「本当に……どうすればいいのかな」
放課後の教室だった。
机に頬杖をつき、窓の外を眺めながら、王太陽がつぶやく。
その様子からは、いつもの朗らかさが消えていた。
代わりに、その表情には、気だるげな倦怠感の影があった。
伏せられた長いまつ毛、吐息をつく唇。
机の上に置かれた片手は、ゆるく拳を握っている。
おれが女の子だったら、とふと思う。
とても高一とは思えない王太陽の色気にあてられて、恋せずにはいられなかっただろう。
半ば見とれ、半ば羨望の眼差しで太陽を見ていたおれは、そっと声をかけた。
「もう、仕方ないよ……」
「……」
「太陽……やるしか、ない」
「……やるしか、ないのか?」
「ああ。だから、一緒にやろう」
おれはそう言って、太陽の肩に手をおいた。
「テスト勉強」
「……」
「な、いいコだから、がんばろ?」
「……本当に、教えてくれる?」
太陽の表情が、泣き出しそうに、くしゃっとゆがむ。
「教えてやるって。わかるまで、何度でも──」
「律……りつ~……」
太陽がおれの肩にすがりつく。
おれは、そんな太陽の頭を軽くぽんぽんする。
「じゃあ、おれらは、もう帰っから」
加賀くんが、ドライな口ぶりで言った。
「本当に一緒にやらないの?」
おれが訊くと、加賀くんは、笑って、肩をすくめた。
「やらないこともないけどさ。徹勉(※注 徹夜勉強)すっから」
「おれは、ノー勉。マジ、やる気ねー」
と、希里くん。
じゃっ、とふたりは、さっさと帰っていった。
あっくんは、まだ、おれらの近くに座っていた。
その眉間には、苦悩のためか、立てジワが二本寄っている。
「あっくんは……どうする?」
すがりつく太陽はそのままに、おれは、訊いてみた。
視線を伏せたあっくんは、ちいさく、うー、と唸った。
少ししてから、言った。
「おれは──できない」
「……」
「勉強への情熱なんて、もうカケラも残ってねーよ」
「……どうして?」
相変わらず太陽にくっつかれたまま、おれは、言う。
「もう──空っぽになっちまった。すっかり干からびちまったんだよ。おれの、勉強への情熱は……」
どこか芝居がかった台詞をあっくんは言う。
「何か──あった?」
猫がのどをゴロゴロ鳴らすように、ちっちゃくニャムニャム言い出した王太陽の声を耳元で聞きながら、おれは、そうっとたずねた。
あっくんは、覚悟を決めたように、まっすぐおれを見る。
「もうさ、一度ドロップアウトしてるんだよ、おれ」
「……」
あっくんは、某有名国立大の名前をあげた。
「そこの、附属の小中行ってたんだけど、高等部にはあがれなくてさ、はじかれた」
「なんで……?」
「成績が足りなかったから」
あっくんは、落ち着いた眼差しで言った。
「まあ、おれだけじゃないんだけどさ、はじかれたの。1/3くらいは、落とされてるはず。高等部あがる時点で」
「……」
「でも、小中って、おれなりにがんばってたつもりだから、上あがれないって言われたときは、すげーショックでさー……マジ三日間くらい、メシが食べらんなかった。のどを通らなくて」
いつのまにか王太陽のニャムニャム声も止まっていた。
教室内は、静かだった。
ふだんなら、外から運動部のかけ声とかが聞こえてくるけれど、今は、中間テスト前の部活停止期間に入っていた。
あっくんは、机の端を指先で軽く叩きながら続けた。
「でさ、そのあと、まあ……いろいろあって、今ここにいるわけだけど」
肩をすくめて、苦笑する。
「一回さ、折れちゃうとダメなんだよな」
「……」
「また頑張ろうって思うまで、時間かかる」
おれは、なんて言えばいいのかわからなくて、黙ってしまった。
王太陽が、ゆっくりとおれから身体を離す。
「……あっくんさ」
ぽつりと、太陽が言った。
「この学校来たこと、後悔してる?」
「……後悔、って、そこまでじゃ──」
「おれは、後悔してる」
「え?」
はっきり言い切った王太陽に、あっくんの目が丸くなる。
おれも、まばたきを止めた。
太陽は、いつもの調子じゃなくて、少しだけ真面目な顔をしていた。
「おれもここ本命じゃなかったし、なんでここになったんだろうって、すげー悲しかったよ」
それから、王太陽は、ふっと笑ってみせた。
「おまえらに会うまでは……」
太陽は、その視線をおれに、次にあっくんにまわした。
「今は、後悔もへったくれもねーよ。ここでよかったって思ってる。心から」
太陽の笑顔につられるように、あっくんも、その表情をほころばせた。
「なら、よかったじゃん」
「おまえもだよ。おれらに会えて、よかっただろ?」
少しして、あっくんが、軽くふきだした。
「まあ……そうかもな。ここで、よかったかもしんないわ」
あっくんは、席を立ち上がった。
「ま、今日は帰るわ。うち帰って、勉強でもすっかな」
そう言って、あっくんは手をひらひらさせ、
「じゃーな。おふたりさん、仲良く徹勉しろよ」
軽口を残して、帰っていった。
教室には、おれと太陽だけが残った。
「じゃあ、始めるか」
しんみりモードから通常モードにさっさと切り換えて、おれは言った。
「えー、もっとくっついてたかったなー」
「十分くっついたろ? さあ、はじめはじめ。どこがわからない?」
「テスト範囲全部」
窓の外は、もう夕焼けに染まりはじめていた。
