学校一のモテ男子が、なぜか俺にだけ甘えてくる ──イケメン甘えん坊男子×保護者系眼鏡男子の学園BL

「おれと友だちになってほしい」

 面と向かってそんなことを言われて、即座に断れる人間っているのだろうか。

 おれは、断れなかった。

 たとえ、相手が、王太陽と因縁のある醍醐 英信(えいしん)であっても。

 朝、昇降口で上履きに履き替えてすぐだった。

 向き直ったとたん、妖怪ぬりかべのようなものにぶつかった。

 はじかれて、体勢をくずしかけたけれど、そんなおれの腕を引いてくれたのが、醍醐だった。

「ご、ごめん……」

 思わず謝ると、醍醐は、

「こっちこそ」

 と、その精悍な眼差しを和らげて言った。

「朝は、王と一緒じゃないんだ」
「さすがに朝まで一緒じゃないよ」
「一緒に帰ってるの、よく見かけるよ」

 そう言われて、鼓動がひとつ、跳ねた。

 なぜか気恥ずかしかった。

「佐久間くんが来るの、待ってたんだ」
「え、おれを?」

 思わず目を見張ったおれに、醍醐は、ちょっとシャイな感じに言った。

「友だちになってほしくて」
「……」

 おれは、目も口もぽっかり開けたポケ面になっていたと思う。

「お、おれと……?」
「そう」
「なんで、また……」
「死んだエミリーに似てるから」

 死んだエミリー。

「昔飼ってたハムスター」
「……」
「本当、似てるんだ。写真送るからさ、見てみて」

 言われるままにスマホをだして、連絡先を交換した。

 すぐに来た写真。

 ……似ているのか? これに?

「ふ、ふつうのハムスターにしか……」
「そりゃそうだ。ハムスターだし」
「……」
「今度、近いうちに一緒にお昼食べよう。じゃあ」

 自分の言いたいことだけ言って、醍醐はさっさと去っていった。

『醍醐と口聞いちゃダメ』

 そんな王太陽の台詞が蘇る。

 ……でも、もう、なってしまったのか? 友だちに。

 スマホの画面を見つめる。
 
 さっき交換したばかりの連絡先。

 名前の横に、さっきのハムスター──エミリーのアイコンが表示されている。

 ど、どうしよう……。



胸の動悸がおさまらない。

 めちゃくちゃ速いわけではないけれど、やや速めのスピードを保ったまま、心音が高鳴っている。

 どうしよう。

 頭のなかは、その言葉でいっぱいだ。

 いつものように朝、遅刻ギリギリで教室に駆け込んできた王太陽に、明るく、

「おはよー!」

 と言われても、口から声がでなかった。

 授業中も上の空で、先生の声が耳に入ってこない。

 ひたすら、空回りする頭で、どうしよう、と考えるばかりだ。

 が、どうしようもこうしようも今さらないのではないか。

 何より連絡先交換という既成事実ができてしまった以上、すべてを王太陽に打ち明けるほかないのではなかろうか。
 
 すべてを打ち明ける──。

 そのときの王太陽がどんな反応をみせるか、考えるだけでも恐ろしい。

『あいつと口聞いちゃダメ』

 ぐずる、すねる、駄々をこねる。

 それくらいなら想像の範疇だけれど、太陽が本気で怒ったときは、一体どうなるのだろう。

 考えれば考えるほど、ろくでもない想像ばかりが浮かんでくる。
 
 無視される、とか。
 露骨に距離を置かれる、とか。
 ……最悪、話しかけても返事してくれない、とか。

 そこまでいったら、さすがに困る。
 いや、困るどころの話じゃない。

 日常生活にかなりの支障をきたす。
 
 胸がざわざわしているうちに、早くも一時間目が終わってしまった。
 
 教室がざわつき始める。
 
 ……どうする。
 
 言うか。
 
 今、言うか。
 
 いやでも、いきなり「醍醐と連絡先交換した」って言ったら、荒れる?

 じゃあ言わない?
 
