今日は、文芸部の活動日じゃない。
だから、放課後はまっすぐ帰っていいのだけれど、王太陽に、
「帰り、いっしょ帰ろ?」
と、首を傾げたゴールデンレトリーバーの無垢な瞳で言われたから、承諾した。
太陽は、今日は、水泳部の日。
相変わらず、水泳部とバレーボール部と文芸部の三つを器用に兼部している。
水泳部と文芸部が週二日、バレー部は週イチ。
最初は、文芸部を週イチにしていたけれど、活動内容が楽しいから、と今では週二日を文芸部にあてている。
本当に部活動を満喫している。
おれは、とりたてて、他に気になる部活もなかったので、所属は文芸部だけ。
活動がない日は、放課後残ってひとり勉強したり、図書館行ったり、まっすぐ帰ったりと気楽にやっている。
今日は、勉強しながら、太陽の部活が終わるのを待っていた。
窓の外は、もうすっかり夕方の色になっていた。
……そろそろ終わる頃か。
そう思って顔を上げた、そのときだった。
廊下の奥からパタパタ駆ける足音が聞こえてきて、
「律!」
開けっ放しになっていた前の出入口から、ひょこっと王太陽が顔をのぞかせた。
「おまたせ!」
「……」
なんか、変だ。
いつもと同じはずなのに、全然ちがって見える。
おれが黙っていると、太陽が、
「ごめんね、待たせて」
と謝ったから、おれは、……いや、と首を振って、立ち上がった。
太陽に感じた違和感、その正体は、すぐにわかった。
濡れ髪のせいだ。
タオルドライしただけの、半乾きの髪。
それが、いつもよりも数倍も王太陽を色っぽく見せている。
気のせいか、太陽から、プールの匂いがするようだった。
こいつ、って、こんなに色男だったのか……。
改めて、思った。
並んで階段を下りているとき、なんだか心音が速くなった気がした。
太陽は、いつもと変わらず話していたが、おれは、自分の胸のドキドキに気をとられて、話の内容はまるで頭に入ってこなかった。
へんだ、おれ。なんでこんなに胸がときめいてるんだろう。
……ときめき?
下駄箱まできたところで、はた、と気付いて、足が止まってしまった。
「律? どうしたの?」
太陽が訊いてくる。
言葉もなく、隣の太陽を見上げたときだった。
「王くん!」
と、女の子の声がした。
振り向くと、見覚えのあるクラスメイトの女の子がカバン片手に、走りよってきた。
「今帰り? 駅まで一緒に行かない?」
その目と表情はキラキラ輝いている。
まさに、恋する乙女。
「あー、ごめん」
王太陽は、言った。
「おれ、律と帰るから」
「え、おれなら……」
「本当、ごめんね」
言いかけたおれの言葉にかぶせるように、太陽は言った。
女の子は、そっかー、じゃあまた今度と、去っていった。
「おれなら……気にしなくて、よかったのに」
「おれが、気にするの! 律とふたりがいいの!」
真面目な顔で断言する太陽に、おれの心臓が激しくバグる。
「なんか食べてから帰ろうよ」
にっこり笑われて、あやうく心停止一歩前だ。
どうしちゃったんだろう、おれ──。
自分のことなのに、自分がわからない。
不安になって、王太陽の制服をちょっとつかむと、太陽が、顔を寄せてきた。
「どうしたの? 律」
おれが、知りたい。
「……マック、寄る」
「うん、そうしよう!」
太陽が、真正面から、またにっこり。
おれは、胸を撃ち抜かれたような気がした。
まさか──まさか、これって……。
……いや、ないない。
だって、こいつだぞ?
ぐずるし、すねるし、だだこねるし。
これにときめくとか、意味わかんない。
「律、なにひとりでブツブツ言ってんの?」
「なんでもない!」
ない、はずだ。
たぶん。
きっと……。

