、咳が、多少。
咳ってでないときはまったくでないのに、でるときは、発作的に何連発もしてしまう。
こんなのがいたら嫌だよなあ、と周りの目が気になってしまう。
今日は、休んだ方がよかったかもしれない、と思いながら、大きなマスクをしたおれは、トローチをなめながら、自席で本を読んでいた。
今日は、一日ひとりで過ごすことは、太陽たちには伝えてあった。
もちろん、感染予防のためだ。
なのに、太陽がやってきた。
「りつ~……」
半分しっぽを垂らした犬のトーンだった。
隣の席に腰かけるから、思わず怒ってしまった。
シッシッと手をふって、
「そばに来るなって。うつるだろ」
「うつせばいいんだよ。おれに。そうすれば、律が治る」
誰かに移せば風邪は治るという俗信か。
「んな訳あるか。おれは誰にも移したくないんだよ」
「律ってば、優し過ぎるんだよ」
それはおまえの方だろう、と言いたくて、でも、のどが痛いし恥ずかしいから、やめた。
おれは、カバンから、使い捨てのマスク一枚と、殺菌作用のある薬用ドロップスをだして、太陽に渡した。
「これつけて、これなめて」
太陽は、それらに目を落としてから、潤んだような眼差しでおれを見た。
「律……」
おれは、本を読んでいるふりをした。
「また来るね。お昼も一緒に食べようね」
チャイムが鳴り出して、太陽はそう言って、引き上げていった。
結局、昼はあきらめて、太陽とふたり、教室のすみっこで食事をとった。
栄養素の入ったゼリー飲料とドリンク剤を飲んだだけのおれに、太陽は、たんぱく質がたりないと言って、自分の弁当の照り焼きチキンを二切れ、無理に食べさせた。
なんだか親鳥に世話やかれているひなになった気がした。
学校の一大イベント、バレーボール大会が間近に控えているから、クラスメイトは食後、ほとんどがグラウンドや体育館にバレーの練習に行ってしまった。
太陽は、バレー部員だし、体格もいいしで、まちがいなくクラスの男子チームの主砲だった。
だから、練習に行った方がいいと勧めたら、
「バレーより律が好き!」
と断言して、おれを赤面させた。
マスクをしていてよかったと、心の底から思った。
「明日とあさって、土日休んだら、律も良くなるだろうから、そしたら、バレーの練習しよう」
「……」
返事をしようとして、のどが引っかかった。
こほ、と軽く咳が出る。
太陽が、すぐに背中に手を回してきた。
「ほら、無理してしゃべるなって」
ゆっくりと、背中をさすられる。
こいつって、なんでこんなに優しいんだろう……。
気付いたときには、口が勝手に言っていた。
「……太陽ってさ」
「ん?」
「なんで、そんなに優しいの?」
「え?」
「優し過ぎるだろ、おれなんかに」
「……」
太陽が、瞬きを止めた。
一瞬で、その表情が、真顔になった。
あれ、おれ、なんかまずいこと言った……?
「律さ──」
太陽が口を開く。ちょっと低めの声。
「おれ、律のこと好きだけど、そういう律は、好きじゃない」
「……」
「自分のこと、自分なんか、とか言う律は、好きじゃない」
予鈴が鳴り出した。
何も言えずにいたら、太陽が、つづけた。
「もう一回そんなこと言ったら、友だちやめる」
「……マジで?」
「うん」
「……じゃあ、もう言わない」
すると、太陽が、破顔した。
「よくできました!」
と、後頭部を何度もなでられた。
なんだか、自分自身より、太陽の方がよっぽどおれを大切にしてくれてるみたいだ。
それが、少しだけ、くすぐったかった。
つづく
風邪をひいてしまった。
熱はないものの、若干ののどの痛みと、声がれが主な症状。あとは、咳が、多少。
咳ってでないときはまったくでないのに、でるときは、発作的に何連発もしてしまう。
こんなのがいたら嫌だよなあ、と周りの目が気になってしまう。
今日は、休んだ方がよかったかもしれない、と思いながら、大きなマスクをしたおれは、トローチをなめながら、自席で本を読んでいた。
今日は、一日ひとりで過ごすことは、太陽たちには伝えてあった。
もちろん、感染予防のためだ。
なのに、太陽がやってきた。
「りつ~……」
半分しっぽを垂らした犬のトーンだった。
隣の席に腰かけるから、思わず怒ってしまった。
シッシッと手をふって、
「そばに来るなって。うつるだろ」
「うつせばいいんだよ。おれに。そうすれば、律が治る」
誰かに移せば風邪は治るという俗信か。
「んな訳あるか。おれは誰にも移したくないんだよ」
「律ってば、優し過ぎるんだよ」
それはおまえの方だろう、と言いたくて、でも、のどが痛いし恥ずかしいから、やめた。
おれは、カバンから、使い捨てのマスク一枚と、殺菌作用のある薬用ドロップスをだして、太陽に渡した。
「これつけて、これなめて」
太陽は、それらに目を落としてから、潤んだような眼差しでおれを見た。
「律……」
おれは、本を読んでいるふりをした。
「また来るね。お昼も一緒に食べようね」
チャイムが鳴り出して、太陽はそう言って、引き上げていった。
結局、昼はあきらめて、太陽とふたり、教室のすみっこで食事をとった。
栄養素の入ったゼリー飲料とドリンク剤を飲んだだけのおれに、太陽は、たんぱく質がたりないと言って、自分の弁当の照り焼きチキンを二切れ、無理に食べさせた。
なんだか親鳥に世話やかれているひなになった気がした。
学校の一大イベント、バレーボール大会が間近に控えているから、クラスメイトは食後、ほとんどがグラウンドや体育館にバレーの練習に行ってしまった。
太陽は、バレー部員だし、体格もいいしで、まちがいなくクラスの男子チームの主砲だった。
だから、練習に行った方がいいと勧めたら、
「バレーより律が好き!」
と断言して、おれを赤面させた。
マスクをしていてよかったと、心の底から思った。
「明日とあさって、土日休んだら、律も良くなるだろうから、そしたら、バレーの練習しよう」
「……」
返事をしようとして、のどが引っかかった。
こほ、と軽く咳が出る。
太陽が、すぐに背中に手を回してきた。
「ほら、無理してしゃべるなって」
ゆっくりと、背中をさすられる。
こいつって、なんでこんなに優しいんだろう……。
気付いたときには、口が勝手に言っていた。
「……太陽ってさ」
「ん?」
「なんで、そんなに優しいの?」
「え?」
「優し過ぎるだろ、おれなんかに」
「……」
太陽が、瞬きを止めた。
一瞬で、その表情が、真顔になった。
あれ、おれ、なんかまずいこと言った……?
「律さ──」
太陽が口を開く。ちょっと低めの声。
「おれ、律のこと好きだけど、そういう律は、好きじゃない」
「……」
「自分のこと、自分なんか、とか言う律は、好きじゃない」
予鈴が鳴り出した。
何も言えずにいたら、太陽が、つづけた。
「もう一回そんなこと言ったら、友だちやめる」
「……マジで?」
「うん」
「……じゃあ、もう言わない」
すると、太陽が、破顔した。
「よくできました!」
と、後頭部を何度もなでられた。
なんだか、自分自身より、太陽の方がよっぽどおれを大切にしてくれてるみたいだ。
それが、少しだけ、くすぐったかった。
つづく