 いや、それも後で絶対めんどくさい。
 
 どっちにしてもめんどくさいなら、先に言った方がいい気もする。

 ……でも。
 
 そのときだった。

「りつー!」

 いつもの声がして、振り返った。

 一番窓際の列の、一番後ろの席。

 そこで、太陽があげた手を振っている。

 おれは、おどおどと腰をあげる。

 席替え以来、休み時間は、おれから太陽の席に出向くようになった。

 あっくんの席も加賀くんや希里くんの席も、みんな太陽の席に近いから。

 重い足取りで、太陽の席に向かう。
 
「りつー、遅い」

 太陽が口をとがらせた。

「ごめん」

 とりあえず謝る。
 
 顔をまともに見れない。

「なんか今日変じゃない?」
「……そうか?」
「うん」

 じっと見られる。
 
 視線が逃げられない。
 
 ……どうする。

 言うか。でも、どう言う。
 
 頭の中でぐるぐるして、結局、言葉が出てこない。

「りつ?」

 不思議そうな声。
 
 おれは、何も言わずに、ポケットからスマホを取り出した。

「なに?」
「……これ」

 短く言って、画面を見せる。
 
 エミリーの写真。
  
 ちょこんと丸まった、普通のハムスター。

「……」

 太陽が首をかしげる。

「なにこれ」
「ハムスター」
「それは見ればわかる」
「……」
 
 どう説明していいかわからない。
 
 ただ、画面を見せていると、太陽は、

「あ」

 と、小さく声をもらした。

「……これ、エミリエンヌじゃん」

 その一言で、おれの心臓が、凍りついた。
 


「エミリエンヌ?」

 訊いたあっくんに、太陽が答える。

「醍醐の最愛のネズミ……。確か、去年死んだはず……」
「醍醐──くんは、エミリー、って言ってたけど……」

 小さくおれが言うと、太陽が、

「エミリーってのは、ニックネーム。本名は、エミリエンヌ」

 近頃のネズミ飼いの間では、シャレた名付けをするのが流行っているのだろうか……。

「おれも、エミリーの写真は大量に持ってるよ。死んだとき、醍醐が錯乱して、半ば半狂乱で送ってきたから。でも、なんで律が持ってるの?」
「も、もらったから……」
「……」
「友だちになってほしいって言われて、連絡先交換した……」

 おれは、うつむき、足元に視線を落とした。

 しばらく、誰も何も言わなかった。
 
 ざわざわしている教室の音だけが、遠くに聞こえる。

「──やっぱな」

 太陽が、言った。

「やっぱあいつ、律に目ぇつけてたんだ!」
「……」
「ほんっとに、ちっっさいものが大好きだから!」
「……ごめん」
「え?」

 謝ったおれに、きょとんとした目を太陽が向けてくる。

「醍醐──くんと、友だちになったりして、ごめん……」
「……」
「本当、ごめん……」

 謝るばかりのおれに、太陽は、はっきり言った。

「おれが怒ってるのは、醍醐だけ。律のこと、本気で怒れるわけないじゃん」
「……」
「それくらいには、おれ、律のこと好きだし」
「おお、言ったなー!」

 加賀くんが茶々を入れる。

 おれは、おずおずと言った。

 まだ少しだけ、心のこわばりが残っていた。

「おれ──てっきり、すごく怒られると思ってた……」
「何をおっしゃる、うさぎさん! おれはそんなヘソの穴の小さい男じゃないよ」
「ヘソの穴……?」

 希里くんが、首を傾げる。

「……じゃあさ、今度、お昼、一緒に食べても怒らない?」
「……は?」
 
 太陽の顔が、一瞬で固まる。
 
 周りの空気も、ぴたっと止まる。

「いや、その……醍醐──くんに、誘われてて」
「……」

 太陽が、じっとおれを見る。
 さっきとは違う沈黙。
 
 少しだけ、重い。

「……」
 
 やっぱりまずかったか、と内心で後悔しかけた、そのとき。

「……いいよ」

 ぽつりと、太陽が言った。

「……え?」
「おれも一緒に行くから」
「え、なんで」
「なんでって」
 
 太陽が、にやっと笑う。
 
 さっきまでの空気が、少しだけ戻る。

「律ひとりで行かせるわけないじゃん」
「いや、別に大丈夫だし……」
「大丈夫じゃない」
 
 即答だった。

「おれも行く」

 きっぱり、決定事項みたいに言う。

「三人で食べればいいじゃん」
「三人で……?」
「いいじゃん別に」
「じゃあ、醍醐くんとケンカしない?」
「それは、保証しかねるが」 
「あー、面白くなってきた」
 
 加賀くんが笑う。

「修羅場じゃん、昼休み」
「ちっさいもの好き同士で」
「あー、なるなる」
 
 あっくんと希里くんまで頷いている。

「決定な」
 
 太陽が言う。

「律とおれと、醍醐で昼」

 その顔が、妙に楽しそうだった。
 
 ……なんなんだ、ほんとに。

 さっきまであんなに不安だったのに、気づけば、おれも少しだけ笑っていた。

 怒られなかったのはよかった。

 けど。

「律ひとりで行かせるわけないじゃん」
 
 さっきの言葉が、なぜか頭に残っている。

 安心したはずなのに、少しだけ、胸が落ち着かないおれだった……。