学校一のモテ男子が、なぜか俺にだけ甘えてくる ──イケメン甘えん坊男子×保護者系眼鏡男子の学園BL

水曜日と金曜日は、文芸部の活動日。

 水泳部とバレー部にも所属している太陽は、水曜日だけ参加する。

 おれは、幽霊にはならず、週二日ちゃんと参加している。

 文芸部の雰囲気が、おれの(しょう)にあったから。

 とにかく、緩い。ボブヘアの部長、相模先輩が言っていたとおり、その場にいるだけでOKで、寝ようがマンガ読んでようが、かまわない。

 好き勝手なことをしていても構わないのだが、実際は、2時間、相模先輩とショートヘアの伊藤先輩、ポニーテールの中野先輩とおれを含めた四人で話していることがほとんどだった。

 高校に入って、初めてできた『本』のことを話せる人たちの存在がありがたかった。

 相模先輩たちと知り合って、趣味のあう人たちとの会話はこんなに楽しいんだ、とつくづく思い知らされた。

 もちろん、教室で、いつメンたちと話しているときも楽しいけれど、文芸部の空気は、少しだけ違った。

 静かで、でも退屈じゃなくて、誰かがぽつっと言った一言から話がどんどん広がる。
 
 今日は「好きな詩人」の話をしていたはずなのに、いつのまにか「本の匂いの話」になっていた。

「新しい本の匂い、好きなんだよね」
 
と中野先輩が言うと、

「わかる。でも古本屋の匂いも良くない?」
 
 と伊藤先輩が言って、

「本棚の前って落ち着くよね」

 と相模先輩が言う。
 
 おれも、しっかり頷く。

 こういう話、教室ではできない。
 
 そんな感じで、今日も四人でゆるく話していたところへ、

「りつ~~」

 と呼びながら、三年A組のホームルームに入ってきたのは、王太陽だった。

「あれ、どうしたの? 今日は、バレーのはずじゃ……」

 おれが言うと、おれの隣の席に腰かけながら、

「ん、でも、今日は文芸部にした」

 明るい表情で、太陽が言う。

「あら、うれしいことを言ってくれるわね」

 相模先輩が早速反応しながらも、

「けれど、バレー部の方は大丈夫かしら?」

 と気遣う。

「好きにしていいって言われました」

 王太陽が応えると、伊藤先輩が、

「まあ! さすがは、キングね。三つを兼部なんて」

 と、感嘆する。

「今日はね、好きな詩人の話をしていたのよ。王くんは、どう? 好きな詩人とかいる?」

 と、中野先輩。

 王太陽は、後頭部に手のひらを当て、

「いや~、おれ、詩人とか疎くて……。おすすめとかありますか?」
「おすすめというか、佐久間くんは、アポリネールが好きなんですって」

 そう言う中野先輩に、おれは、あわてて口を挟む。

「アポリネールが好き、というか、『ミラボー橋』がいいなあと思ってて……」

 相模先輩が、スマホを見ながら、読み上げる。

「『ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
  僕らの恋が流れる』」

 辺りが、つかの間、しんとする。

「いいわよねぇ、でも、こういうのって、ヨーロッパだからこそ、なせるわざよねぇ」

 と言う相模先輩に、中野先輩が、

「まったくだわ。日本語じゃあね……。大利根橋の下を利根川が流れる。ぼくらの恋も流れて、プラスチック系のゴミと一緒に川岸に打ち上げられそうだわ」
「情緒がないわねえ」

 と伊藤先輩。

「あ」

 声をあげたのは、スマホを見ていた太陽。

「これ……この詩が、いいです」

 太陽が、口ずさむ。

「『わたしは太陽 君は月。わたしは利鎌(とがま)のような新月 君は金色の星。
月とある時わたしは太陽。星とある時わたしは月。昔もこの後も同じ』」
「まああ」

 三人の女子の先輩が、声を揃える。

「書いたのは、誰?」
「バーリモント、というひとです」

 相模先輩に、太陽が答える。

「これって、王くんにピッタリね。『わたしは太陽、君は月』」
「王くんが太陽なら、誰が、月?」
「誰かしら?」

 三人の先輩と揃って、おれは、太陽を見た。

 とたん、太陽は、首筋から始まって顔、耳へとゆでダコ状態になる。

「そ、それは、ご想像におまかせします……」

 あまり面白くない答えだ。

 そういえば、とおれは、ふと思い出す。

 おれ、太陽の好きなひと、知らないんだった……。加賀くんは、知ってるっぽかったのに。

 ますます面白くない。

「太陽さ……」

 おれは、こそっと太陽に言う。

「好きなひと、教えて。帰りでいいから」
「えっ……」

 太陽が、瞬時にゆでダコに戻る。

「な、なんで……」
「いや、さっきの話の流れで思い出しただけ」

 おれは小声で言った。

「前に言ってたじゃん。テスト終わったら話すって」
「う……」
 
 太陽が言葉に詰まる。

 その様子を、先輩たちが見逃すわけがなかった。

「なになに、秘密の話?」

 相模先輩が、面白そうに身を乗り出す。

「王くん、顔赤いわよ」
「ほんとだ、かわいい」

 伊藤先輩と中野先輩まで、完全に観察モードだ。

「ち、違います」

 太陽が慌てて否定する。

 でも顔は全然違わない。

「じゃあ、言えばいいじゃない」

 相模先輩がにやっとする。

「月の人」
「……」

 太陽が黙る。
 
 教室が、静かになる。

 おれは、別に深い意味もなく、軽く言った。

「まあ、おれも知ってる人なんだろ? 学校の人なんだし」
 
 すると。

 太陽が、ぎこちなくおれの方を見た。

 目が合う。
 
「……知ってる」
「ほら」
「めちゃくちゃ知ってる」
「そんなに?」
「うん」

 先輩たちが、完全に面白がっている空気になっている。

「ねえ王くん」
 
 中野先輩が言う。

「もしかしてさ」

 太陽の視線が、まだおれから動かない。

「月って、すぐ近くにいるんじゃない?」

 太陽が固まる。

 そして、

「ち、違います!」

 ものすごい勢いで否定した。
 
 でも、声が裏返っていた。

「怪しいわねぇ」
「すごく怪しい」

 先輩たちが笑う。

 おれはちょっと呆れながら言った。

「そんな恥ずかしいなら、言わなくていいよ」
「……」
 
 太陽が黙る。

 やがて時間は過ぎ、時計を見た相模先輩が言った。

「あら、もうこんな時間」
「ほんとだ」

 中野先輩が伸びをする。

「今日はここまでね」

 教室の空気が、いつものゆるい終わり方に戻る。

 椅子を引く音や、カバンを持つ音が重なる。
 
 おれも立ち上がる。

 太陽とふたり、下駄箱まで行ってから、太陽に言った。

「なんか、ごめん」
「え、何が……?」
「先輩たちの前で好きなひとのこと、訊いて」

 本日三度目のゆでダコが出来上がった。

「ちょっと反省してる」
「あ、あのさ」
「なに?」
「おれ、律の……匂いが、好き」
「匂い?」

 思わず、手の甲を鼻にあてた。

「なんかさ……落ち着く」
「そう? だったら良かった」

 おれは、笑って言った。

 太陽の好きなひと──。

 知りたいようでいながらも、知りたくないような、そんな感覚が、我ながら不思議だった。
 
 太陽が何も言わないまま、隣を歩く。
 
 さっきの「月」の話を思い出して、なんとなく胸が落ち着かない。
 
 ……まさか、な。